いってらっしゃい、玉三郎さん

あきのななぐさ

第1話私と玉三郎さん

玉三郎さんと暮らし始めて、もう一年になる。


この一年、毎日が夢のように過ぎていった。今思うと、本当に色んなことが起きていたのだと思う。そのどれもが、いい思い出として、私の中で生きている。

でも、一番大事なのは、もちろん玉三郎さん。


私の中で玉三郎さんの存在が、今でもどんどん大きくなっていくのがわかる。


玉三郎さんといると落ち着く。玉三郎さんが愛おしい。

玉三郎さんに見つめられると、もう身動き一つできなくなる。

玉三郎さんと暮らし始めて、私の毎日は充実している。


私の大事な玉三郎さん。


立派な髭がトレードマーク。何かを見つけると、鼻をヒクヒクさせて様子を見る姿が愛らしい。そのたびに、自慢の髭も揺れている。

そして、そんな様子をかき消すような鋭い眼差し。まるで、獲物を狙っているかのような鋭さを持っている。でも、私にはとても優しい目を向けてくれる。


ほかの雄に比べると、ほんの少しだけ小さな姿なのだと思う。

でも、本人はそんなことを気にしていないように、その背中は頼もしく、歩き方は自信に満ち溢れている。

そんな玉三郎さんを、見送る私。


それが私の日課になっていた。代わり映えのない日常。

でも、それこそが何よりも大切な物だと、今の私なら自信を持って言うことができる。


そして今朝も、玉三郎さんはいつも通りにご近所のパトロールへと出かけて行った。正義感あふれる玉三郎さんは、こうしていつもご近所に目を光らせている。


ただ、山田さんの所の犬は相変わらず苦手のようで、そこだけは塀から離れて歩いている。

多分、私がこっそり知っている事を知らないだろう。それは私だけの大切な秘密。


ただ、あそこの犬は、とても大きくて、怖そうだから仕方がないと思う。

私は避けて通る道だけど、玉三郎さんはそれでも歩いていく。そこだけ見回らないわけにはいかないのだろう。多分玉三郎さんは使命感を強く持っているに違いない。


そんな姿がとても頼もしい。


ただ、そんな山田さんの家の犬も、玉三郎さんのことは気に入っているというのも、私だけの秘密にしておこう。

山田さんがそう話しているのを聞いたことがある。じゃれつきたいと思っているらしいけど、冗談じゃない。

そんなことして、玉三郎さんが怪我でもしたら、どうしてくれる?


私はきっと山田さんの犬を許さない。でも、私では敵わない。だから、玉三郎さんが近づかないようにしてくれていれば、それが安心。

本音を言えば、誰も近づけたくないし、誰も近づいてほしくない。それが独占欲だというのは知っている。


だってしょうがない。それほど玉三郎さんが愛おしいのだから。



玉三郎さんは、一度出ていくとまずめったに戻ってこない。

昼間会えない分、私は玉三郎さんに飢えていた。

帰ってくると飛び掛かるように抱きつき、まず頬ずりしてしまう。

疲れているのに悪いけど、ここからは玉三郎さんと私の時間。

そんな私を、玉三郎さんはしっかり受け止めてくれている。


そして玉三郎さんも、家の中と外では別人だった。


一日の大半を使って、この町をパトロールしている玉三郎さんは、夕方になるととても疲れて帰ってくる。ずっと歩きっぱなしで、自慢のひげも少しくたびれた様子を見せている。

正義感にあふれる玉三郎さんは、きっと気を休める暇もないのだろう。

だから玉三郎さんも、帰ってくると私に癒しを求めてくれているのだと信じている。


だから私も十分甘える事が出来る。


柔らかい手の肉が、触れる瞬間がとても心地いい。

耳の後ろが好きな玉三郎さんは、触る時には決まって猫なで声になる。

こんな姿、家の外の玉三郎さんと会う人には、決して見ることはできないに違いない。


私だけの特権。私だけの玉三郎さん。


腕をからませたり、尻尾をからませたりして、お互いを確かめ合う。

それが最高の幸せなのだと、自信を持っていう事が出来る。


そんな幸せを知った私は、今とても幸福なのだと思う。

それが日常。かけがえのない毎日。

だから私は、繰り返される日常を、価値あるものだと断言する。


でも、その日常も、あの時、あのことがあったからだということも、今の私は知っている。

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