第10話

コウとクムとの家庭教師という名のお茶会が終わり、フェイはカヤの部屋へと戻っていた。

その途中、池に架かっている橋を越える。池には、何の種類か分からないが、美しい魚達がゆったりとヒレを動かし泳いでいた。フェイが育った田舎では見たことの無い魚たちだ。

フェイは、池の縁にあった石に腰掛け、魚がゆったりと泳ぐ様を見た。フェイが今まで見た魚たちは、もっと俊敏で周囲を警戒しながら泳いでいたように思う。

いや。魚だけではない。花だって、小さいが力強く、自らが持っている命の力を内に秘めているようだった。

とにかく、フェイが見てきたり触れてきたものたちは、必死さが伝わるものばかりだったのだ。しかし、ここ緑宝宮のものは、全てが華やかで美しい。

それはどこか頼りなさや儚さの裏返しであるように感じてしまう。

だからだろうか。フェイは、緑宝宮は居心地が悪く、早く田舎へ帰りたいと思ってしまうのだった。

「まったく、私には不釣り合いな所に来てしまったな…」

ふぅっとため息をつき、空を見上げた。

ポコポコとした可愛らしい雲が見える。空だけは、どこでも変わらない。そう思うと、少し元気が出るのだった。

「さてと、カヤ様がお待ちだな」

立ち上がろうとした時、座っていた石がグラリと揺れた。揺れた石でフェイは、バランスを崩してしまう。


落ちる!!

そう思った瞬間、腰を強い力で引かれる。

ドンっと何かにぶつかり、フェイは思わず目をつぶった。

「大丈夫ですか?」

真上から声がしたので反射的に見ると、男が心配そうにフェイを見ている。そこでフェイは、自分が見ず知らずの男に腰を抱かれている状況に気がついたのだった。

「すまない!池に落ちそうな所を助けてくれたのだな」

男に向けて早口でそう言うと、フェイはパッと男から離れる。男も腰を抱いていた状況が気まずかったのか

「いえ。たまたま通りかかったら、貴方が落ちそうでしたので、お助けしたまでです」

そう言って、にこやかに微笑み続けて言った。

「しかし、軽々しく触れてしまいすみませんでした」

予想外に謝られたので、フェイは焦りながら答えた。

「いや。助けてもらったのだ。謝るのは、不注意であった私の方であろう」

フェイは、そう言い男を見る。

男は官僚のようだった。それが分かったのは、官僚が着る紫色の着物に、長い髪を後で縛っていたからだ。かけているメガネも、いかにも賢そうな雰囲気を醸し出している。

また、フェイを抱いた片腕とは、別の方の腕には何やら難しそうな本を数冊持っている。これも官僚らしさを更に高めていた。


「では、失礼します」

男は深々とお辞儀をすると、政が行われる中央の屋敷に向かって行った。

フェイもつられてお辞儀をする。そして、まだ腰の辺りに残っている感触を確かめた。

普段、頭を使い仕事をしている官僚の割には、たくましい腕をしていた。いくら女といえども、軽々と一人を片腕で抱き上げるのだ。

「さすが、緑宝宮は、官僚も鍛練を積んでおるのか…」

フェイはそう呟くと、胸の辺りに手を置いて、まだ速く打っている心臓を落ち着かせた。そして、今度は寄り道せずにカヤの部屋へと戻ることにしたのだった。

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