盤上血戯と漆黒騎士 自重しないIfルート

有原ハリアー

ヴァイスルート上のIf

第八章二節If ファースト・○○○(前編)

~第八章一節途中までは本編準拠~


「おはよう。ヴァイス、元気か?」

「おはよう、龍野君。ええ……少しは、ね。おかげで何とか、ここまで回復したわ」

「ほっ……それは良かった」

 本当に良かった。最低限とはいえ、峠は越したからだ。

「ところで……龍野君にお願いしたいことがあるの」

「何だ? 聞くだけなら、何でもいいぜ」


「私の体を……もらって、頂戴」


「ハァ!?」

 俺は史上最大級に面食らった。ヴァイス……回復して早々、いきなり何を言い出すんだ!?

 動揺していると、ヴァイスが冷静に言葉を加えた。

「念のために言っておくわ。私はもう少し魔力が欲しいけれど、あくまでその手段として所望しただけなんだから」

「いやいやいやいや! 他にも手段はあるだろ!?」

 衝撃が強すぎた。俺は真っ赤になりつつ、ヴァイスに抗議した。

 こんな事を言われて平然としていられるか。まだ高校一年生の男だぞ。

「龍野君。その通りではあるのだけれど、粘膜での摂取が一番いいのよ」

 俺をじっと見つめながら話すヴァイス。

 これは本当のことなんだろう。嘘をついている素振そぶりが一切無い。

 だが……これは個人の、いや、お互いの尊厳の話だ。

 いくらヴァイスがYESの意思を固めていても、俺は納得していない。そう、断じて納得なんか――


「自らの本心を、醜いものと錯覚するのはやめなさいな。龍野君」


 ヴァイスが耳元で囁いたその言葉に、俺の理性が揺らいだ。

 だが俺はかぶりを振って、その誘惑を跳ね除けようと――


「目は口程に物を言うわ。もう龍野君の目は、はっきりと白状しているわよ」


 ――!

 言われて初めて気づいた。

 俺の視線は既に、ヴァイスの胸元を凝視していた。

 あの二つの極上の果実を――なっ!? ダメだ、誘惑に屈するな……!

「強情ね……」

 ヴァイスが嘆息する。違う。俺は強情なんかじゃない。

 、そう思っているだけなんだ!

「おい、ヴァイス!」

「何かしら?」

「言っておくがな! 俺はお前が嫌いなんじゃない! ただお前をけがしたくないんだよ!」

 あれ? 俺は何を言っている!?

「俺はお前を好きだ、けどそれは幼馴染としての”好き”だ! 幼馴染に手ぇ出す外道にゃなりたかねえんだよ!!」

 待て待て待て待て、どうなっちまったんだ俺!? 口が勝手に……!

「わかったかヴァイス!」

 はぁ、はぁ、はぁ……!

 ようやく俺の口の暴走が止まってくれた。

 ヴァイスにチラリと視線を移すと……俺の言った内容を嚙みしめるように、ゆっくりと頷いていた。

 傍目には船を漕いでいるようにしか見えない人間もいるだろうが、俺にはわかる。自らへ流れ込んだ情報を、ああやって、優雅に、味わっているのだろう。ところで、どうして指を上下に遊ばせているんだ?

 俺は何も話せなかった。

 しばらくして、ヴァイスが頷きを止めた。情報を味わい終えたのだろう。

「龍野君」

 いつになく美しい声で、俺に語りかけるヴァイス。

 俺は返事が出来なかった。ただゆっくりと、ごく自然に顔をヴァイスの正面に向けた。

「それが龍野君の本心ね」

「ああ」

 質問に素直に答えてしまった。これも口が勝手に動いたせいだ。うん。


「率直に申し上げるわ。素敵ね、龍野君」


 ヴァイスの賛辞。俺は体を硬直させてしまった。無意識に体が力む。

「だからこそ、私は龍野君に惚れたのでしょうね」

 耳元で囁くように、俺へ甘い言葉をかけるヴァイス。

 ゴクリと音がする。

「あらあら。唾を飲み込むなんて、よほど緊張しているのね」

 俺の状況を囁かないで、くれ……!

「何をそんなに抗っているのかしら、龍野君?」

 ああ、やめろ……!


「けれどその美徳は、無理を通した産物よ」


 ん? よくわからねえが、これは俺に流れが来たのだろうか?

 少し様子を見てみることにしよう……。

「無理を通し、龍野君の心はボロボロになっているのよね。だからこそのお願いよ。片側への利益より、互いの利益。わかるわよね?」


「わからねえな」


 俺は今度は意識的に、反対意見を告げた。

「それはお前の言う『片側への利益』だろ?」

「どういう意味かしら?」

 ヴァイスがいぶかる。

 これは俺が逃げられる、最後のチャンスだろう。

 だからこそ、無駄には出来ない……!

「俺は無理を通していないぜ。望んでお前を穢したくない、そう思っているんだ」

 よし。今度は俺は、無意識に囚われなかったぞ。

 これを足掛かりに、一気に――


「へえ。?」


 ん?

 ヴァイスは何を言っている?

「あら、無視とは随分な答えね。痛覚で以って教えなくてはならないのかしら?」

 ギリギリと、握る手に力を込めるヴァイス。

「待て、待ってくれ!」

 はっきり言おう。


 こんな事をされたら、男なら誰であろうと涙を流す。


 そういう状態だった。

「わかった、お前が何を握っているのかはな」

 流石ヴァイス。

 見た目は細身な腕なのに、そして手は他の同年代の女子相当なのに、相当な握力で俺の…………を握ってきやがる。

 手加減ゼロで握れば、間違いなく破裂するだろう。

「やめてくれ、頼む。どうなったかはわかった」

 そう。


 


 そう認めざるを得なかった。

「認めたわね、龍野君?」

「ああ。けれど、俺は今までお前に、こうやって反応しなかったはずだ。どうして……?」

「話すよりやってもらうのが先ね。私の指先を嗅ぎなさい」

 俺は好奇心のみで動いた。

 すると、甘く、けどどこか優しい、俺の熱を増す香りが鼻をついた。

「これは……?」

「性欲促進効果のあるローズよ。上手く揮発してくれたわね、うふふ」

「何だって?」

 今の二言が、俺の心をチクリと刺した。

「ヴァイス……お前……!」

「あら、を見せつけながら言われても、恐怖を感じないのだけれど」

 そう言われ、俺は体が暴走し始めている事実を悟った。

「あ……ああ……ああッ!?」

 俺は最早、ヴァイスの手玉に取られている……そう、認めざるを得なかった。首をがっくりと落とした。

「龍野君。既に貴方は、屈服させられたのよ?」

 ヴァイスが悪魔の笑みを浮かべながら、俺に囁く。

「貴方は最早、私に復讐をする気力は無いわよ」

 ああ。既に心は諦めムードだ。

「けれど、これならどうかしら?」

 今更何をする気だ、ヴァイス?


「復讐の機会……一度だけ、目の前に示すわ。取るか拒むか、貴方自身の決断を見せて頂戴」


 ヴァイスは俺の右手を両手で押さえる。

 そして豊かな果実へと、俺の右手を当てた。

「私がするのはここまで。後は気力を振り絞るか、屈服するか。けれど……私は押し倒すより、押し倒される側でありたいのだけれど?」

 その言葉で、俺の心に不純な闘志が湧いてきた。

(この野郎……。俺を散々、馬鹿にしやがって……!)

「プツンと来た? 血管がこめかみに浮かんでいるわよ?」

「ぁ……!(ああ、来てるよ! 俺は限界だね……!)」

 ゴクリと唾を飲み込む感触が響いた。この感触が、俺の決意を固めた。


 そして俺は、差し出された果実を揉み始めた。


「うふふ……ついに、折れてくれたのね……?」

 最早ヴァイスの言葉は、耳には入らなかった。

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