御伽クライム

ネームレス

1章【浦島太郎失踪事件】

第1話 捜査開始

 僕はその遺体の傷口を確認した。

 鋭利なもので心臓を一突きにされている間違いなく刺殺だ……。

 けれど凶器はどこにも見当たらない。

 それよりも問題なのはここいる容疑者たちがわらし四人だということ。

 しかもいまだに疑惑が残るあの三人が含まれている。


 ただ彼等四人がこの犯行をおこなったのなら棒のようなもので殴っている確率が高い。

 なんせその前例がある……。

 僕がそう思うのも当然だろう。

 あの事件は僕が受け持ったのだから。

 その点鋭利な物で刺すという殺害方法にはすこし疑問も残る。


 子どもたちが扱いなれているのは木の棒……と考えるのも安易すぎるか……? 子どもであっても刃物を扱えないわけではない。

 ただ子どもの力でこんな致命傷を与えられるだろうか? それにこの仰向けの状態も気になるし顎についている汚れも気になる。

 

 う~ん、どうしようか? 僕は仰臥ぎょうがしているいのししさんの死因をとりあえず仮の状態で判断した。

 猪さんかれにだって家族があったのに……。

 どうしてこんなことになったのか時系列で調べ直す必要がありそうだ。

 

 僕はいったん立ち上がり膝についた土や草を払いのけて猪さんの遺体が横たわっていた奥の竹藪に目をやった。

 なんの障害もなくすくすくと育ったであろう竹は体をしならせ天に向かって伸びていた。

 この現場を見ていたであろう青竹あおだけはただここで茂っているだけ、か。

 裏山でどうしてこんな事件がおこったのか竹はなにも教えてくれない……。


 いまはいつか、ここは御伽おとぎの国。

 鳥や獣でも人間の言葉を話す種族が存在し、ときにあやかしもちまた闊歩かっぽするそんな特異な世界のはなしだ。


 「かもめ


 僕は僕の斜めうしろで周辺を警護しながら立っていた少女の名を呼んだ。

 鴎はトコトコと駆け寄ってきて僕の斜めうしろに立っている。


 「はい。青鬼さん」


 青鬼とは僕のこと。

 青鬼は赤鬼とは違い鬼属の中でも人間ひとの見た目をしている半妖だ。

 だから僕は外見上、人間とまったく同じでちょっとやそっとじゃ半妖だと気づかれることはない。


 いま返事をした鴎は僕の相棒で人のよわいでいうなら十五歳ほど。

 外見も人間の少女の姿をしている。

 彼女は物の怪もののけという種族の半妖だ。

 彼女もまた外見上は人だが、鳥、つまり鴎に変化へんげすることができる。

 物の怪は獣の姿が本体でふだんは人間の姿かたちをしていることが多い。


 半妖ではないけれど獣の半数は人の言葉を話す、その種族は半獣はんじゅうと呼ばれていた。

 まあ、この世界は多種多様な種族が多いということだ。

 鴎はふだんから着物姿なのだけれど、すこし変わったデザインのものを着ていて右の二の腕以降の肌をだしたままなのだ。

 鴎の露出した二の腕にはいつも包帯が巻かれている。

 それをながめながら仕事をするとやる気がでてくるのだという。

 鴎はその服装だけはかたくなに己を貫き通している。


 まあ、僕は仕事がはかどれば服装なんてどうでもいいと思っている……。

 けれど風紀がどうのこうのという民がいないわけではない。

 そこは民との上手な付き合いが求められる。

 鴎はおおむね民との仲も良好だし信頼関係もできあがっている。

 鴎の服装について苦情をいってくるのは万にひとりいるかどうかだ。

 

 僕と鴎、亜種族同士なんだかんだで良いコンビだと思っている。

 彼女かもめは物の怪の中でも秀才の部類で瞬間記憶能力を持っていた。

 見たままの風景を写真のように脳裏に焼き付けることができるのだ。

 つまり本物の鳥瞰図ちょうかんずを頭に留めることができる。

 まあ、その能力を使うのは鴎しだいなのだけれど。


 一度焼き付けた記憶はずっとそのままで新たな記憶を残したい場合は過去に焼き付けた記憶消してその上から記憶しなければならない。

 日常記憶とは別の場所に保存される……というのは本人談だ。

 僕らはここら一帯の治安を守るいわば警察みたいなもので、防人さきもりと呼ばれている。

 殺人事件から町の些細ささいないざこざまでを解決あるいは仲裁する役目を御上おかみから与えられている。


 御上とは御伽の国を太平の世に導くための政府機関のことで手っ取り早くいえばまつりごとをおこなう組織だ。

 いまは御上に申請書を提出し正当な理由だと認められれば仇討も叶えられる混沌の時代。

 それもこれも争いのない世に向けての一歩だと思っている。

 だから僕らが担う役割も大きい。


 「竹藪ここを見てなにか変わったことは?」


 僕はちょこちょこと駆け寄ってきた鴎にそううながしてから竹藪の左端から右へ指をぐーっと指した。

 青々しい竹が空に向かって一直線に伸びている。

 けれどどこか物足りなさが残るのは竹の本数がすくないからにほかならない。

 時代の発展によって自然が開拓されていくのはある種当然のことだと思う。

 最近は竹だけではなく山々の木々も柴刈りによって減少していると耳にする。

 

 新しい家を建てる、囲炉裏いろりの薪に使う。

 家具や調度品、炊事道具を作るなどさまざまな物に応用できるために竹を含む木々は民に重宝されていた。

 なかでも竹細工たけざいくは高級品として人気があり、竹細工を専門に作る人気作家まで存在するくらいだ。

 著名な作家だと本当に緻密ちみつな作品をこしらえるのだという。

 

 人の生活が豊かになるにつれて民は便利さと機能性を求める。

 これも御伽の国が発展している証拠だと思う。

 なんといっても僕らの捜査に要不可欠な調書用のメモ用紙だって木々から作られているのだ。

 僕も鴎も間接的にこの木々伐採に関与していることになる。

 そのことを心に留めメモ用紙は大事に扱わなければならない。 

 紙は事件の書類や調書などにも使用されるため防人には絶対に欠かせない捜査道具だ。


 竹藪は見渡すかぎり竹というわけではなく七、八本がひとつの塊になっていてすこし離れたところにまた七、八本が密集している。

 そこからわずかに離れたところにもまた七、八本の竹の集まりがあるという具合だ。

 その七、八本の竹のグループがこの竹藪には百近くはありそうだ。

 それでもただ竹のまとまりが点々としている歯抜けの竹藪はやしはどこか淋しい。

 僕は竹の集合体こその竹藪だと思っているから。


 竹の束と竹の束のあいだからはひとつ向こうの山肌が見えていた。

 ただ向こうに見える山もまた木々の減少が激しく表面がとろこどろこむしり取られたようで痛々しい。

 そんな山ばかりがいくつも連なっていて文字通りのはげ山だ。

 さらにその奥には海も見えている、もしかしたら僕がいま目にしている孤島は赤鬼さんの家である鬼ヶ島かもしれない。


 ときおり吹く風がビューと声をだして裏山を駆け抜けていった。 

 竹の束と竹の束の隙間はちょうど笛の歌口うたぐちのような作用となり風が甲高い音色を奏でていく。


 「そうですね。私がここにきて見たときから変わりはありません。記憶を辿ってみても大きな変化はありませんね。竹が葉すこし傾いたとか草の方向が変わったとかくらいでしょうか」


 鴎がそういったとき風がまたガサガサと竹たちを揺らしていった。

 葉の傾きや草の方向の変化はこの風によるものだろう。

 むしろ鴎がここにきたときと葉の位置がまったく変わっていないことのほうが異常だ。

 風が吹けば当然その風に煽られて木々はその向きを変えていくもの。


 「そう。じゃあ竹藪そこは無関係そうだね」


 「はい。けれど数ヶ月前に見たときとはずいぶんと変わっています」


 鴎は今回いま瞬間記憶の能力を使っているからついさっきの記憶と比較することができる。

 だが数ヶ月前の記憶は人並みの記憶しか残ってはいないらしい。

 僕だって数か月前の記憶なら曖昧だ。

 よほど衝撃的なできごとにでも遭遇していなければすぐに忘れてしまう。

 僕がこの裏山にきたのなんて何年振りだろうか? それこそ記憶が曖昧という記憶しかない。


 「というのは?」


 「私がそのころ見た記憶では竹がもっと密集していてまさに竹藪って感じでしたので」


 「じゃあ、ここ数ヶ月で大規模な伐採がおこなわれたんですね」


 僕はこの現状とは真反対の陽の光さえ遮る鬱蒼うっそうとした天然の竹藪を想像した。

 人や動物が竹と竹とのあいだに入っていくのも困難なほどに竹と竹が交差した竹藪だ。

 

 「ということだと思います」


 最近おきなたちのあいだでは柴刈りが効率良く稼げるともっぱらの評判だった。

 多くの翁たちは日々山に分け入っている。

 需要と供給が合致しているうえに御上の制限があるわけでもないからそれも当然なことだろう。

 ただいずれ規則を設けなければ山々から木々が失われてしまうはずだ。

 これは多くの人の懸念材料でいまや社会問題にもなっているのだから。


 「わかったよ。けど、やっぱりそれも関係なさそうだね」

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