第20話 来客

 それから数日たったころ、僕はひとり『仲裁奉行所』にいた。

 そこを訪ねてきたのは一羽のすずめさんだった。

 一礼して目の前にトコトコ歩いてきたのだけれどゴニョゴニョとなにをいっているのかわからない。

 一生懸命にくちばしを動かしているのはわかるのだけれど、いまひとつ要領を得ないのだ。

 そもそも体が小柄すぎて、だいぶ目線を下げないと話しづらい。


 「雀さん。まずはこの切株の上にどうぞ」


 僕がそう促すと雀さんは両羽をバタっと羽ばたかせて、切株の上にピョンと飛び乗ってきた。

 これで面と向かって話ができる。


 「もっと、ゆっくりでいいのですので落ち着いて話してください。いいですか?」


 と、僕は返したのだけれど、雀さんはやはりなにをいっているのわからない。

 僕が雀さんの声を聞きとれなかったわけじゃないのか……どうしよう……。


 「えっと、ちょっと待ってくださいね」


 察するに雀さんの話しが支離滅裂だというわけではなく、特異な話かただからだろう。

 僕は小屋の周囲を見回した。

 なにかいい方法はないだろうか?

 雀さんは、またなにやらゴニョゴニョといってるけれどまったく聞き取れなかった。


 すると雀さんは嘴を上下に大きく開いて片方で翼で器用に口の中を指した。

 羽の先がちょんちょんと二回動く。 

 えっと、ああ、そういうことだったのか。

 雀さんの舌先がグルグルと包帯で巻かれている。


 舌を怪我していたのか、だからきちとんと話せなかったんだ。

 話そうとしても口の中をかばってしまうために上手く発音できないんだ。

 それにしても、こんな何重にも包帯が巻かれているなんてなかなかな大きな怪我をしたようだ。

 なにかが刺さった傷? それともなにかで切った傷? あるいは火傷……とかだろうか?


 でも、これで雀さんが上手く話せない理由がはっきりした。

 ただ、その原因がわかったところで、現状、意思疎通が図れるわけじゃない。

 う~ん。

 そうだな、こんなときは原始的に筆談で会話をするしかない。


 「雀さん。いまから僕が紙と筆を用意しますのでそれで会話をしましょう? 了承してもらえるのであれば、一度うなずいてください」


 雀さんは言葉を発っすることなく――うん・・。とうなずいてくれた。

 じゃあ筆談で話を訊くことに決まりだ。

 僕は竹細工が飾ってある棚の下にある道具箱から墨汁と墨とすずり、そして筆を持ってきた。


 ――ゴトン。

 

 道具一式を切り株机の上に置き、紙を広げてしわを伸ばす。

 さらに横の置いた硯で墨をって筆を墨汁に浸した。

 これで雀さんと会話ができる。


 「まずは、雀さんのお名前を教えてください?」


 そう問いかけたあとに、僕は筆先を自分に向けて雀さんに手渡そうとした……し、しまった誤算だった。

 雀さんの体に対して筆が大きすぎる。

 もう二回りほど小さな筆に変えないと、いや、二回りできかないなもっと小さな筆にしないと、でもここにはそれほど小さな筆はない。


 と思っていると、雀さんは両羽を僕の目の前にさしだした。

 どういうことだろう?

 なにか気に障ったことがあったのかもしれない?

 失礼なことをしてしまった……かな?

 

 雀さんは自分の嘴の三分の一ほどを墨汁につんつんと浸してから紙の上に移動していった。

 お、驚いた!?

 嘴だけでしっかりと文字を書いている。

 器用なものだ。

 

 『これで書きます』

 

 紙にはそう書いてあった。

 そうか、怒ったわけじゃなくて嘴のほうが書きやすということだったのか。

 雀さんは、小刻みに頭を振りながら嘴の先端で達筆に文字を書いていく。

 これはこれで名案だ。


 『チュン太』 


 「えっと、名前はチュン太。チュン太さんですね? 今日はどうなさったんですか?」


 チュン太さんがつぶらな瞳をクリクリさせながら、ふたたび紙の上に嘴を走らせた。

 ふだんから、こうして誰かと会話をしているのだろうか?と思うほど筆代わりの嘴がすらすらと文字を書いていく。


 『宝物ない』


 チュン太さんは、さらにコツを掴んだのか最初のときよりも早く文字が書けるようになった。

 それにきちんと要領を伝える文字を選んでいる。


 嘴では【宝物がなくなったから探してほしい】という長文は面倒だろう。

 削れる文字は削って余計な手間を削減しているようだ。


 「宝物ですか?」


 しかし宝物とは? 窃盗事件になるかもしれないかな?


 『はい』


 「盗まれたということですか?」


 『落とした』


 「なるほど。……最初にお訊きすればよかったのですがその舌はどうなさったんですか?」


 『噛んだ』


 そうだったのか。

 僕も不注意で口の中を噛んでしまうことはある。

 数日前、僕も村長さんにいただいたリンゴを食べているときに誤って頬の内側を噛んでしまったっけ。

 ……それでも舌を包帯でグルグル巻きにするほどの怪我、ずいぶんと強く噛んでしまったみたいだ。


 「そうですか。さぞかし不便ですよね?」


 『はい』


 まあ、当然のことだ。


 「それで宝物とは?」


 『はさみ』


 「はさみですか?」


 『はい』


 「それが大事な宝物だと?」


 『そうです』


 「なるほど」


 僕ら防人は民のせ物を探すのも大事な仕事だ。

 思い入れのある物を探すこともあるし、迷い人などを探すのもその範疇だ。

 雪国で地蔵になってしまった子はまさに失踪人しっそうにんの捜査ということになる。


 『探してもらえますか?』


 「もちろんです」


 『よかったー』


 「どこで失くしたのか心当たりはありますか?」


 『たけやぶ』


 「竹藪ですか?」


 た、竹藪ってそれは裏山の竹藪だろうか?

 僕は、猪さんの殺害事件以来あの場所にはいっていないのだけれど。

 どうしてそんな場所ではさみを失くしたのだろう?

 

 まさかはさみって、あの竹を切るほどの大型のはさみ? とはいえチュン太さんの体格ではそんな大きなはさみは扱えないだろう。

 なんせ、チュン太さんは僕の視線の先でひっそりと倒れている、僕にとってはふつうでチュン太さんにとっては大きすぎる筆を持つことができないのだから。


 『はい』


 「それは裏山の竹藪ですか?」


 『いいえ』


 違うのか……。

 竹藪といっても国内には多くの竹藪があるからな。


 「ではどこのでしょうか?」


 『町の入り口』

 

 「町の入口ですか。ちなみにはさみの大きさは?」


 ああ、たしかにあそこにも竹藪があったな。

 鴎いわく、いま流れ者の奇術師が見世物を披露しているという場所の近くだ。

 ただ、あの場所は裏山の竹藪と比べてもそれほど大きくはない。

 竹藪と呼ぶのも申し訳ないほどの面積。

 あそこだって例にもれずに、出稼ぎの翁たちによってほとんどの竹が刈り取られている。


 竹の本数もすくないし刈り取りによって地面は露出してるだろうから探し物なら比較的探しやすい。

 それにチュン太さんがどれくらい竹藪の奥までいったのかを訊くことで捜索範囲を絞れそうだ。


 『僕の羽根くらいの大きさ』


 それなら小さいさなみということになる……ただ問題がないわけではない。

 チュン太さんが扱うほどのはさみなら、一般のはさみよりはずいぶんと小さい。

 土や雑草なんかにまぎれてしまっていたらわかりづらいな。


 「わかりました。落とした感覚はあったのですか?」


 『はい』


 「なるほど、ではその町の入り口の竹藪を重点的に探してみますね?」


 『お願いします』


 「色や形も教えてもらえるとありがたいです」


 チュン太さんは、嫌な顔ひとつせずはさみについての情報も書いてくれた。

 はさみは金色だそうだ。

 形はいたってふつうのはさみ。

 はさみを見つけたときにすぐにチュン太さんに届けられるようにチュン太さんの家の場所も訊いておこう。


 チュン太さんから、すべの情報を訊き終えたころチュン太さんは嘴はおろか顔中を墨だらけにしていた。

 鼻の奥まで墨で汚れてそうだ。

 墨のついたところはしばらく黒いままで、洗い落とすのになかなか苦労するだろうな。

 


 いま、僕の目の前にはチュン太さんの書いたメモがある。

 チュン太さんが帰ったいまどこにはさみ落としたのか想像を走らせてみる。

 そうこうしていると鴎が戻ってきた。

 失せ物探しの依頼が入ったと鴎にも伝える。

 これで鴎との情報共有は完璧だ。


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