進化

 無事に閉鎖区へ入ることができたルーヴェはゲートを開けさせる荒業を行ったことで、冷や汗を額から流していた。今はアルティメスを単独飛行させたまま皇宮の索敵から外れているため、光学迷彩を解除させているのだ。

「フゥ……ヒヤヒヤした……。今度からは上手くやらないとな……」

 単純に相手に見つかるというより、閉鎖区に一気に駆け抜けることが何より神経を使ったのである。この方法があまり使えないことを理解したルーヴェは別の手段を考えることにするのだった。

 そして、ルーヴェが地上を見渡すと一面が倒壊した建物が目に付き、その寂れた様子から間違いなく閉鎖区に出たことを確信する。

 ルーヴェはそのままアルティメスの背中と大腿部にあるスラスターを噴射させ、ガルヴァス軍が向かっている地点まで飛翔し始めたのであった。



 その頃、閉鎖区の中を突き進んでいたガルヴァス軍は、空と陸、二方向から突き進んでいた。朽ち果てた廃墟を通り過ぎ、その奥に聳え立つ大きな鉱山までもう少しの距離まで移動させていた。

「もう少しで鉱山に入る。各自警戒を緩めるな」

『『『イエッサー!』』』

 地上を移動するガルディーニ達は何キロか進める中、ヴィハックの姿どころか反応すらなく、予想以上に移動できていた。むしろ、何もない方が怖いほどに。

 上空にいる部隊からも連絡は一切来ていない。上空から見下ろしても、ヴィハックの影すら見当たらなかった。

「…………」

 大空を行くシュナイダー部隊の中に混じっていたヴィルギルトも順調に飛行を続けていて、特に問題が発生するようなこともない。中にいるレギルも同様だ。

「?」

 飛行を続けていたレギルに通信用の信号が灯っていることを知るとすぐさま通信を開いた。その通信を出している相手の顔がモニターに映し出される。その人物は、ヴィルギルトの開発者であるキールであった。

 レヴィアントで起きていた混乱は既に収束しており、その場にいる誰もが軍の様子を確認していた。

『アルヴォイド卿。〝フライトシステム〟は十分に稼働しているようだね』

「当然だ。ただ、ギャリアニウムの消費が激しいことが相変わらずだが……」

『まあ、それも含めて実践を重ねていけばいいさ。ちゃんと、単独飛行のデータを取ってよね~』

「……イエッサー」

 キールとの会話が途切れるとレギルはさっさと皇宮との通信を切った。彼もキールのことを苦手としているようだ。データを取ってこいという言葉にまるでモルモットにされているかのような気分をレギルは何度も味わらされていたのである。

 キールが言うフライトシステムは、ギャリアニウムに秘められたパワーを生かして物体を空中に浮かすシステムである。既に飛行機などに実用化されているが、軍では物資を運ぶ飛行艇やシュナイダーを載せるフライトベースに留まっている。

 いざシュナイダーに搭載させようにも、シュナイダーの心臓部であるギャリアエンジンに大きく依存させてしまうため、実用させるには時間が多大にかかることは誰の目でも明らかである。

 特にシュナイダーの稼働にも支障をきたすこともあり、問題も山積みとなっているのだ。その試作であるフライトベースの量産もそれが背景として映っていたのである。

 だが、何年もかけて完成させたシステムを初めて搭載させたのがヴィルギルトなのだ。

 ただ、今はそのデータを採取している最中であるため、まだ問題を克服させるための材料も不足しているのだ。これを完璧に仕上げるには、そのアドヴェンダーであるレギルに負担を掛けてもらうことが一番の近道なのである。

 キールからのプレッシャーを、レギルは涼しい表情で飲み込みつつ、レーダーで観測していると、

 ――キィン!

「! ……どうやら、お出ましか……」

 何かを感じ取り、眉を吊り上げる。

そして、北上から多数の反応がすべてのシュナイダーと管理ブロックのレーダーに映り出した。

「北上から多数の反応を確認! しかも陸上、および空上からも接近!」

「ヴィハックか!」

「はい! タイプは――〝リザード〟、さらに〝ワイバーン〟が多数!」

 オペレーターの言葉通り、ガルヴァス軍が進むその先に、ヴィハックの群れが確認された。だが、一つだけ異なるのは、ことだ。

 その空にいるヴィハックは地上のものとは異なり、前足の部分が翼のようになっている。さらに頭部は口元が鳥のクチバシのように変形しており、これまで見た型とは明らかに違っていたのだ。

「ギィアアア!」

「二つの型が同時に……!?」

 二つの種類が同時に出現したことに驚くケヴィル。だが、彼をはじめ、幾度とヴィハックを目にしてきたルヴィス達にとっては些細な事であった。もっとも、ルヴィア―ナとノーティスはこれが初めてであるが。

 そもそもヴィハックには、異なる姿を持つ個体が存在する。

 【ロードスの悲劇】より確認されることが多いのは、トカゲの形状をした〝リザード型タイプ〟。特に集団で動くことがあり、その強さも通常兵器とは比べ物にならない。

 この型だけなら、人類が開発させたシュナイダーで対処できる。もっとも、その数が半端ないため、すべて排除させるには相応の時間がかかる。本当にリザードだけなら。

 ヴィハックの最も恐ろしいところは、新たな型へと変貌する〝進化〟である。あの〝ワイバーン〟と呼ばれる型も、その一つなのだ。おそらく、彼らは何らかの形で環境に適応させているのかと色々不明な所が多く、調査も難航していた。

 実はここ数年、この型が確認されることが多くなっていて、無人機による閉鎖区の探査が進まなかったのも、あのワイバーンの仕業と思われる。

 何しろ空を飛ぶという利点が大きく、地上用に開発されたディルオスでは対処が難しいため、それを補うことを目的に帝国はフライトシステムの開発を急がせたのだ。

 ヴィハックの一端を知った皇帝は、おそらく他にもまた違う型も出現していることを睨み、軍部の拡張を進ませている。だが、こうしているうちにも、より強大な個体が生まれているかもしれないと、その不安が彼らの心を今も蝕んでいたのだ。

 その不安通りにヴィハックの進化は予想以上に早く、今羽ばたいているワイバーンの数も同じ空中に浮かび続けるフライトベースより多いのである。

 こちらが追い付こうとしてもヴィハックは更なる進化を果たす。まさに距離の縮まらない追いかけっこのような状態であり、それが現在も続いているのだった。

 ガルヴァス軍とヴィハックの大群との距離が縮まろうとしていたその時、遠くに離れていたルヴィス達に更なる衝撃が走る。

「――さらにリザードの大群の後方から、より強大な反応が多数! その数――十!」

「「!」」

「型タイプは――〝ドレイク〟!?」

「何だと!?」

 先程確認されたものとは異なる個体の出現に、ルヴィス達は驚愕した。その個体の名を耳にした時、なぜか慌てた様子を見せていたのだ。その表情も悪寒が走るような恐れを抱いた顔である。

 さらに管理ブロックの巨大モニターにその存在が映し出された。その全貌を見た瞬間、ルヴィス達は一瞬で凍り付いた。

 前方にいるリザードよりも格段に体が大きく、前足に当たる部位もプロレスラーの筋肉よりも太い。しかもワイバーンよりも巨大で、より筋肉質な肉体を持っていた。間違いなくそれは通常のヴィハックとは格段に違うことを意味していたのだ。

 その脅威を戦場で目にしていたガルディーニ達も同様であった。ドレイクの予想されていた数を悠々と超えていることに彼らは少し引け目を感じた。

 だが、目の前にいるあの化け物が今まで退治していたヴィハックが小物と思えるほどの恐怖がガルディーニ達に、現実であることを否応なく突き付けていた。

 そして、ディルオスを悠々と超える大きさを持った化け物が雄叫びを上げた。

「ギィ……アァアアア――――‼」

「「!」」

 高い雄叫びが今対峙しているディルオスに向けられる。その雄叫びに似た黒い風がこの場に集結していたディルオスを通り抜け、その中にいたアドヴェンダー達も思わず震え上がった。

 それは自分達でも感じたこともあるもの、一言で表現するなら――

 ――――恐怖だった。


 ドレイクが上げた雄叫びの影響は、今対峙しているガルヴァス軍を通り越して、その後ろにいた一部の者まで響き渡った。

「グッ!」

「ウアッ!」

「ウッ……!」

 その影響を受けたのはルーヴェ、ルヴィア―ナ、エルマ。

 それぞれ別の場所にいる三人が揃って、胸が痛むような苦しみが襲い掛かった。

「この反応……まさか!」

(何、今の……?)

(まさか……また!?)

 しかし、その痛みは一過性のものであり、すぐに引いていった。ただ、その反応を三人にとって、強く印象に残るものであった。

もっとも、そのうちの一人は、強く危機感を募らせるのだった。


 戦場へ向かおうと大空を駆け抜けるアルティメスの中にいるルーヴェは先程の強い反応を感じ取って、眉をひそめていた。

「この強い〝反応〟は……ドレイクか!」

 ルーヴェは先程の強い痛みの正体をある個体のヴィハックだと表現した。その理由は、彼が苦しむほどの影響を及ぼす存在だということであるからだ。

 その証拠に、彼の両目が淡い青色に光っている。まるでドレイクに共鳴するかのように光っているのだ。

 危機を感じたのか、ルーヴェは操縦桿を動かし、機体を加速させる。もうすぐ巨人と化け物が入り乱れる戦場へと到着しようとしていた。その時の表情はルーヴェにとって珍しく焦りが含まれていた。

「……急がないと!」


 一方でルーヴェと同様にドレイクの雄叫びを感じていたルヴィアーナは、その衝撃にやられたのか、倒れ込んでいた。その様子をルヴィス達が目撃する中、そこにノーティスが近寄り、彼女を介抱した。

「ウゥ……!」

「どうしたのですか!? ルヴィア―ナ様!」

「あの化け物から悪意のようなものが……!」

「! まさか、また・・……!?」

 いきなり義妹が倒れたことに衝撃を受けていたルヴィスだったが、二人の会話から妙な違和感を覚えた。

「? また……?」

「ノーティス、早くルヴィア―ナ様を医務室に!」

 ケヴィルがルヴィア―ナを医務室に運ぶよう指示する。しかし、ルヴィア―ナは自ら立ち上がり、ドレスについていたホコリを手で払った。。

「その必要はありません。ここで引き下がるわけにはいきませんから……!」

「ですが……!」

「心配をかけてすみません。もう大丈夫ですから」

 先程と変わらず、真剣な表情と共に鋭い視線がルヴィス達に突き刺さる。さっきよりも強い意志を感じたルヴィスは降参という形で、何も言わなかった。

「……ルヴィアーナ。もしこれが終わったら、いろいろ吐いてもらうぞ」

「それはこちらのセリフです。お義姉様にしっかりと説教を食らわせてもらいますよ」

「フン!」

 そして、ルヴィスもルヴィアーナも揃って、モニターへと再び目を向けるのだった。


「まさかドレイクまで……!」

『ガルディーニ卿! 今の我々の装備では……!』

「分かっている! 今撤退を――」

 圧倒的な数に加え、突出した個体の出現と、勝ち目が一切見えない状況にガルディーニは皇宮に撤退を進言しようとしていた。ところが、

「ならん‼」

「「!?」」

 作戦の指揮を担当するルヴィスになぜか進言を取り下げられた。

「な……なぜですか!?」

 ガルディーニの進言を取り下げられたことに不服だと感じたメリアは、取り下げさせたルヴィスにその理由を尋ねようとする。だが、その前に彼がその理由を述べる。

「よく聞け! 奴らをここで排除させない限り、脅威はまだ続くぞ! それに、空を飛ぶワイバーンがいる今、レヴィアントに侵攻してもおかしくない!」

「!……で、ですが!」

「だから、後退することは許されん!」

 ルヴィスの強い主張に二人は屈服させられた。

空を飛ぶことのできるワイバーンや尋常ではない大きさを誇るドレイクなど、帝国を脅かす存在を前にして怯むことなどあってはいけないからだ。

 もしここで撤退するならば、連中がその場所まで進み続ける可能性もあり、タイタンウォールの内側で暮らす一般人らに影響を及ぼすからだ。

「いいか! ここで撤退すれば我らだけでなく、市民まで負担を掛けることになるぞ! そうなっても構わないと言いたいのか!?」

「…………!」

 ルヴィスの的を射た発言に、ガルディーニは口籠るしかなかった。ただ、逆に言えば人質を取るといった悪い感じにも聞こえた。

 その様子を脇で見ていたルヴィアーナもさすがに、ルヴィスの言葉には納得がいかない。戦場を経験していない者なら、誰しもそう思うはずだ。しかし、国を背負う者となれば、その悪い言葉も使わざるを得ない。

 ガルディーニは長考し、そして、

「……全軍、ここでヴィハックを足止めする!」

『!? ガルディーニ卿、正気ですか!?』

「ルヴィス殿下の命令に逆らうことなどできん! だが、ギャリア鉱石を保管させる車輛はただちに引き下がってもらいます! いいですね!?」

「……いいだろう。許可する」

 ルヴィスの言葉に渋々従ったガルディーニは、目的のために随伴させていた大型のトラックをすべて皇宮に帰すことにした。

 もちろん、たくさんの血が流れるこの戦場では、非戦闘員など間違いなく邪魔になる。それに、当初の予定がすべてキャンセルされたことで、もはや鉱石を採取する目的はもう無いに等しかった。

 そのガルディーニの進言を聞き入れたルヴィスは、その進言通りにトラックを下がらせる。そして、この閉鎖区にいるガルヴァス軍は空と陸を合わせて、数十体のディルオスで構成されたシュナイダー部隊とレギルが乗るヴィルギルトだけとなった。

「……これで準備は整ったようですね。さて、本題といきましょうか」

「ああ。全軍、突撃!」

『『『イエッサー!』』』

 その号令と共に、陸と空にいるガルヴァス軍は一斉にヴィハックの大群へと向かっていった。それに応じるように地上のリザード、空のワイバーンもそれぞれ相対するガルヴァス軍へと突進していった。

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