第4話 帯刀者特権 【切捨御免(きりすてごめん)】

 鴎が一報を持って帰ってきたのはそんなときだった。

 鴎は羽があるために見回りと情報収集が主な仕事だ。

 だから鴎は率先して外に出向く。

 それに定期的に見回りをするので、当然鴎の存在は民たちには知れ渡っている。

 防人でありながら看板娘というなんとも不思議な立場だけれど、それも犯罪抑止に一役買っているのだろうと思う。

 

 空から――青鬼さん。と届いた声のトーンがいつもと違う。

 なにかがあったのだとすぐにわかった。

 僕だけが感じとれる鴎のくような声。

 鴎はときどきそのニュアンスで話しかけてくることがある……それが僕らの仕事のはじまりの合図。

 ……鴎の声が甲高く、僕の名前を呼んだならそれは必然的に事件の知らせということだ。


 「青鬼さん。裏山で事件です」


 「なにがあったの?」


 「町外れの山に住む猪さんが殺されていました」

 

 「えっ!? 猪さん、が?」


 僕と猪さんは面識があるていどの間柄だけれど殺されたとなるとタダごとではない。

 しかも町外れの山に住む猪さんなら獣ではなく半獣だ。

 半獣は人の言葉を話す獣。

 半獣が被害者の場合は事件となる。

 言葉を話せない獣の場合は事件化されない……。

 言葉を話せない獣と言葉を話せる半獣で、捜査をするしないという差別がときに世間をにぎわせ混乱させる。


 それもそうだと思う。

 同じ命を持った生命体なのだからけれど獣は会話ができないのだ。

 そこが決定的な差だった。

 だから同じ猪さんでも獣の猪さんと言葉を話せる半獣の猪さんの二種類が混在していることになる。


 今回の場合は半獣であり言葉を話す猪さんが殺されたのだから、僕ら防人が捜査しなければならない。

 御上の取り決めで言葉を話す半獣の殺害や傷害事件は事件として扱うように通達されているのだ。

 けものの殺しは捜査しない……というのはやりきれなさが残るけれど、ここはぐっと心でこらえる。

 やはり会話が成立しないとなにもできないから……ただ無力さだけが残る。

 この胸の痛みは何度も味わってきたな。

 いまは、まず目の前の事件だけに集中しないと。


 「はい」


 鴎がそう、うなずくと鳥の姿から人の姿へと形を変えた。

 鳥の姿のときには羽だった部分はいま色白の腕になっていた。

 鴎は疲れた様子で両腕を揉みほぐしている。

 そうとうな距離を飛行してきたのだろう。

 鴎が右の二の腕を揉むときは当然包帯の上からマッサージをする。

 力強く解しても包帯に一糸の乱れがないのはそれほどきつく結わえているということだろう。

 

 簡単に解けて結び直していたら仕事に差し障るからそんなところにも鴎の律儀さを感じる。

 そして鴎の強靭きょうじんなまでの服装へのこだわりも、だ。


 「おそらく刺殺だと思います。仰臥ぎょうがした状態で腹部に鋭いものが貫通した跡がありました」


 もう、おおよその死因を特定している、さすが僕の相棒。


 「町外れの山に住む猪さんは人語を話す半獣。当然、事件扱いだね?」


 「そうです」


 人の言葉を話す半獣の殺しはすべて殺害事件の扱いで、獣の場合は捜査対象にはならない。

 いまは混迷の世の中で取り締まる側も人手が足りないという側面もある。

 秩序を保つためにはどこかで線を引かなければならないということだ。

 そこで御上が頼ったのは優秀な民の帯刀者たいとうしゃだった。

 帯刀を許可された者はその個人の一存で他者を斬ることが認められていた、それが帯刀者特権。 

 ぞくに言う切捨きりすて御免ごめんだ。 


 まあ、当然そこにもいくつかのルールはある。

 帯刀者に退治される相手は民やほかの種族に危害を加えるような極悪人であること。

 ”極悪人”の判定を下すのは帯刀者しだい。

 さらにたとえ極悪人でも退治する相手を拷問して苦しませてはならない一刀で絶命させること。

 よって急所を外さない刀の名手にかぎられる。


 そもそも御上が帯刀を許可している時点で腕はたしかなうえに心も成熟している手練てだれということなのだ。

 最初から物事の分別ふんべつがあり中立的な俯瞰ふかんの目を持つ人格者だけが帯刀を許される。

 帯刀者は世の安寧構築の一端を担っている。

 ただ完璧なルールが統一されていないところがことの難しさを物語っているのだけれど。

 

 すぐに支度を整えて現場の裏山にいこう。

 今回の刺殺された被害者の猪さんは帯刀者に殺されるような人物ではない。

 誰かの身勝手が引き起こした殺傷事件だ。


 「それと」


 僕がバタバタと準備をはじめていると鴎がそういった。


 「なに?」


 「その事件を知らせてくれたのは」


 鴎が急に口籠った。

 どことなく言いにくそうにしている。

 鴎はなにを躊躇ためらっているんだ? 僕の支度準備の手も止まっていた。


 「鴎」


 僕はそう名前を呼んだ。

 これで僕の意図は通じる。

 鴎はすぐに行間ぎょうかんを読むはず。

 それだけのあいだ一緒に仕事をしてきた仲だ。


 「はい」


 鴎がこくりとうなずく。

 そう、僕がいいたかったのは――捜査のことならなんでも話してほしい。ということだ。


 「それが亀さんをいじめていたあの子どもたちなんです」


 「えっ!? あの三人ってあの三人?」


 「そうです。あの子たちが竹藪の前で猪さんが倒れていると知らせてくれたんです」


 「……そっか」

  

 まさかあの子たちが……鴎に事件を告げたその行動は成長や改心のたぐいのものだろうか?

 あるいはまったく他意のない異変を防人に知らせただけ……という可能性も否定できない。

 ある種殺傷事件イコール防人に知らせるという当たり前の心理が働いただけなのかもしれない。


 「鴎はそのときどこにいたの?」


 「空をパトロールしているところを彼等に呼び止められました」


 「ってことは彼等の意志で鴎を呼び止めたうえで事件を知らせたわけだ」


 「そうだと思います。私が空を飛んでるあいだも指で”あそこ”という意味のジェスチャーをしていましたので意図的だったのは間違いないと思います。そのときは源太くんをはじめ四人が四人とも指さしてました」


 「……ん。四人?」


 「すみません。つぎにいおうと思ったのですがもうひとり子どもが、つまり四人目の子どももいたんです」


 「いったい誰が?」


 「『甘露屋』のひとり息子の忠之助くんです」

 

 「……あの忠之助くんが?」


 「はい。ただどうしてあの三人と一緒にいたのかはわかりませんけれど。彼らはおおげさに身振り手振りしていました。それだけ緊急事態だったということなんじゃないでしょうか?」


 あのあまり感情をあまり表にださない忠之助くんが……。

 僕は戸棚の中で重なっている資料の中から【亀さん集団暴行事件】の調書を探そうと思った。

 えーと、あの資料はこの辺りだったはず。

 どこだ、ああ、あった、あった。


 僕はいつも机として使っている樹齢千年の切株の上に調書を置き、座りやすいようにと繰り抜かれた、大きな切株の腰かけに座ってさっそくページをめくった。

 公式な事件にはなっていないけれど、その【亀さん集団暴行事件】の調書をとったのは何を隠そうこの僕だ。

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