第2話 夢色の音。

僕たちのバンド「サウンドモンキーズ」の名前が呼ばれた、僕はステージに一歩を踏み出した。大きな歓声や、拍手が聞こえる、ピアノや他の楽器とはちがう、孤独じゃなかった、はじめての感覚だ、仲間と練習したあの時間も、この歓声も、僕はとても嬉しかった、この感覚は一生忘れないような感覚だ、だがその時間も終わった。

 正直バンド何て乗り気じゃなかった、歌に自信はなかった、バンド名だってワケわからんし、作詞作曲が全部僕なんて馬鹿げてる、でも、やってみようって思った、海音に聞けと言われて聞いてみて胸に刺さったから俺はそれをもっと他の人にも響かせたかったし、バンドをやってみたかった、今は正直やってよかったって感じだ。でも、ひとつ問題があった、校長と親父は仲がいい、学祭のことを言われるはずだ。

 それは学祭から一週間がたった時、親父に呼ばれた、内容は予想がついていた、学祭のことだ、校長とあって帰ってきたのだ。俺は恐る恐るドアをあけた「座れ和音。」と言われたので座った、すると話始めた「学祭でバンドやったんだってな、俺がなんでバンドなどが嫌いって言ったか知ってるか?」と聞かれたから首を横にふった、そしたら「俺も、学生時代はロックが大好きで、バンドも組んでいた、だけど大切な人をうしなったんだ、憎いんだよ全部、これ以上は今言えねぇな、また俺の昔話でもしてやるよ」と涙目になりながら笑っていた父をみて、俺はやるなら最後までやろうと思った。

 僕は高校でもバンドを続けた、メンバーは一人増えた、合計4人だ、中学のころは僕と、海音と、もう一人めちゃくちゃベースが上手かった、海藤ってやつで組んでた、海藤は負けず嫌いで執念深い、海藤の親父もミュージシャンでマルチに活動していた、親父によると海藤の親父に嫉妬されてたらしい、どう知り合ったかというと、海音と、同じクラスで頼み込んだらしい。高校で出会った鈴木は学祭のあと俺もいれてくれと頼み込んできた、ドラムもギターもそこそこできるオールラウンダーだが、軽い性格だ、いつも冷静で優しい、だが、軽すぎるし、優しすぎる。鈴木は器用でドラムもできた、4人の時はドラム担当だ。この四人で軽音部に入りバンド活動を続けてた、かなり楽しかった。

 海音は高2の夏こういった「いつか俺らで、武道館立とうぜ。」俺は何の冗談を、と思った、でも海音は本気の眼差しだった、俺は海音に続き「武道館いっぱい人で埋め尽くそうぜ!」と言った。メンバーで空にむかって叫んだ海藤以外は。海藤は気にくわなかったのだろう、無理な目標をかかげてた、ことと、俺に嫉妬してたらしい。俺はソロでもシンガーソングライターとして活動してた、とあるネットのサイトに投稿をしていたら思いの外人気がでた、俺の曲をcoverする人がどんどん増えて嬉しかった、でもバンドの中で一人だけ突出してしまった、海藤はそれに怒った、海藤はバンドをやめた、海音はベースも、できた、なんとかなりたった、だがそれは今思えば海藤にとっては最悪だっただろう、進路希望で、3人は同じ大学にいこうとした、海藤は留学するらしい。

 父親がトラックにひかれたと言う知らせを母から聞いて、病院に向かって走った、重大らしくて、いつ死ぬかわからない状態だという、俺は泣きながらこう言った「父さん、もっと色々教えてよ、約束したじゃないか、昔話きかせてよ...」そう言った何分か後に僕の手を握りながら亡くなった、俺は泣きながら走って家に帰ろうとした、階段を下りながら父との思い出を振り返ってると余計悲しくなっていった。後ろから声が聞こえ、振り返ると頭を金属バッドでなぐられた。しばらくしてから病院に搬送されたらしい、母は医師にこう言われた「残念ながら息子さんは、記憶喪失です。」これは母から聞いた話だが、膝から崩れ落ちたらしい、後から聞いたが僕が殴られたのも海藤が仕組んだ事らしい、母は音楽のせいで、2つの命を失ったことが何よりも憎かったそうで、自分の人生から音楽を消そうとした、もちろん僕からも。

 僕が記憶を失ったときは、僕の世界が変わった瞬間だった、一度僕の人生から、音楽が消えた、夢も仲間も一同消えた、夢色に染まってた音色はどこへ、消えたのだろうか、記憶が戻った今思う、仲間は持つべきだと、次は本題を話そうか。

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音に救われた男~音楽が変えた奇跡の物語 おさるさま。 @osarusamaBA7

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