地上への通路
この世界に巣食う化け物が蠢く大地へ向かおうとしていたルーヴェは、自身が操るアルティメスを飛行させてブリッジを駆け抜けていた。
天井と側面が囲まれたブリッジはシュナイダーの全高を悠々と超えるほど、意外と天井が高く、単独飛行が行えるアルティメスにとっては都合がよいものであった。
もっとも、地面から浮かしたホバー移動も行えなくもないのだが、飛行と比べてスピードがないため、ブリッジの天井の隅にいくつか取り付けられてあるカメラに捉えられる可能性があるからだ。そのカメラに捉えられた映像はすぐに管理ブロックに渡ることを考慮してのものだ。
ブリッジの中で飛行を続けるアルティメスは今、地上に展開されているタイタンウォールから閉鎖区へ行き来できるゲートを目指していた。
「…………」
どこまでも側面から橙色の光がトンネルのように続く通路の中で真剣な眼差しを向けるルーヴェは、コクピット内のレーダーでブリッジの前方を確認しながら進ませた。
正面のパネルにある電子モニターでも先へと続くトンネルの形を表示しているのがよく分かる。ただ、その先にあるゴールは依然として見えず、その奥に存在する闇が続く。
ブリッジは地上とは異なり、複雑な迷路構造となっている。それは一般人をいち早くシェルターに避難させるための行き道が入り組んでおり、分かれ道のようなものが存在するのである。
また、方向を見失ってしまうことも否定できないため、避難経路にはシェルターへの案内が設けられている。
さらにこのブリッジを形成する通路は、閉鎖区にも繋がっているのだ。ルーヴェが今通っているのはその閉鎖区へ通るルートである。
しかし、そのルートのほとんどが十年前のタイタンウォールの展開によって、文字通り塞がれてしまったのだ。唯一閉鎖区へ通るルートはそのタイタンウォールに内蔵されたゲートしかない。
ただ、そのゲートまでの道のりを塞いでいるのはやはり地上とブリッジを繋ぐ登り道であった。その登り道は現在、軍に配属する警備部隊が保管されている。それを使用するには、許可を取る必要があるのだ。もし辿り着いても、軍に阻まれる以上、先を進めることはないのである。
そのままトンネルの中を通り続けると、モニターが反応を示すように警告音と共に上方向に矢印を向けていた。
「!」
それに気づいたルーヴェはただちにアルティメスを停止させ、地面に足を着かせた。
「確か、この辺りのはずだが……この上か?」
トンネルの上部に何かがあることを悟り、機体と共に視線を上げる。
視線を向けられたトンネルの上部には暗闇を生まないように薄い光を灯す照明しか確認できない。しかし、必ず何かを仕込んでいることにルーヴェは推測する。
そもそもこのブリッジは別の都市まで続く通路となっている。当然、元は帝国の領土であった閉鎖区まで通路は存在するが、今は閉ざされている。
ガルヴァス軍が閉鎖区にウロついているヴィハックがいる場所に向かうためにはこの道のりを通るのが筋である。しかし、タイタンウォールで出口を塞いでいる今、閉鎖区に直接向かう手段は地下しか残されていない。
その地下から地上に出るとしたら、地上に続く空洞を通ってマンホールから出る必要がある。もしシュナイダーを外に出すとしたら、あらかじめ地上に続く道を造るのが定石だ。となるとトンネルのどこかに地上に向かうことのできる手段があるというわけだ。
周辺を見てもそんなものがあるとは言い難いのだが、単に目立たないように隠している可能性が高い。
ルーヴェはコクピットの中で周囲を見渡していると左側に何やら電子ロックのようなものが取り付けられているのを発見する。
「……あれか!」
あれが地上に続くための装置であることを睨んだルーヴェはアルティメスをその電子ロックがある場所に近寄り、映像を拡大させる。
「…………」
その映像を見て、ルーヴェは苦い顔をする。その電子ロックには暗証番号が登録されている可能性は高く、正しく入力しないと開かない仕組みになっているはずだ。
しかもその番号をルーヴェは知るはずがなく、このまま手こずり続けているとこの場所を捉えているであろう、管理ブロックにいるルヴィスに知られてしまうこともあるからだ。もっとも、アルティメスを見つけることは困難であるが。
それを避けたいルーヴェはトンネルの上部に視線を向け、いつものように両目を青く変色させた。
するとトンネルの側面にあるランプが点滅すると同時に上部がガタガタと震え出した。その時、ルーヴェの口元は軽くニヤリと動いた。
タイタンウォール第三ゲート解放口付近。
軍はこれを呼称しており、ゲートそのものを一部の軍人がここの警備員として配備されている。もちろん、そこにはシュナイダーも配備されており、一切の許可なくここに入ることも許されない。もっとも、その門前で阻まれるのは確実だが。
マシンガンを携え、武装した警備員がいつものように周囲を見渡す。ここが閉鎖区へ渡る重要拠点であることから当然の措置だ。
その警備員が何も変化はないと思い込んでいたその時、変化は突然やって来た。
「? 何か音がしなかったか?」
「? いや、何も……」
――ゴゴゴッ!
「「?」」
複数の警備員が地面から音が響いてきたことを知り、舗装された地面に目を向けるとその地面の一部が突如、下に動き出した。
その真下のブリッジの中にいたルーヴェは自身の目先にある天井の一部がシールを剥がすがごとく地面に降りていく。通路が手も触れずに勝手に動くその様は、まるで念力で開いたように思えた。
「何が起きているんだ!?」
「こちら、第三ゲート付近! 勝手にブリッジが動き出した!」
目の前で起きている光景に警備員らは目を疑い、その騒ぎを聞いた三体のディルオスもその場所に集まり始めていた。
一方、都市を監視する管理ブロックでは――
「! 第三ゲート付近に異常発生! 自動で解放されています!」
「何!? いったい、どこのどいつが!?」
「システムが何者かによって介入された模様です!」
突如発生した管理システムの異常に騒ぎを立てていた。その騒ぎにルヴィアーナも開いた口が塞がらない。
そもそも、これを使用するには皇宮から操作する必要があるのだが、皇宮に何かあった際は、直接現場でブリッジの操作もできる。通路の脇に電子ロックが存在するのもそのためだ。
ところが、彼らが驚いたのは自分達以外の人間がブリッジを解放させたという信じたくもない現実であった。
「しかし、いったい誰が……。まさか、我々の中に内通者がいるのか?」
「あり得なくはない。そもそもブリッジのパスワードは管理者や我々が把握しているが、このタイミングで起動させるというのは、明らかに我々の行動が見透かれている方がしっくりくる」
ラットの言葉通り、ブリッジを開くためのパスワードを知る者は限られている。だが、ブリッジの管理者が同様に作業を行っている人の目を盗んで勝手に起動させることは不可能である。ならば、その人物が流出させた可能性もなくもなかった。
だが、このタイミングでそれを行わせる人物などいるわけがなかったのだが、この現実を見る限り、ルヴィス達はそれを疑わずにいられなかった。
「……行くか」
地上へ渡る通路が開いたことに満足したルーヴェは素早くアルティメスを動かそうとする。その時、二体のディルオスがブリッジに乗り込んできた。
『クソ、どこにいやがる……! 何としても見つけ出すぞ!』
『ああ!』
ディルオスを操縦するアドヴェンダーは意気込むが、周囲には何も映らなかった。ついさっきまでアルティメスがいたにもかかわらずにだ。
当然、その場所にカメラの映像を回した管理ブロックも同様だった。
「どこにもいない……! そんなバカなことが……!」
「…………!」
ルヴィス達の前にいるオペレーター達も熱探知、レーダーを駆使してでもブリッジを解放させた犯人を捜しだす。それでも、その犯人が見つかることはなく、捜査も難航し始める。次第にルヴィスはイラつき始めた。
「どうなっているんだ!? なぜこれだけでも見つからない!?」
「……もしかしたら、既にその場所を去ったあとだったりして」
「ハァ!? そんなわけがあるか! 貴様も探せ!」
ルヴィスの隣にいたキールは割り込むかのように皮肉った言動を放つ。しかし、ルヴィスの逆鱗に触れたようでその胸元をルヴィスに掴まれ、体ごと引き上げられた。
「じょ、冗談です! 冗談ですよ、殿下!」
「冗談!? ふざけるのも大概にしろ!」
キールの弁明に、ルヴィスは彼の胸元を離し、キールは地面を着地する時にバランスを崩しかけた。左手で胸元を払うとキールは本当のことを口に出し始めた。
「簡単に言えば、何かのジャミングが働いていると思います。それで姿を確認できないかと……」
「その対処法は?」
「熱感知もできないとなると、空気の対流で調べるしかありません。特に今の状況ならそれを調べられると思います」
「……よし。その場所の空気の出入りを調べろ! 空気の流れがおかしいところも見逃すな!」
「「「イエッサー!」」」
キールの助言通り、ルヴィスはブリッジが解放された場所に流れていく空気の対流をオペレーター達に調べさせる。その調査を待つ間、ルヴィアーナは不思議な気分に浸っていた。
(何ですか、この感覚……。確かに、そこにいるみたいですが……)
ルヴィアーナは解放されたブリッジの映像を見つめていると、何かを捉えていたようだ。しかし、それを表現する言葉が見つからず、口に出すこともなかった。
ブリッジを解放させたルーヴェは一部の人間の推測通り、まだ地上に出ていなかった。ディルオスが周囲に目を光らせていることで動くことすらままならなかったのだ。
だが、彼らにアルティメスの姿を捉えることはできない。なぜなら、アルティメスの機能の一つである光学迷彩ステルスで目を眩ませていたのである。しかし、
(これ以上長引かせるわけにはいかないな……。強行突破だ!)
何もないことを確認されたら、確実にここを閉められる。それに痺れを切らしたルーヴェはあることを決断し、また両目を光らせた。
「!」
「どうした!?」
「今度はゲートが勝手に解放されています!」
「何!?」
「……ダメです! こちらの応答を全く受け付けません!」
「バカな……!」
空気の対流を調べようとしたその時、またあり得ない事象が起きたことに驚愕する。
ブリッジに加え、閉鎖区を行き来できるゲートが自動で開くという、次々と不可思議な現象が起きることにルヴィスは全く付いていけなかった。
そのゲートが解放されていることに警備員もディルオスも目を釘付けにする中、何かが素通りしていき、ゲートを超えていった。
「!」
「ルヴィアーナ様?」
「! な……何でもありません……」
「…………?」
主の様子がおかしいことにノーティスは彼女に近寄りつつ言葉をかけるものの、当の本人はなぜかはぐらせるような言葉を口にしたことで、彼女に疑われる形となった。
(ルヴィア―ナ様、まさか……)
その疑いの目はまっすぐに主人へと向けられていた。だが、その疑いはノーティスにとって知るものであった。
「ただちに閉めさせろ! いつまで呆けているつもりだ!」
「ハ、ハイ!」
レヴィアントと閉鎖区の境で起きた混乱が続く中、一足先に我に返っていたルヴィスは逆に我を失っていたオペレーター達に喝を入れた。
その喝を耳にし、遅れて我に返ったオペレーター達は慌てて解放されていたゲートを閉鎖させ始める。そして、ブリッジに乗り込んでいたディルオスが地上に戻るとすぐさまブリッジの閉鎖を行い始めた。
だが、それをモニター越しで見ていたルヴィスはご立腹な様子で両腕を組んでいた。
「まったく、何かのイタズラか? それにしても、イタズラの範疇を超えているぞ……!」
「いや、絶対何かがいたのは確実ですよ」
「ホントか!?」
「ええ。先程申した通り、ジャミングによる妨害が働いていたということも含めてですが、ゲートを解放させたことで分かることが一つありました。――それは、大きなものを運ばせることです」
「大きなもの?」
「例えば――シュナイダー、とか?」
「「!?」」
そこに割り込んできたキールはこれまでの騒ぎからある推測を立てる。ブリッジを起動させるということは人一人では抱えきれないものを運ぶということだ。おそらくその人物は何かを保有していることにも繋がる。
だが、その推測にルヴィス達は全く見当がつくことはなかった。
(もし僕の推測が正しければ……やはりこの都市に隠れているってことだよね。つまり姿を眩ませていたということか……)
これまでの騒ぎをその眼で見て、何かを察したキールは再び不敵な笑みを浮かべる。ついさっきまで浮かべていた酷い笑みとほとんど同じだが、興味は全く別のものであった。
その後ろから見ていたラットは、騒ぎがあったにもかかわらず、またこのような表情をしていることにため息をつくのだった。
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