第12話 令嬢と勇者の試練

 食堂。公爵家の屋敷の中で、最も広い部屋だ。

 執事とメイド、近衛兵、そして公爵家の人間全てが納まる広さになっている。

 パーティー会場として使われるのもこの場所だ。


「おはようございます」


『おはようございます。お嬢様』


 公爵家の次女であるリィナは、家族以外の前では貴族らしい気品を纏っている。

 勿論、俺はシュンの前での姿が素かと聞かれれば返答出来ないが、もっと女の子らしい姿なはずだ。


「おはよう」


「おはようございます。お父様」


『おはようございます。旦那様』


 当主であるステファニーも食堂に到着してから、朝食が始まる。

 シュンも同じテーブルに座り、リィナの希望からその隣に座っている。


 _まあ、シュンは礼儀なんてほとんど知らないからな。こうなるのは当然だ。


 ただ、楽しそうにリィナと喋りながら食べている。

 周りのメイドたちもそれを微笑ましく見ているのだから、公爵家は優しい家だと分かる。


「それで、勇者様は「シュン」え?」


「だから、シュンって呼んでよ。皆がシュンって呼んでくれてるのに、リィナだけが勇者様は寂しいよ」


「じ、じゃあ、シュン、様…」


「そうそう!これからは、シュンって呼んでよ?」


「ッ!はい!」


 楽しそうに喋るシュンを見ていると、やはり俺には無い感情が忌避される。

 あんなに楽しそうで、幸せな光景なはずなのに。


 _胸の奥がまた、チリッと痛んだ。





 朝食を食べ終えると、シュンはそのまま何処かへ出かけていった。

 まあ、勇者には勇者の仕事があるのだろう。

 俺は、中庭に向かうリィナの後ろを歩いていた。


 日差しが窓から廊下に差し込み、リィナの銀色の髪を照らした。

 ふと、振り向いたリィナは、俺の目を見ているのに気がついた。


「どうした?」


「先ほどの話。あのあと、レイ様はどうなったんですか?」


 先ほどの話。つまり、俺の昔話だろう。

 あの先は__


「秘密だ。それは、リィナの抱えていると同じく、明かしてはならないものだからな」


「!」


 そう告げると、驚いたような、怯えたような表情をしたリィナが、一歩後ずさった。

 それに対して、俺はなるべく優しそうに笑って。


「心配するな。俺は何もしないし、シュンが何とかするだろう」


「……………」


「アイツは、案外臆病な奴だからな。自分の隣には誰も選ばなかった。それが、今では1人だけ立っている者がいるんだ。何があろうと手放さないさ」


 そう言うと、リィナの顔は沸騰しら湯のように真っ赤に染まった。


 _シュンも、色気づくのは良いが、ちゃんと相手をしてるんだろうな?


 そう考える俺は、楽しそうな顔をしているのだろう。


「さて。俺はこの時代の常識を知らないといけないからな。シュンに嫉妬されないように、リィナとの触れ合いは此処までにしようか。なぁ?シュン」


「え?」


「フンだ!やっぱり気付いてたんじゃないか!」


「当然だろう?」


 壁の中から透過してきたシュンに、俺はそう言った。


「お前がいないのに、こんな話するわけないだろうが?」


「そうだけど!でも、リィナは取らないでよ?」


「安心しろ。


 未だに呆然としていたリィナを無視してシュンと話していると、隣から物凄い熱気を感じた。

 隣を向くと、物凄い顔になったリィナが立っている。


「取らないでよ……取らないでよ」


「ああ。俺の前でシュンが、『俺の女だ』って宣言したからか」


「冷静に分析しなくて良いよ!っていうか、レイは何であんな話したの?」


「……親友が幸せを掴みに頑張ってるんだ。同じを犯すのは当然だろ?」


「うぅ~!!」


 何やら納得いかない様子のシュンはおいといて、俺はリィナの方を見た。

 どうやら、俺の言った<危険>という言葉に反応したようだ。


「危険って、どういうこと、ですか?」


「!それは、リィナには関係無いことだから………」


「シュン君が危ないことが、どうして私に関係無いのですか?」


「うっ………」


 詰め寄るリィナに対して、シュンは居心地悪そうに目を逸らした。

 そんなシュンに、俺は一言告げた。


 _これは、シュンの問題だからな。


「シュン、お前の相手を一番に考える優しさは知っている。でもな、苦しいのはリィナの方だからな?これは、シュンが乗り越えるための試練だ」


「!」


「じゃあ、今日の観察は止めにして、俺は休暇を貰うぞ」


 そう言い放ち、俺は振り返って今来た道を戻った。

 もう後戻りは出来ない。出来るのは、シュンが逃げるか立ち向かうかの選択だけだ。


 _俺達は、その存在のだからな。


 俺自身の命も薄くなっていく感覚を感じながら、俺は廊下を進んだ。

 シュンの言葉に託されているのは、1つの種族の命そのものだ。


 _まあ、きっと大丈夫だろう。アイツには、***がある。





 戻って来た俺は、1日分暇が出来たわけだ。

 魂が薄れている今では、魔物と戦うのは危険なため、とりあえず執務室に向かうことにした。

 屋敷の中を長い廊下が続き、その上を歩く。


 1つの扉の前に立ち止まり、そのまま扉を開けて中に入った。

 中にいるのは、ステファニーと執事の男性。

 しかし、俺の来訪に対して、男性は若干の警戒を放っている。


「ステファニー。話がある」


「…………分かった。下がれ」


 怪訝な顔をしながら退出する男性を横目で見ながら、俺はステファニーを見据えた。

 対して、ステファニーも真剣な目でコチラを見つめている。


「リィナについてだ」


「!何でしょうか?」


 警戒を強めたステファニーを無視して、そのまま告げる。


「あのを、殺しても良いか?」


「………___」

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