『ヨルミは闇と語り出す。』

朧塚

ヨルミは闇と語り出す。

 幼い頃から夜未(ヨルミ)が見ていた世界を、私も見る事になった。

 

 彼女はそれを霊と呼んでいた。

 だから、それは霊なのだろう。


 彼女と歩道橋を歩いている時、横断歩道を渡っている時、彼女から指を指された。あそこにいる。

 電信柱の陰に、それは佇んでいた事もある。


 ヨルミは、いつも指を指して、彼女と一緒にいると見えてしまう私を笑っていた。そして、ヨルミは途中、彼女が見えている者達と話し始めるのだ。がやがや、ざわざわ、と音がなり、途中、ぱあん、という音がする。

 

 私は少し縮こまるような形で、彼女の傍から離れる。


 彼女の見ている世界に行ってしまうと、どうなるのだろうか。私はそんな事に苛まれながら、ヨルミと一緒にいる。


 彼女は塀や郵便ポストなどを見て、何かとずっとお喋りを続けていたりする。


 彼女が一体、何を見ているのか、私にはまるで理解出来ない。……もし、理解してしまえば、私はきっと戻る事が出来なくなるのだろうから。


 そもそも、ヨルミは何者なのだろう? と、私は幼い頃から思っていた。彼女は放課後に、小学校のトイレに入ったきり出てこない事もあった。どの部屋にもいない。しばらくして、一時間後くらいに彼女は戻ってくる。何処に行ったのか? と、私は訊ねると、トイレの鏡の世界の中と彼女は答えた。それ以上は何も話してくれなかった。



 私は彼女に言われて、夜の学校を探索してみないか? と言われた。何故、そうなったのかというと、私がテスト前なのにも関わらず、教科書とノートを忘れたからだった。時刻は夕方の七時をまわっていた。今から学校に取りに行けば、夜の八時過ぎくらいになるだろう。私はそんな事をヨルミと携帯で愚痴っていると、彼女は、付いてきてくれると言った。


 そして、私はヨルミに付き添われて、教室に戻り、教科書とノートを見つけて鞄に入れた後、ヨルミはそんな事を言い始めたのだった。


「ねえ。杏奈(あんな)、少し学校を探索しない?」

「えっ、…………、テストが近いんだよ。だから、教室に戻ったのに……」

「別にいいじゃない? 夜の学校、散歩してみない? もしかしたら、何か神秘的な力を得られるかもしれないよ?」


 ヨルミは、いつも夜を好んでいた。

 闇の中にいると、とても落ち着くのだと彼女は言う。


 彼女はとても寂しそうな顔をしていた。


 彼女の父親は、仕事の出張で余り家にいない。

 彼女の母親は心を病んで、精神病院の閉鎖病棟にいるらしい。

 彼女の叔父は、刑務所に入っていて、たまに検閲塗れの手紙を送ってくるらしい。


 ヨルミは、ずっと孤独の中で生きていた。だからこそ、霊達と波長があったのかもしれない。

 

「ねえ、アンナ。最近、あの交差点ではよく人が現れるね」

 彼女は笑う。

 その笑顔は、何処かとても美しい。


 今日、彼女とカラオケで遊んだ後に、二人で岐路へと付く。

 すっかり、辺りは真っ暗だった。

 私とヨルミは、月の下を歩いている。月光に照らされたヨルミの顔は、何処かおぞましい程に美しい。彼女は一緒に歩いている中で、色々な何かに話し掛ける。


「私は彼らの世界に行きたいんだけど、彼らもこの世界に来たがっているんだよね」

 彼女は、くすくすと笑う。



 その日、家に帰ると、TVでニュースが流れていた。

 どうやら、近くで猟奇的な事件が起こったらしい。

 一人の男性が、バラバラにされて、公園の池の中に沈められていたそうだ。……そう言えば、岐路の途中、その公園には寄っていた。


 しばらくすると、ヨルミからのメールが来た。

 それは、ヨルミが、死んだ男性の霊の話を聞いていたとの事だった。彼は、殺した人間がどんな者達なのか、ヨルミに教えてくれたのだと言う。


 ……ふふっ、どうやら、犯人は三人グループで、リンチの際に殺してしまって、死体が重かったから、バラバラにして、池に沈めたそうね。


 彼女は、何処か、とても楽しそうだった。


 ……ねえ、事件現場に行ってみたいかしら?

 

 私とヨルミは、次の日の夜に、その現場に向かった。

 森に囲まれた、池だった。


 何処となく、冥界が口を開いているようにも思えた。


「うふふふっ、うふふふふふっ、ねえ、ねえ、どんな気分だった? 殺された後、バラバラにされたのって。それとも、生きながらバラバラにされたの? どちらなの?」


 強い風が、私とヨルミに降り注ぐ。

 私は悪寒に襲われる。

 この場所にいてはいけない。

 確かに、それを強く感じる。


 ごぽり、ごぽり、と、池が揺れる。

 まるで、それは魔女の大釜のようだった。


 池の中から、頭部が這い上がってくる。

 それは、TVのニュースに映っていた、青年だった。だが、顔は恨みに満ちており、そして、鼻から下が崩れて、白骨が剥き出しになっていた。


「今頃、犯人達は警察に追われているらしいのだけど。どうなのかしらあ? 警察なんかに裁いて欲しいの? 貴方自身が手を下す事を望んでいるんじゃないのかしら?」


 彼女は、幽霊となった青年へと囁き続ける。


 彼は、這い出してくる。


 彼の全身は、とても痛ましいものだった。……バラバラ殺人との報道は、報道関係者達の配慮なのだろう。……リンチ、と言うのも、酷くオブラートな表現のように思えた……。


 実態は、彼は酷い、虐待と拷問の際に、殺されたと言ってもいい。


 彼の全身には、刀傷などで酷い傷を負っていた。彼の歯は所々が引き抜かれ、片耳は削がれ、鼻も無かった。胸や腹には、無数の煙草痕の他に、焼けた何かを押し当てられた箇所もある。右腕以外は、切除されていた。更に、それの右手も、何本か指が欠如している。


 青年は何かを言いたげだった。


「あらあら、そう? 闇金融だったわけね。で、相手はヤクザさんなのねえ。うふふっ、警察、ちゃんと捕まえてくれるかしら? ……でも、貴方の恨みと呪いの力では不十分。怨霊になる事も、人を呪い殺す事も、よっぽどのエネルギーが必要なのよ? ……貴方は、生前、とても心優しい人だったから、騙されたのねえ」

 ヨルミは、くすくすと笑う。

 私は、この幽霊となった青年よりも、ヨルミに恐怖している自分がいる事が分かった。


「ねえ、貴方に、私のお友達、紹介しようか? みんな呪う事が大好き。取り憑く事もね? 私、仲介者になってあげてもいいわよ?」


 青年は頷く。

 鼻も顎も無い顔が、酷く滑稽だった。


 ………………。

 それからしばらくして。


 有名なヤクザ組織の一つの構成員達が、次々と、不審死を遂げていった。


 ヨルミは相変わらず、笑っていた。

 彼女は、酷くこの世界を憎んでいるように思えた。生者達の世界を。


「今度、呪い代行でもしようかなあ?」

 彼女は、端正な顔で、そんな事を呟く。


 私は、彼女とこれ以上、関わるべきかどうか、少しだけ悩んだ。


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『ヨルミは闇と語り出す。』 朧塚 @oboroduka

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