第15話 雪原をいく、「おじいさん」と「おばあさん」を見る、「おっとう」と「子ども」。
この
吹雪によっていまにも吹き飛ばされそうな家屋の中には
もっとも厳冬期のいまは、鼠、一匹存在しない。
そんな家におっとうと子どもがふたりが住んでいた。
六歳ほどになる子どもは壁の
「おっとう、あれはなんじゃ?」
子どもは興味津々で雪原を指した。
「……ん?」
暖炉のかたわらで藁の蓑を編んでいたおっとうはいったん作業を中断して子どものもとへと歩み寄った。
囲炉裏の真上にかけられた鍋はいまにも煮え立ちそうでネギと団子が鍋の中で上下に揺れている。
おっとうは板と板の境目に目元をぴったりとくっつけて目を凝らした。
腹の辺でなにかがもぞもぞと動くのを感じてちらりと目をやると子どもがおっとうの腹元に潜り込んきてちょこちょこと動いている。
雪原をながめるふたりの様子はまるで母親の袋から顔をだしたカンガルーのようだ。
「あ~あれはな~
おっとうは――それはこの村に伝わる伝承だ。とつけ加えてたんたんといった。
「じゃあ極楽へいけるんか?」
「そうとも」
「おっかあもいるんか?」
「そうだよ。そのうちおっとうもいくし。おまえもじいさんになったらいくだろうな」
「そっか。でもおっとう。あのお地蔵さんはジジとババだぞ?」
逆にその純粋無垢な疑問はこの子が
「そりゃあそうさ。おっとうとのおっとうが産れる前からずーっと廻ってらっしゃるんだから」
「ジジババ夫婦の地蔵様が?」
「そうだよ。あのお地蔵様はありがたい
「だからジジババになったのか?」
「違うよ。もとからおじいさんとおばあさんだよ」
おっとうは目をつむり無意識に手と手を合わせて拝んでいた。
口からは不意に念仏がもれる。
それは亡き妻に向けられたものであることを子どももなんとなく理解した。
子どもはおっとうの様子をうかがい首を傾げてから、薪を担いだまま凍っている村人を注意深くながめた。
そして家の中を見てから雪原を見るという行為をなんども繰り返す。
笠地蔵に蓑と笠を纏わせてもらった村人は安らかに眠っているようだった。
それはどこか天へ還る支度をしているとも思った。
おっかあがいると教えられてきた極楽浄土の存在を身近に感じる。
いっそう吹雪が強まりおじいさん地蔵とおばあさん地蔵の足跡は薄れていく。
ビュービューと吹きすさぶ風の音が耳に響くたびに身が縮まる思いがした。
雪原に残っていたふたつの
おじいさん地蔵とおばあさん地蔵はまたどこかで命を落とした者に笠と蓑を被せていることだろう。
おっとおうは雪よりも深い慈悲の念仏を唱え終えてから手を降ろし、つむっていた目をゆっくりと開く。
自分の腹元でちょこんと座っている子どもにこの村のむかしの話を聞かせる。
”とある雪深い地域にひどく貧しい老夫婦が住んでいた。年の瀬が迫ってきても新年を迎える餅すら買えない状況だった。そこでおじいさんが、お手製の笠と蓑を作って町にでかけたものの笠も蓑もさっぱり売れなかった。
雲ゆきが怪しくなってきたために、お爺さんは笠と蓑を売ることをあきらめて家に帰ることにした。
案の定、雪に降られ帰り道で七体のお地蔵様を見かけた。
お爺さんは売れ残った笠と蓑をお地蔵様に差し上げることにした。
しかし売れ残りの笠と蓑では一組足りなかったために自らが使っているものを差し上げた。
お爺さんは家に帰る途中に凍えて亡くなってしまった。
おじいさんを迎えにでたおばあさんも途中でゆき倒れてしまった。
笠と蓑を被せてもらった地蔵様たちはたいそう悲しんで、この老夫婦を極楽に迎えることを決めた、けれど、おじいさんとおばあさんは――仏様に遣えたい。といって自分たちも地蔵様になることを望んだ。
以来、その老夫婦はお地蔵様となって吹雪の中でゆき倒れた者に笠と蓑を被せては極楽に導く仏の化身として廻っているという”
「さっきのジジババがその話のお地蔵様か?」
「そうだよ。ずっとむかしからゆき倒れた者を極楽に導いてくださってるんだ。さあ、鍋も煮えてきたし
ぐつぐつと音を立てはじめた鍋から香ばしい匂いが漂ってきている。
暖かな湯気が一瞬、鍋の上で広がって散った。
「うん。おっとうのネギ団子汁はおいしいからな」
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