第22話 ドラゴンの里と少女3
次の日、私は、肩をつつかれ目が覚めた。
そこには、昨日、私を案内してくれた竜がいた。
破れたテント、毛布と枕をマジックバッグにしまう。枕は私の涙で湿っていた。
案内役の竜は、先に立って歩きだした。後についてこいということだろう。
私たちは、昨日、竜の会合が行われた大洞窟を抜けると外へ出た。
案内役の竜は、その前足でいきなり私をつかむと空に舞いあがる。
高いのが苦手な私は、目をぎゅっと閉じ、黙って我慢した。
それほどかからず、翼の鳴る音がして地面に降ろされる。
目を開けると、傾斜地にある岩棚の上に立っていた。
振りかえると、そこは、すり鉢のようになった地形で、片側には巨大な山があった。山頂に大きな丸い岩が載っているから、それがドラゴニアの中心にある『ソル山』だと分かる。
立っているところから見下ろすと、すり鉢の底は丸く平らになっていて、そこに数体の竜がいた。
竜は二つのグループに分かれていて、片方にはピーちゃんがいた。
翼でピーちゃんの頭を撫でている竜は、彼のお父さんかお母さんかもしれない。
広場の隅に平らな石の台があり、その上には竜王様が座っていた。
グゥオオオオ
昨日のように竜王様が咆えたが、その声には明らかに悲しみの色が混ざっていた。
マズルという黒い大きな竜と、小さなピーちゃんを残し、他の竜が広場から飛びたった。
飛びたった竜は、山の斜面にある岩棚に降りる。他にも多くの竜がそこに並んでいた。
マズル対ピーちゃんの『試しの儀』が始まろうとしていた。
◇
私は、広場目掛け、山の斜面を駆けおりた。途中、何度も転んだが、全く気にならなかった。
頬っぺたや手を擦りむいた私が、ピーちゃんの横に立つ。
『メグミッ!
なんでここにっ!?』
「ハアハア……決まってるでしょ。
私も戦うわ!」
『そんなっ!
あっという間に殺されちゃうよ!』
「それでもいいの!」
息を切らせている私は、すごく冷静だった。
サウダージさんがダークウルフの牙で作ってくれたナイフをとり出す。
マジックバッグには、ラストークダンジョンで手に入れた剣も入っているが、どうせそんな重いものが使いこなせるはずないから。
『メグミ……馬鹿、馬鹿、逃げればよかったのに』
ピーちゃんから、弱々しいテレパシーが伝わってくる。
「しっかりしなさい、ピーちゃん!
私たちは、デミリッチを倒したのよ!」
『何っ!?』
竜王様のテレパシーが聞こえたと思った瞬間、マズルがこちらへ突進してきた。
地上すれすれを、凄いスピードで飛んでくる。
あっという間にそばまで来ると、地面に爪を食いこませ、大きな頭を後ろへ引いた。
『メグミっ、危ない!』
ピーちゃんは、そう叫ぶと、私の体にボンと体当たりした。
「きゃっ!」
地面に倒れた私の横を物凄い炎が駆けぬけた。
炎に当たっていないのに、髪の毛が、ちりちり燃える。
私は、その火を手で叩き消した。
ピーちゃんの方を見ると、彼もなんとか炎を避けられたようだ。
マズルは私など眼中にないようで、翼を広げて立むかうピーちゃんの方へ、ドシンドシンと足音を立て近づいていく。
私に背を向けたマズルの後ろから近づくと、巨大な足のアキレス腱があるだろうあたり目掛け、思いきりナイフを突きだした。
一瞬、竜の固い皮膚にはばまれたナイフだったが、ぐいっと柄の所までつき刺さった。
痛かったのか、あるいは、かゆかっただけなのかもしれないが、とにかくマズルがこちらをチラリと見た。
凄い衝撃があり、目の前が白くなる。
視界が元に戻ると、空が見えた。
仰向けに地べたに転がっているらしい。
空の半分が黒くなる。マズルの顔だ。
少し開いた口から火がチロチロと出ている。
突然、その顔がピーちゃんで隠れる。
「ピーちゃん、ダメッ!」
ぱっと上半身を起こした私は、思わず叫んだ。
恐らく、マズルがその口を大きく開けたのだろう。
ピーちゃんの体が一瞬、炎に縁どられたように見えた。
◇
ソル山の頂上に鎮座する巨大な丸い岩は、何千年もの間、そこで下界を見降ろしてきた。
竜がその辺りに棲みつく遥か昔から、それはそこにあった。
ソル岩は、竜たちが信仰する対象でもあった。
彼らは、ソル岩が視界に入るたび、祈りの言葉を唱えるのだった。
しかし、竜たちも知らぬことだが、ソル岩を下から支える巨大な平石が、雨風の浸食によりその寿命を終えようとしていた。
このとき、ソル山の下から伝わってきたかすかな振動が、すでにひび割れていた平石をわずかに揺すった。
それは、しかし、巨大な質量をもつソル岩が、平石を割るのに十分なものだった。
グキリと割れた平石の上から、丸いソル岩が転げおちたのは、自然な事だった。
◇
ピーちゃんがマズルの炎に呑みこまれようとしたとき、私は思わず目を閉じた。
もの凄い地鳴りと振動が、周囲に響く。
マズルの炎はそれほどの威力があったのか、と私が思ったのは、ほんのわずかの間だった。
なぜなら、凄い衝撃が私の髪をぶわーッと後ろに引っぱったかと思うと、とてつもない音が空気をブルブルと震わせたからだ。
グガガガッーン
そんな音などこれまで聞いたことがなかった。
思わず目を開けた私の目に飛びこんできたのは、目の前で翼をはためかせるピーちゃんと、その向こうにそびえる巨大な壁だった。
「な、なんなのっ!?」
地鳴りのような音は、小さくなったものの止んではいない。右を見ると、そこにあった山肌が、大きく崩れていた。壁は、そこから生えているようだ。
マズルの姿を探したが、見つからない。
「ピーちゃん、大丈夫?!
何が起きたの?」
『……それが、ボクにもよく分からなかったんだけど、今やっと分かったよ』
ピーちゃんは、地上に降りると、その翼で左の方を指した。
そちらを見ると、山の斜面に大きな溝ができている。何か巨大なものが通った跡のようだ。
そして、なにより驚くことに、さっきまで確かにソル山の頂上にあった丸い岩が消えていた。
「もしかして、これって……」
私は目の前の壁を指さした。
『そう、ソル山の上にあった丸石だね。
ボクらは、ソル岩って呼んでたけど』
「あ、あれが落ちてきたの?」
『うん、そうみたい』
ピーちゃんは、さっと空へ浮きあがると、ゴマ粒くらいの大きさになるまで上空へ昇っていった。
すぐに降りてくる。
『やっぱり、そうだったよ。
その壁みたいなのはソル岩だね。
上から見ると、はっきり分かったよ』
「マズルは?」
そのとき、たくさんの竜が、空から降りてきた。
とても大きな黒い竜がこちらに近づいてくる。
彼は、なぜかピーちゃんと私に頭を下げた。
『偉大なるアルポークの息子よ。
そこにおられる人族は、何というお名前か、お聞かせねがえますか?』
なぜか、竜王様は改まった口調になっている。
『メグミだよ』
『今までのご無礼、ご容赦願いたい。
アルポークの息子とそなたはソルから選ばれたお方。
ぜひ、我らを導いてくだされ』
「え?」
私は何を言われているか理解できず、ぼーっとしてたの。
数体の竜が、右手にある崩れた石の下から、気を失ったマズルを引っぱりだした後も、私は、そこに立ったままだった。
『メグミ、しっかりして!』
ピーちゃんが私の胸に飛びこんでくる。
いつものように手で抱きしめると、彼は丸くなった。
すごく安心した顔をしている。
とにかくピーちゃんが無事でホッとした私は、膝の力が抜け、地面に座りこんでしまった。
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