3章【当たりなきからくり箱】

第19話 お土産

 僕が出張から帰ってきてもう三日経った。

 村長さんにもらったお土産を見るたびにあの子が本当に成仏できたのか気になってしまう。

 いまごろ家族三人仲良くしているといいのだけれど……。


 小屋の隅にぽつりと置かれた葛籠つづらの箱がなんとも淋し気だ。

 お土産も、もう、残り二個。

 

 お、おっと、僕の調書を読む手が止まってしまっていた。

 ……とはいえ、あの雪国の寒さは、もうコリゴリだ。

 思いだすだけで身震いしてしまう。

 

 捜索の最中は気を張っていたからなんとかなったけれど、事件を解決したあとは凍えながら道中を歩いたっけ。

 心頭滅却しんとうめっきゃくすればなんとやらだ。



 鴎が人型のまま小屋の正面から入ってきた。

 今日の見回りが終わったようだ。

 様子から察してとくに事件はなかったみたいだな。

 上空から――青鬼さん。と声をかけられたわけでもない。

 なにごともなくてひと安心。


 「今日は町の入り口あたりで流れ者の奇術師が見世物を披露していました」


 「へーそうですか。民の集まり具合は?」


 「ええ、大変盛況でしたね。みなさん楽しんでいたようです」


 「にぎわいは町を活気づけますからね。良いことです」


 殺伐さつばつとしたご時世では娯楽ごらくというものが重宝ちょうほうされている。

 そんな生活にたまに息抜きも、気晴らしも必要だ。


 乱世の世、当然哀しいできごとのほうが多くなるのは自明。

 とくに僕ら防人はそんな被害者と関わることが多い。

 ほかに民たちの楽しみといえば美味しいものをいただくこと。

『甘露屋』が流行っているもつまりはそういうことだ。

 生きる上で必要不可欠な行為に”美味しさ”を求めるのは娯楽以外のなにものでもない。


 御伽の国では気持ちが滅入めいるようなことが頻発ひんぱつしている。

 もっとも、それを取り締まるのが防人なのだけれど。

 ほかに娯楽といえば紙芝居。

 子どもたちをはじめ大衆には勧善懲悪かんぜんちょうあくな話が好まれる。

 架空の世界だからこそ盛大に悪をくじく物語が民の心を鷲掴みにするのだろう。


 現実世界ではそう簡単に善悪の二者択一では括れないのだから。

 民たちの嗜好しこうは僕にも理解できる。

 御上や防人がもっとしっかりしていれば、と反省もする。


 そうだ、もうひとつ民のあいだで好まれている話があった。

 それはこの世界を成り上がり出世していく痛快な物語。

 不自由から開放されるところに自分を重ねてしまうのだろう。


 中には紙芝居だけを生業なりわいにしている人もいる。

 そんな人たちの描く絵は本当に上手い。

 僕なんて人相書きを「じゃがいも」だ「とうもろこし」だといわれてしまう始末。

 筆を握る人によって、どうしてあんなにできが違うのだろうか?

 

 僕にはまったくわからない。

 紙の上に筆で線を引いていく、ただ、それだけなのに……。

 鴎には”ド下手”とまでいわれてしまった。

 ちなみに鴎は絵がとても上手だ。

 猪さんのときも鴎に人相書きをお願いすれば良かった、と後悔してももう遅いのだけれど。


 もっとも鴎には特殊能力があるからそれで絵が上手いというのもあるかもしれない。

 ふ~、これはきっと負け惜しみだな。

 絵が上手いのは鴎の生まれ持った才能なんだろう。

 防人としてその能力は大変役に立つ。


 娯楽興行は民が個人間でおこなうものから御上の認可を必要とする大掛かりなものまで様々ある。

 ただ圧倒的に個人での興行が多い。

 個人といっても数人のまとまりも個人と呼ぶ。

 数人が集まる一座であればそれほど大掛かりな舞台装置を必要としないからだ。


 ただ、全国にはその名をとどろかせる興行グループもいる。

 どんな世界でものし上がってくる人たちはいるものだ。

 ただ防人ぼくらが注意しなければならないこともある。

 それはその興行団体の背後に犯罪組織が関与していることもあるからだ。


 「そうですね。その見世物を見ているときはみんな一致団結して夢中になれますから」


 鴎はどうやら今日見たという見世物を思いだしているようだ。


 「注目を集めるのは当たり前ですね。ちなみにどんな見世物だったんですか?」


 「ええ、ああ、えっと。私もこれまで見たことない種類の出し物でしたね」


 「と、いうと?」


 「直方体の大きな葛籠つづらの箱と小さな葛籠つづらの箱がふたつあって、そのどちらにお宝が入ってるのかを当てるとそのままお宝がもらえるというふうな趣向でした」


 「へー。それはずいぶんと大盤振る舞いですね?」


 「そうなんですよ。あのお宝が丸々もらえるなんてたいしたものです」


 「参加した民は千載一遇の好機ですね。どなたか宝を手にした民はいましたか?」


 「いいえ。私が見ているときはみなさん見事に大ハズレでした」


 「そう、容易たやすくはいかないということですね?」


 「そうですね」


 自然と会話も終わり、僕は途中で止まっていた調書をながめる。

 そこから二ページめくったところで僕は鴎にあることを訊く。


 「あっ、残りのリンゴ食べますか?」


 「えっ、あっ、食べます。ちょうど喉がカラカラだったんですよ。あのリンゴって『甘露屋』に負けず劣らずの味ですよね?」


 僕は小屋の隅の葛籠の箱を開いてから鴎の前に差しだした。


 「僕もそう思います。ただ村長さんがいうには雪の下に寝かせておくことでリンゴ本来の瑞々みずみずしさと甘みを保てるらしいです」


 僕はふたつある内のひとつのリンゴを手にとって実をぐるりとながめた。

 きずもなく本当に新鮮な果実だ。 


 「そういう工夫があってのあの味なんですね? いまじゃそのリンゴが特産物になってるんですから世の中わからないですね」


 「そうですね。村長さんたちが試行錯誤していかに村全体で収益をあげられるかを追求した結果でしょう」


 「むかしは、蓑だ笠だを町まで売りにいって命を落とす人が多くいたんでしたね?」


 「そうです。あの子も間接的にはその犠牲者だったわけですし。いまでは特産物のリンゴのおかげで冬季に町までいくことも激減したそうです」


 「リンゴは寒い気候にぴったりですし」


 「鴎のいうとおり。リンゴの残りもあと一個」


 僕は鴎の手にリンゴをポンと手渡した。

 葛籠の中には最後の一個が残っている。


 「じゃあ、その一個は青鬼さんの取り分です」


 「いいんですか?」


 「はい。だって青鬼さんが事件を解決したお礼なんですから」


 「そうですか。では、お言葉に甘えて」


 僕は残った一個のリンゴを手にとってガリっとかじった。

 い、痛っ!?

 口の中を噛んでしまった。

 もっと、ゆっくり食べないと。

 それでもシャキシャキしていて美味しい。

 これはたしかに娯楽だ。


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