第21話 ドラゴンの里と少女2


 

 ドラゴンに体をつかまれ、どこかに運ばれた私は、そっと地面に降ろされた。 

 テントにくるまれていたおかげで、空を飛んでいる間は周囲が見えず、それほど怖くなかったが、あちらこちら布が破れてしまった。このテントは、きっともう使いものにならないだろう。

 身体に巻きついていたテントを引きはがし周囲を身まわす。

 ドーム球場がすっぽり入りそうなその空間には、数体の大きなドラゴンが座っており、壁のあちらこちらに開いた穴から、次々にドラゴンが出てくる。

 大きな洞窟は、地面が見えないほどドラゴンで埋まっていた。

 部屋には、お線香をたいたような独特の香りがただよっている。もしかすると、これはドラゴンの体臭かもしれない。


 洞窟内が明るいのは、黒っぽい壁のあちらこちらに埋めこまれた板のようなものが光っているからだと気づいた。

 板の光は、ちょっと地球の照明っぽかった。

 洞窟の壁に一か所だけ出っぱった場所があり、その岩棚に一体のドラゴンがたたずんでいた。

 そのドラゴンは一際大きく、他より色が黒かった。

 

 グゥオオオオっ


 その黒いドラゴンの声で、洞窟の壁がびりびり震える。

 他のドラゴンも、それに続き、同じような鳴き声で答えた。

 あまりに大きな音に耐えきれなくなった私は、思わず両耳をふさいだ。  


『みなのもの、よく聞け。

 ここの所、みなで探していたアルポークの息子がやっと見つかった』


 洞窟のあちこちから、安心したような竜の唸り声が聞こえた。


『彼が無事に帰ってきたのは喜ばしいが、多種族をドラゴニアに入れてはならぬという掟を破ったことにかわりはない』


 これには、竜たちから賛同の唸りが上がる。

 ピーちゃんと暮らすうち、竜の唸り声を聞き分けられるようになったらしい。


『罰を与えねばならぬが、誰かよい考えはないか?』


 洞窟が静かになる。

 やがて、一頭の黒く大きな竜が咆えた。


『まだ年は満たぬが、『試しの儀』を行えばよい』

 

 何体かの竜が、悲鳴のような細い声を上げる。


『うむ、しかし、小さな子には、ちと厳しすぎぬか?』


『竜王よ!

 ここで甘いことをしては、他の子竜に示しがつかぬ。

 あなたの甥だからといって、かばうつもりはないのだろう?』


 あのでっかい竜王様って、ピーちゃんのおじさんだったのね。


『うぬ……仕方なかろう。

 人族の娘はどうする?』


『その者も、禁を犯したは同じ。

『試しの儀』の結果を待ち、罰を与えればよい』 


『よかろう。

 では、『試しの儀』の相手じゃが……』


『意見を出したのは私だから、私が相手しよう』


『な、なにっ!』


『竜王よ、どうされたのです。

 私が試しの儀をするのに何か不都合でも?

 まさか、甥だからといって、あの子竜に手加減するつもりではないでしょうな?』


『……ぬう、お主に任せる』


 ◇


 一体の竜に案内され、私は小さな洞窟にやってきた。

 小さいと言っても、体育館くらいはある空間だ。

 竜は私をそこに残し、どこかへ姿を消した。


 そこも大きな洞窟にあったような光る板で照らされており、本があれば、その字さえ読めそうなほど明るかった。

 敷物が無かったので、使い物にならなくなったテントを床に敷き、その上にマジックバッグから取りだした毛布や枕を置く。

 宝箱から手に入れたふわふわクッションに座り、ダンテさんが焼いてくれたアイアンホーンのステーキを魔法のカバンから出し、それを食べる。

 私のマジックバッグは、その中で時間が経過しないのか、ステーキが焼きたてのままだ。旅の途中でピーちゃんに尋ねたが、マジックバッグでも、普通は中に入れたものが腐るそうだから、これは本当に特別なものだと分かる。もしかすると、ラストークで手に入れたお宝の中で、一番価値があるのはこのバッグじゃないのかな。

 熱々のお茶を飲むと、私は毛布にもぐりこんだ。


 ◇


 夜中に目が覚める。毛布の中で何かがモゾモゾ動いている。悲鳴を上げようとした私は、触り慣れた感触に気づき、声をひっこめた。


「ピーちゃん、どうしたの?」


『しーっ!

 竜はみんなテレバシーが使えるから、心を落ちつけて話して』

  

「ピーちゃん、『試しの儀』って危なくないの?」


『危ないなんてもんじゃないよ。

 今のボクなら、確実に殺される』

 

「じゃ、逃げなきゃ!」


『落ちついて!

 他の竜にかんづかれちゃう』


「ピーちゃん、ラストークに行くときは、秘密の抜け道を使ったって言ってたでしょ。

 それを使って逃げればいいじゃない」


『ああ、あの抜け道は、もう封鎖されちゃったんだ。

 それに、内側から外に出られないように張られた結界が、前より強化されたんだって』


「ピーちゃんのせいね」


『そ、そうだけど……。

 とにかく、メグミなら人族だから、その結界は関係ないんだ。

 ボクが結界まで連れていくから、そこから逃げたらいいよ』


「ピーちゃんは、どうするの?」


『ボクは、『試しの儀』を受ける』


「ええっ!?

 なんで逃げないの?」


『もう抜け道から逃げられないようになっているし、小さくなったこの体じゃ、逃げてもすぐ捕まるからね』


「でも、殺されるって分かってるのに、どうして『試しの儀』を受けるのよ?」


『メグミも『集いの』にいたから見たでしょ。

 あの『試しの儀』を提案した黒い大きな竜』


「ええ、竜王様と同じくらい大きかったね」


『あいつは、マズルっていうんだけど、竜王選定で、今の竜王様と戦って負けたんだ』


「ふうん」


『それでね、今でも竜王の座を狙ってるの。

 ボクが『試しの儀』を受けないと、それをネタに、ヤツが反乱を起こしかねないんだ』


「なるほど。

 とんでもないヤツね!」


『メグミが逃げるだけなら、ヤツもそこまでの事はできないと思うよ』

 

「なんで?」


『竜にとって、人族はアリンみたいなものなんだ?』


「アリン?」


『すごく小さな虫だよ』


 私の脳裏には、すぐにありが思いうかんだ。


「失礼ね!」


『でも、力の差を考えると当たり前でしょ』


「そうかもしれないけど、やっぱり失礼だわ」


『そういうことだから、とにかく今すぐ逃げて!』


「イヤ!」


『頼むから!』


「絶対イヤ!」


『どうして、そんなに分からず屋なの!

 そうするしか、生き残る方法はないんだよ!』


「でも、イヤ!」


『メグミの馬鹿っ!

 もう君なんて、友達なんかじゃないやっ!』


 ピーちゃんは、そう言いすてると、ピューっと洞窟部屋を飛びだしていった。

 さっきまで腕に抱いていたピーちゃんのぬくもりが消えていくと、すごく寂しくなる。

 もう、ピーちゃんは、私を友達だと思ってくれないかもしれない。

 だけど、私には、もう心に決めたことがあった。


 ピーちゃんのぬくもりが少しだけ残った毛布にくるまり、横になった。

 

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