第6話 名前
しばらくの静寂。
近くのテーブルで女子高生数名がキャッキャッと笑っている。
「……名前? 」
ようやく中村君が口を開く。
「……そう。名前」
こっくりと私はうなずく。
「
「あきら、ってどう書くの? 『日』三つで晶? 」
照れから復活したのか、リナも口をはさむ。元来、彼女はコミュニケーションに長けている。
「あー、違う。よくそう訊かれるけど。『秋』に『桜』で『あきら』って読む」
「へぇー、初めて聞いた! 面白いね」
「……コスモス」
「藤島、よく知ってるな。俺の名前の由来は『コスモス』なんだ」
驚きと喜びの混じった表情で、中村君は笑った。
「え? 何? どういうこと? 」
一人、話についていけずにいるリナに、中村君が説明する。
「リナもコスモスは知ってるだろ? コスモスは漢字で
先ほどまでの沈黙が嘘だったかのようによくしゃべる。半ば圧倒されながら、私たちは彼の「コスモス講義」に聞き入っていた。
「……中村、よく知ってるね」
講義がひと段落したところでリナが恐る恐るといった様子で声をかけた。
「あ、ごめん……。ひいた? 」
「いや、ひくとかじゃなくて、すごいなぁって」
私もうなずいてリナに賛同する。
「……俺さ、この名前のせいか昔から花が好きで。こういう花の雑学だけ無駄にあるんだよ。男のくせにな」
自嘲気味に目を伏せながら彼は言う。
「……私は、いいと思うよ」
パッと彼が視線をを上げた。私はそのまっすぐな瞳に射抜かれるような錯覚をしながら言葉をつなぐ。
「……別に、男の子が花を好きでもいいと思うよ?…… 植物とか動物とか大事にできる人、私は好きだし……」
私は何を言ってるんだろう。誰も、私がどんな人が好きなのかなんて聞いてないのに。
「え? あ、ありがとう」
中村君も、若干戸惑い気味に応じる。
「……」
再び三人の間に沈黙が流れたとき、
「お待たせしました! 」
頼んでいたランチプレートが届いた。
バターロール、サラダ、目玉焼き、ソーセージにベーコン。
シンプルだけど、たぶん栄養のバランスは悪くない。ソーセージとベーコンは焼き立てのようでジュワジュワとわずかに油がはねている。
目玉焼きは半熟。つ、とフォークとを立てるとトロリと流れ出す。
……って、何グルメリポートをしているんだろう私は。
カチャカチャと食器とフォークの触れ合う音だけが響く。
ちらりと正面に座る中村君を見る。端正な顔が今は少しこわばっている。
余計な事、言っちゃったかな。
少しだけ後悔。
でも、コスモスのことを話す中村君はとてもキラキラしていた。
そんな彼の姿を見ていると、不思議と胸が締め付けられて。
だけどそれは決して苦しいだけのものじゃなくて。
うれしいような、悲しいような。
切ないような、わくわくするような。
私の知らない気持ちだった。
カシャン、とリナがフォークを置く音で、私は我に返った。
ぼんやりと考えながらもしっかり食べていたようで、私の前のお皿も空になっていた。
「えーっと、今日は誘ってくれてありがとね、中村」
「……ありがとう」
「いやいや、俺のほうこそ、助けてもらった上に変な誘い方して……」
ふるふる、と私は首を振って、リナも言う。
「まぁ、楽しかったし? ね、サクラ」
「……うん」
中村君は、どこかほっとした顔で笑う。
「なら、よかった。じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
「……じゃあね」
店のドアを押して、外の日差しに目を細めた。
このとき、もしかすると私は、すでに恋に落ちていたのかもしれない。
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