第2話 容疑者は子どもたち

 僕は僕の斜めうしろで一列に並んでいる子ども四人に向き直した。

 ただこの子どもたちのうち三人は例の事件の容疑者だ。

 いや完全・・な犯人だ。

 多数の目撃者も証言者もいるかのだからそれは揺るぎようのない事実。


 左から源太げんたくん、喜作きさくくん、茂吉もきちくん。

 彼等はこの裏山から下った先、一里の砂浜で亀さんを木の棒でぼこぼこと殴りつけていた。


 ただ、いまここには、その浜辺にいなかったもうひとりの子どもがいる。

 亀さんいじめとは無関係な子どもの名前は忠之助ただのすけくん。

 

 僕が裏山にきて簡易聴取をしたところ忠之助くんは偶然ここ居合わせただけということだった……。

 もっともそれは鴎の伝聞でんぶんでだが、鴎の話は防人が見たことゆえに僕が信じるに値する言葉だ。


 忠之助くんはあまり自分の意思表示をしない相当な引っ込み思案な子だ。

 子どもたちのなかでもいちばん優しく大人しいのは周知の事実。


 源太くんはまとめ役の子でみんなを引き連れている。

 喜作くんは源太くんに従う二番手といったところだ。

 茂吉くんは自分を持たず、なんとなくみんなと一緒にいるという性格の子。

 それでも三人、一緒になると案外バランスがとれているかもしれない。

 趣味嗜好、性格が真逆でもなぜか馬が合うという友人なら僕にもいる。 


 忠之助くんは源太くんたちのグループとはあまり接点がないはず……こんな先入観はよくない。

 けれど身形みなりとは不思議なもので忠之助くんの着物に使われているつやつやで光沢ある生地の仕立ては一見しただけで上物じょうものだとわかる。


 仕事上、僕は野外そとを駆けずりまわることが多い。

 僕はお世辞にも上質とはいえない服装で毎日を過ごしているから忠之助くんの着物の良さはことのほかよくわかる。


 忠之助くんのそれ・・はほとんどの民でさ気づくものだし、なによりも彼の素性すじょうがそれを決定づけさせた。

 忠之助くんは町の果物屋くだものや甘露屋かんろや』のひとり息子で裕福な家の子というのは多くの民が知る事実だ。

 民たちは悪い物でも良い物でも忠之助くんが身につけたり持っていたりすればそれは良い物という判定をくだす。

 御伽の国では半年ほど前から『甘露屋』の干し柿が町中で大流行おおはやりしていた。

 ちなみに僕もその干し柿が大好物で一週間のうち数回はいただく。


 柿の実は何日も日干しされていたとは思えないほどに橙色だいだいいろを保っている。

 噛んだ瞬間に湧きでるくだもの本来の甘味あまみは柿の瑞々しさをそのまま圧縮したようだった。

 ほどよい歯ごたえ、長時間経っても口の中に残る旨味。

 一度に数個いただいてもけっしてクドクない『甘露屋』の上質な干し柿。

 あの味ならば大流行して当たり前だ。

 

 干してもあの美味しさなら干す前の柿もさぞ美味しいのだろう。

 いったいどんな民があれを育てているのか気になるところだ。

 さらには手頃な価格設定というのも民を惹きつけるポイントだろう。

 そういう商売努力にまったく頭が上がらない。

 あきないとは無縁な防人には、どんな仕組みであの価格になるのかまったくわからない。


 忠之助くんはそういう家庭でそういう教育・・・・・・を受けていたためかひとりで過ごすことが多いという。

 そういう教育・・・・・・とは大きな果物屋の跡取りとして他所よその子どもとは仲良くしてはいけないという押しつけだ。


 つまりは帝王学という教育方針。

 これくらいの齢の子どもならば同じ歳の友達が欲しいだろうと僕は思う。

 将来果物屋を継ぐことを宿命づけられていて、孤独を生きるうちに楽しそうにはしゃぐ友だちの輪に近づいてしまった、そんなこともあるだろう。


 孤独とは想像以上に辛い。

 僕もかつて半妖だったことで肩身の狭い思いをしたことがある。

 それは鴎も同じだけれど。

 半妖や物の怪はどっちつかずの存在で同じ種族からも冷ややかな視線を向けられることがあった。

 忠之助くんの境遇も理解できる。

 

 「じゃあ。みんなにゆっくり話を訊かせてもらおうかな。いい?」


 いまから遡ること数ヶ月。

 この町からすこし離れた浜辺で亀さんを助けた青年が行方不明になった事件があった。

 その名を浦島太郎という若者でいまだどこにいるかわからずじまいだ。

 と同時にその亀さんも行方不明……。

 まあ、亀さんの行動範囲には、当然海を含むのだから、いや、どちらかというと海のほうがしゅたる生息領域だろう。

 そのまま海中へと帰ったとも憶測されていた。

 

 その日、亀さんが上陸したところを、突然子どもたちに囲まれて木の棒でボコボコと殴られた。

 だが、硬く分厚い甲羅はほぼすべての打撃を跳ね返した。

 無抵抗のまま子どもたちに何度も何度も殴られたが、その身体的特徴が功を奏しほぼ無傷だったという。

 亀さんにとっては子どもも浦島太郎さんも同じ人間だ。

 その場を子どもではない人間に助けられてたとしても、一目散いちもくさんに海に逃げてしまってもそれは正しい防御反応だろう。

 

 亀さんにもゆっくりと話を訊きたかったのだけれど、それはもう叶いそうにもない。

 亀さんと同じように失踪した浦島太郎さんは誰が見ても好青年と答えるような人物で近隣の民との関係もよく失踪した原因がまったくわからないという。

 この場合ならば亀さんを助けたヒーローとして賛辞を浴びてもいいはずなのに。


 浦島太郎さんは約半年前に親を残し出稼ぎでやってきたらしく年老いた母がいる……らしいとも噂されていた。

 または両親ふたりともが健在という説もある。

 世間的には”おじいさん”と”おばあさん”と呼ぶような歳なのかもしれない。

 これらの情報はたくさんの民からの聞かせてもらった賜物たまもので、僕らの捜査にはたいへん役立つ。

 

 時代が発展するなか、小さな村や町から我が町にやってくる人も多く民たちの交流はいちだんと激しくなっていくだろう。

 ということは必然的に人の出入りの数も増えるということだ。

 栄える場所には人が集まる……それは自明の理でそういう循環で世界は成り立っているからだ。


 「まずは源太くん」


 そう彼にはまとめ役の矜持きょうじがある。

 こんなときはいちばん最初に問いを投げかけ彼の立場を尊重するのが僕の捜査方法やりかた

 早ければ早いほど問いに対する答えの数が多くなる。

 僕の経験則がそういっている。


 「ん、なに?」


 まだ幼さの残る子どもの返答だった。

 意味なく小動物をいじめるのも子ども。

 そう子どもは小動物のいじめ自体を加虐だと理解していない。

 だからこそ源太くんを筆頭に亀さんをいじめていたともいえる……ゆえに猪さんを刺していない・・・・・・ともいえる。

 

 猪さんのあの刺し傷は、子どもではとうてい残せない。

 すくなくとも人間の子どもでは……それに猪さんを仰向あおむけけにさせることも不可能だろう。


 「源太くんたちが裏山についたときにはもう猪さんはもうあんなふうだったの?」


 僕は哀悼あいとうの意を込め、死者に敬意を払った上で人指し指を向けた。

 猪さんは無言のままでぴくりとも動かない。


 「そうだよ。だから鴎お姉ちゃんに教えたの」


 「そっか」


 「うん」


 「そのとき鴎はどこにいたのかな?」


 「空を飛んでた」


 鴎から聞いた状況説明と同じだ。

 鴎は自分が飛んでいるところを呼び止められた、といっていた。

 亀さんいじめ事件のことと対比させていろいろ訊きたいところだけど、いまは控えておこう。

 彼らが機嫌を損ねたら、この事件の進展が阻まれる可能性もある。

 まずはこの事件を組み立てよう。

 僕はそこですこし時間を遡ってみることにした。


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