時計と天測航法の関係


現在でも船や飛行機の速度を表すために国際的に使われている「ノット(knot 〜 略号はktまたはkn)」という単位は、航海という目的のために生まれたものだ。


現在ではノットは「1時間に1ノーティカルマイル(海里=1.852km)の速度」と規定されているのだが、この単位は文字通り「Knot=紐の結び目」が語源になっている。


これはイギリスの艦船が、あらかじめ等間隔に結び目を着けたロープを船の速度に合わせて舷側から繰り出していき、「28秒の砂時計」が落ちきるまでに「幾つの結び目が出たか」で速度を測っていたことに由来している。


パトリック・オブライアンによる歴史海洋冒険小説「ジャック・オーブリー」シリーズをベースにした映画「マスター&コマンダー」でも、この際にハンドログと呼ばれる器具を用いて速度を測っているシーンが再現されている。

結び目を数えながらロープを海に流し出していき、砂時計が落ちきったところで数えた結び目の数を船員が叫ぶシーンを見ると、まさにノットという単位がどうして生まれたか納得できる。


ロープの結び目の間隔が16ヤード(48フィート/14.4メートル)だとすると、28秒に16ヤード進む速度では、1時間に3,600÷28×16=約2,058ヤード(メートル法に換算すると約1,852メートル)を進むことになり、これは、およそ1 ノーティカルマイルとなる。


つまり、この計測に使われた砂時計が、なぜ「28秒」という微妙に中途半端な長さになっているかというと、どうやら1ノーティカルマイルをヤードで割って時速を算出する際に、計算しやすい数字に揃えたから、ということのようだ。


なんにせよ、洋上では絶対的な目印というものがないので、航行する船は羅針盤で進行方向を知り、ハンドログで求めた速度に移動時間を掛けて航行距離を算出していた。


1ノーティカルマイルの1.852kmという距離は、子午線弧長の緯度1分であり、つまり「1マイル×360度×60分=21,600マイル」を走れば地球を一周できることになる。この21,600マイルはキロメートルで表すと、40,003.2であり、地球の一周が4万キロメートルであることと、ほぼ一致する。(と言うか、後から子午線弧の1/40,000,000の長さを「1m」だと決めたのだから当たり前だ)


これまた以前のコラム「地図の縮尺とデジタルマップ」で書いたことだが、決まった縮尺を持たない海図を扱う上で、子午線弧長の1分という単位は非常に扱いやすいものだ。

どんな海図でも緯度と経度のマス目は引かれているから、その間隔を見れば一目で航海距離を推し量ることができる。


話が大分、時計と時間からずれているような気もするが、時間というのは、速度や距離と切っても切り離せないものであり、移動という概念の根幹にあるものだ。(ワープを除く)



機械式時計の発達に伴う古い話ではあるが、実は正確な時計が求められた背景としては、大航海時代に伴う遠洋航海の発達が大きい。


GPS以前の電波航法システムであるロランが登場するまでは、遠洋航海を行う船は、太陽や月、星の位置などを観測して行う天測航法によって、航路と現在位置を確認していた。

天測航法にはいくつかの方法があるのだが、いずれも目印のない洋上での現在位置確認において、緯度(南北)は六分儀による観測で容易に得られても、経度(東西)を知るのはさりげなく難しい。


そこで、経度を測定するために太陽の位置と時刻を組み合わせる方法が18世紀にイギリスで編み出されたのだが、この手法を実用化するためには、揺れる船の上でも正確に時間を刻み続ける時計が必要とされた。


おじいさんの時計のような「振り子時計」は、当時でも実用十分な精度を出していたそうだが、いかんせん振り子構造は揺れに弱い。土台が揺れているのに、その上で一定のリズムで揺れていろ、というのも振り子には酷な注文である。(振り子時計をどんなに小型化しても、原理的に持ち歩きながら使うことはできない)


そこで生み出されたのが「マリンクロノメーター」と呼ばれる精密時計だ。


精密時計というとスイスのイメージがあるのだが、実は初期のクロノメーター開発に大きく貢献したのは主にイギリスの時計技師達であり、それは海洋帝国としてのイギリスを支えるための取り組みだった。

これらの初期のマリンクロノメーターはイギリス海軍の船に搭載され、クック船長の第二次航海にも利用されている。


現在の国際標準時であるUTCが、かつてはGMT(グリニッジ標準時)であったことや、由来を同じくする経度の基準点もロンドンのグリニッジを通る子午線を基準としているのは、この歴史的経緯があるためだ。


時刻と違って、経度の方は日常生活に関係ないので、ほとんどの人に意識されていないのだが、つまり、グリニッジ天文台は『時差ゼロ』地点であると同時に、『経度ゼロ』地点にも位置しているわけだ。


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< ちなみに、経度ゼロに加えて緯度ゼロ(赤道上)の「地図上のゼロゼロ地点」はアフリカ、ギニア湾の洋上である。最寄りの陸地はその真上にある経度ゼロの都市、かつてイギリスの植民地として黄金海岸(Gold Coast)と呼ばれていたガーナ共和国の首都、「アクラ(Accra)」だ。>


< メートル原器を作ったのは、基にした子午線弧長が厳密とも不変とも言いがたいことや、何度も計測し直すのが大変なことから、分かりやすいオリジナルとしての「原器」を作ったに過ぎない。現在の基準とされている「1m=1 秒の299792458分の1の時間に光が真空中を伝わる行程の長さ」という定義は後付けで、なんとか普遍性・永続性のあるメートルの定義を作り出そうという努力の結果だと言っていいだろう。まあ、物理学の根幹が揺らがない限り、真空中の光速は不変のはずである。>

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