第41話 ふらふら歩く犬

 「あまり勝手にふらふらしないでくださいね。……それであなたたちが上陸したときにはすでに死んでいたと?」


 「はい、そうです」


 全身が白い毛で覆われている犬さんは眉間にシワを寄せてそう答えた。


 「わかりました。ありがとうございます」


 舌先をだらりと垂らし――いえいえ。と前足を振りながらハァハァとうなずいた。


 「あっ、あの犬さん鼻のさきがすこし汚れていますよ?」


 白くきれいな毛並みなので黒い鼻のさきがやけに目立っている。


 「えっ、あっ、すみません」


 犬さんは右の前足で黒く小さな鼻先をゴシゴシっと拭った。

 粘着物を拭き取ったような筋が頬まで伸びた。

 それは鼻のさきから頬の毛に向かって一筋の線として残っている。

 ピンと伸びたヒゲのさきにもなにかの小さな塊が付着していた。

 あの物体はなんなのか?

 犬さんと目が合う。


 「いえいえ。あの、これから本格的に話を聞かせてもらいたいと思います。ですがその前に現在の状況を僕なりに整理したいと思いますのですこしだけ時間を拝借させてください。そのあいだは休んでいてかまいません」


  「はい」


 「あっ、それと赤鬼さんの遺体の周囲から十メートルほど離れていれば砂浜のどこにいてもかまいません。くれぐれも浜辺からは出ないでください。と、みなさんにもお伝えください」


 「はい。わかりました」


 ここ鬼ヶ島は離島といえども僕と鴎が受け持つ治安保護区域。

 その管轄内での殺害事件が発生したわけだ。

 だから僕は僕よりもさきに鬼ヶ島に上陸していた桃太郎さん、犬さん、猿さん、雉さんに捜査協力を願いでた。

 桃太郎さんだけが唯一の人間、犬さん、猿さん、雉さんの三匹は半獣、亡くなった赤鬼さんは半妖の真反対である純血のあやかし


 四人は捜査協力を快く承諾してくれた。

 いまはその簡易的な事情聴取の最中だ。

 まあ、捜査協力者でもあるけれど彼らは容疑者でもあるのだ。


  僕はここに上陸してすぐに赤鬼さんの遺体と対面し調査をした。

 そのとき桃太郎さんと猿さんと雉さんは、ここからすこし離れた崖の右端にいた。

 犬さんだけはふらふらと歩いていた。

 ただ、鴎の声かけ、その言葉が聞こえなかったのか桃太郎さんは波打ち際から崖側に向かって歩いていたらしい。


 もっとも、そこに留まっているように指示したのはこの現場の第一発見者である鴎だ。


 ――私は防人です。赤鬼さんの遺体から離れて四人全員でまとまっていてください。

 すぐに仲間が捜査にきます――と。


  鴎は彼等に忠告を与えたあと僕のいる小屋まで急いで戻ってきた。

 ただ、犬さんだけは黙って座っていることができないようでいまも辺りをふらふらと歩いている。

 あまり歩き回られると鴎が書いたメモの足跡とズレてしまうのだけれど……。

 まあ突然足跡が増えるわけでもないので大目に見ようか。

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