第2話 好きな人

「ねぇねぇ、サクラってさぁ、好きな人とかいないの?」


「……いないかな」


 またこの質問。私は曖昧に返事しながら、通い慣れない通学路を歩く。


「えー。つまんないの。高校生にもなって初恋まだとかないよー」


「……仕方ないじゃん。……私だってできるなら恋してみたいよ」


 最後は消え入るような声になって、リナには届かず、春の風がどこかへ運び去った。


 私は藤島桜子ふじしま さくらこ。今年高校一年生になる。


 ちなみに、私のことを「サクラ」と呼んだのは、中学校入学以来の親友、永井理那ながい りな。自他共に認める「恋多き女」。目下、中学で同じクラスだった川村聖花かわむら せいか(男子。念のため)に絶賛片思い中だ。


「高校では頑張ってよ。サクラ、私と違って色白いしカワイイんだからもったいないって」


「……ありがと。でも理那だって可愛いよ?」


「サクラに言われると悲しくなるからやめてー」


 オーバーリアクションで耳を押さえるリナの横を、赤い軽自動車が走り抜ける。リナ、ホントに可愛いと思うけどなぁ。


 中学で陸上部に所属していた彼女は健康的に日に焼けていて、明るい茶色のショートもよく似合っている。クリッとした瞳が印象的で、身長はさほど低い訳ではないものの、どこかリスやハムスターなどの小動物を思わせる。



 ザワッ



 櫻雲おううん高校の校門が見えた。不意に強い風が吹いて、サクラの花弁が髪に絡みつく。


「わぁー。すーごい桜!」


 目の前には青い空とのコントラストが美しい校舎。校門を抜けると玄関(?)まで見事な桜並木が続いていた。


 足元には淡いピンクの絨毯じゅうたん。それでも桜の枝にはまだまだ花が残っていて、あたり一面桜色に染まっている。


 青い空。白い校舎。桜色の道。描きたい、描かなければという衝動に駆られる。


「サクラ、描きたいのはよーくわかるけどさ、まずはクラス見よーよ」


 私の心を見透かしたかのようにリナがポン、と背中を叩く。


「……よくわかったね」


「だてに3年サクラのこと見てませんって」


 ニッと白い歯を見せてリナが笑う。


「さっ、早く行こ」


 キュッと私の手首を掴むとリナは駈け出した。



「えーっと。永井理那は……」


「……2組、だね。同じクラス」


「サクラ見つけるの早っ!やったー。同じクラスでよかったー」


「……うん」


 私としても、ありがたい。社交的で誰にでも気軽に話しかけることのできるリナと違って、私は人見知りがひどい。人と話すときはいつも緊張してしまう。


「……川村君も、一緒だね」


「そーなんだよ!これも日頃の行いがいいからだね」


「……そだね」


「あぁ、もぅ、かわいいなぁサクラは!」


 なぜか頭をわしわしとなでられた。私はリナより微妙に背が低いので、割と頻繁に頭をなでられるのだけれど。


「……私、何かした?」


「サクラ、ホンット自分の可愛さに疎いよね。存在が可愛いんだよー」


「……入学式始まっちゃうよ。早く教室行こ」


 少し恥ずかしかったのでリナから顔をそらして歩みを早める。


「照れてる、照れてる。よーし、花の高校生活、目いっぱい楽しむぞー!」






 この時の私は、まだ恋を知らない。





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