第44話 桃太郎

 鉢巻はちまきをすこし斜めに結んで腕組みをしている彼の腕はずいぶんと太い。

 剣士にはそれだけ筋肉が必要ということだろう。

 だぼついたはかまと金銀の模様が際立つきらびやかな陣羽織。

 その着衣を着崩してまとっている。

 両方の胸元には何かの紋章が縫いつけられていた。


 キビ団子をクチャクチャと噛む音も気になる。

 わざとらしく音を立てているようだ。

 聴取の様子を一通りながめたかと思えば、口を尖らせすぐにあごをしゃくる。

 最近の若者の振る舞いはこうなのか?


 噂とはぜんぜん違うようだ。

 まあ噂とは尾ひれと背びれがつくのが常。

 だけれど僕はすこし呆れてしまった。

 でも見かけだけで判断するのは間違い……じっくりと話をしてみないと。

 先入観は僕らの仕事の大敵だ。


 僕は崖側に向かって歩く、砂がズサズサと音を鳴らす。

 草履の跡がくっきり残っていた。

 白浜は僕の進行方向が桃太郎さんへとつづいていることを示している。


 「彼らのぬしである桃太郎さんに質問です?」


 「なんすか?」


 僕のとうとつな尋問に桃太郎さんはビクっと肩をすくめた。

 意外と小心者……一瞬、目が泳いだけれどすぐにバツの悪そうな表情をみせた。

 桃太郎さんは端正な顔立ちに小柄な体躯たいくだと聞いていた。

 ところがどうだ夜遊びが日課だとでもいうように肌荒れが酷い。

 雑草が伸び放題で小石が転がっている荒地のようだ。

 

 体格も大柄で顔はむくんでいる。

 深酒ふかざけでもしたのだろうか?

 刀の腕は超一流、一太刀で数人を斬り倒すと噂の美剣士、そういえば桃太郎さんは刀を持っていない……。


 「あなたがジーキーさん、エイプさん、ポチさんの三匹を従えて島に上陸したところ赤鬼さんはすでに死んでいた。ということでよろしいですね?」


 「そっすよ。つーか、これってほかの誰かによる殺人事件ってことっすよね?」


 僕はその返事にどことなく違和感を覚えた。


 「そうなります……か……ね……」


 「そっすよね?」


 桃太郎さんは安堵したようで頬を綻ばせるとまたキビ団子をクチャクチャと噛みはじめた。

 口元が規則的に動いている。

 印象的な犬歯、見え隠れする白い歯がキビ団子をグチャっと噛み潰した。


 「桃太郎さん。すみません、あの、すこし話を戻させていただきますけれど。三匹を従えて鬼ヶ島に上陸したという表現はおかしいと思うのですが」


 「どこがですか?」


 「船頭が舟に乗せたのは桃太郎さんと、ポチさんのふたりだといっていました。そうなるとジーキーさんとエイプさんはどうやって鬼ヶ島にきたのですか?」


 「ああ、それはジーキーの背中にエイプが乗って飛んできたんだよ」


 「なるほど。現地集合というわけですね?」


 「そっす」


 ふむ。それなら話は繋がるか。

 ただ、どうしてみんなバラバラだったのかそれがひっかかる。


 今回、桃太郎さんたちの鬼ヶ島への上陸目的は赤鬼討伐が理由だと最初にポチさんはいっていた。

 人に危害を与える赤鬼さんを桃太郎さんと家来の三匹が退治しにきたのだと。

 ただし上陸すると、すでに赤鬼さんは死んでいた。

 しかも撲殺だ。

 もしも桃太郎さんを筆頭にした連帯感ある仲間ならば、いったん本土に全員集結してから鬼ヶ島に向かうのではないだろうか?


 そこはシビアにただの主従関係……ということか。

 いちおう桃太郎さんに仇討退治の諸条件や帯刀者の心構えなどを訊いておかなければ。

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