第37話 鬼ヶ島への道 ~漂流物~

 鬼ヶ島は金銀財宝が埋まっていると噂される絶海の孤島。

 ここ本土の船乗り場から舟で約十五分の距離に位置している。

 ただ本土の先端部分から舟をだすと潮の流れと相まって約五分で辿り着く近道も存在する。

 それでも正しいルートを通らなければフカの縄張なわばりに入ってしまい餌になることもある。


 鬼ヶ島に向かうにはまず僕が舟を手配し順番を待ち出港する必要があった。

 けれど僕ら防人には優先的かつ独占的に舟を占有できる捜査特権がある。

 これは御上が僕らに与えた権限だ。

 僕はいまそれを行使している。


 船頭さんは頭から手ぬぐいをかぶり擦りきれた着物をまとっていた。

 舟の舳先へさきに片足をかけて手慣れた手つきでバタンバタンとかいを表裏へと返す。

 ときどき薄っぺらな裾が潮風にそよいでいる。

 着物の端を邪魔くさそうにさせながらも舟を前進さていく。


 海の上でもこんな薄着なんて寒そうだ。

 櫂が規則的にじゃぶじゃぶと飛沫をあげる。

 船頭さんは体を小刻みに揺らして絶妙なバランスで態勢を保っていた。

 僕がそんな舟に揺られながら海面をながめているとさざなみのリズムに同期している漂流物があった。


 波の沈むタイミングと漂流物の沈むタイミング、波が浮上するタイミングと漂流物の浮上するタイミングが見事に合致している。

 木の木端こっぱ、木の枝、土塊どかいに埋まった植物の根などが意志のある海洋生物のように悠然と海を泳いでいった。


 「今日はやけにゴミが多いですね?」


 「ほら、この前の土石流のゴミがいまだに……」


 船頭さんはしゃがれた声でいった。

 そのあとに一度だけ――ん? と呟き、咳払いをひとつした。

 潮風で喉が乾燥したのだろうか?


 僕との会話にすこしができた。

 手ぬぐいで口元を拭うとまた腕に力を込める。

 櫂で水をかく両腕に力こぶがポコっと現れた、そのまま話をつづける。


 「海を漂ってるんでしょうよ」


 「へ~こんなに多くのゴミが」


 「そりゃあ一朝一夕で海がきれいになんてならんでしょうよ」


 「なるほど、そうですね」


 「さっきだって櫂に硬いゴミが引っかかったんでさあ」


 船頭さんは海面を一瞥いちべつして、また視線を鬼ヶ島の方向へと戻した。

 首の向いた方向に薄っすらと孤島の影が見えてきた、あれ? いままでこんなに早く着いたことがあっただろうか? 

 今日は潮の流れが速いのか?


 「そのゴミとは。さっき会話が途切れたときのですね?」

 

 そう、さっき船頭さんの腕の力こぶが出っ張ったのは櫂がゴミを押し出したからだ。

 僕がそれに気づいたのはすこしあとになってからだけれど。


 「んだよ。青鬼さん見てみな~」


 船頭さんがあごをしゃくった。

 その方向を見てみるとゴミの塊が大きな楕円になって留まっていた。

 刀の柄のようなものまでがそのゴミの中に混ざっている。

 人間が捨てた物もあの中にはあるのかもしれない。


 なんせ【浮き】までもがまぎれていた。

 あれが本当のゴミなのか?本来のあるべき場所から流れてきた物なのかはわからない。

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