うづき・さつき

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うづき・さつき

(1) 加山早紀


「次は花見に行こうか」

 その言葉が、次の約束がどんなに嬉しかったか。

 桜がほころびはじめて、こっちから誘っていいのかどうか、悩んでる時に届いたメール。

『二十五日か、二十八日、どっちか都合がよかったら花見、どう?』

 何度も見返して、数度のメールをやり取りして二十八日に決定。

 天気予報も何度も何度も確認して、何を着ていこうかと迷って迷って、楽しみにしてた。

 それなのに、前日になって、まさかの季節外れのインフルエンザにかかるなんて、間が悪すぎる。

 泣く泣く、行けなくなったメールをした。

『お大事に。入学式に出られるように、無理しないように、ゆっくり休んでな』

 優しいけれど、冷たい。

 一緒にお花見に行けなくて、残念だったのは私だけか。

 まぁ、先輩からしたら、勝手に告白して、宣戦布告して、まとわりついてくる後輩でしかないし、好きなのは私だけだから、仕方ないけれど。

「くそぅ」

 いつもなら笑い飛ばせるのに、熱のせいだ。

 誰に見られるわけでもないのに、布団をがばりと頭まで被り、にじむ涙を隠した。



(2)桐生啓士

 

「インフルエンザ、ね」

 随分なタイミングで、随分時季外れだ。

 当たり障りなくメールを返して、ため息をつく。

 強気で潔くて、そのくせ妙なところで弱腰で、見ていて飽きない後輩のことを実は今では結構気に入っていて。

「割と堪えるなぁ」

 存外楽しみにしていた自分に改めて気づく。

 その反動で、実は嫌になって、態のいい断りの言い訳にしたんじゃないかとか後ろ向きなことまで考えてしまう。

 向こうからの好意に胡坐をかいているつもりはないけれど、曖昧な態度をとっているのは事実で、あきれられても仕方ないとは思う。

「まぁ、でもしないか」

 もし本当に嫌になったとしたら、きちんと嘘なく伝えてくるだろう。加山はその辺、真面目だ。

 どんどんと後ろ向きになりそうな思考を遮るため、布団にもぐりこんだ。



(3) 加山早紀


 季節外れのインフルエンザは長引いて、治ったころには桜なんてすっかり散ってしまっていた。

 先輩とは会えないままで、でも入学式には『入学おめでとう』と満開の桜の写真付きのメールが届いて、こういうとこ、やっぱり好きだなぁって思ったりして。

 会いたいって思ったけれど、ガイダンスやオリエンテーション合宿とかで割とバタバタしてるうちに、いつの間にか四月が通り過ぎようとしていて、

「どうしよう」

 携帯の画面を見つめながら、かれこれ三十分。

 ゴールデンウィークに会おうと誘いたいけれど、「何しに?」とか「どこに?」とかつっこんで聞かれたらと考えると、ノープランでは誘いづらい。

「何にも知らないんだよなぁ」

 特に接点もなく、見てるだけで好きになって、告白して、少し話して、ますます好きになって、たまにメールしたり会ったりしてもらえてるけれど、友達未満な微妙な関係で、何が好きとか嫌いとか、さっぱりわからないままだ。

 できれば楽しんでもらえるところに一緒に行きたい。

「まぁ、それ以前にバイトだったりで会えないかもだけど」

 もっというなら、この間のドタキャンで呆れられて会うのはカンベンとか思われてるかも。

「っわ」

 マイナス思考に陥りかけたところに携帯が震えて焦る。

 画面に表示された名前に、あわてて操作してメールを開く。

『ゴールデンウィーク、どこか空いてる? 花見リベンジする?』

 


(4) 桐生啓士


『行きます! いつでも暇です!』

 少々ためらっていたのが馬鹿らしくなるくらい即行返事が来て、思わず笑う。

『電話してもいいですか?』

 間をおかずに追撃メールが来たので、返信をせずにそのまま電話をかける。

「ぅわ。なんで、先輩がかけてくるんですか!」

 耳元にあわてた声が届く。やっぱりどこかけんか腰の言葉の使い方で、それが笑える。

「毎回思うんだけどさ、加山はやっぱりほんとはおれのこと嫌いなんじゃないかなぁ」

「何でですか! 先輩がいつも不意打ちとかしてくるから! 好きに決まってるじゃないですか。全然わかってないですね!」

 引き続きけんか腰の口調なのは想定内だったけど、ストレートにそんな風に言われると……とりあえず、電話で良かった。

 気付かれないよう深呼吸して、平静なふりで口を開く。

「で、いつにしようか」



(5)  加山早紀


「すごい。きれい」

 電車を乗り継いで、降りた先でもしばらく歩いて、ようやくたどり着いた大きくはない神社。

 どこに行くかもわからないまま、連れてこられて、こんなとこ? と初めは思ったのだけれど、境内に入って思わず声が出た。

 視界一面に広がる藤の花は、良く見る薄紫ではなく、赤みが強い。こんな色の藤、初めて見た。

「なんか別世界だなぁ」

「先輩も初めて見るんですか?」

 地元の人っぽい感じの人が数人いるだけの、いかにも穴場な雰囲気だから、以前から知っていて連れてきてくれたのかと思った。

「花見リベンジに良い場所探してて、友達に教えてもらった」

 わざわざ、探してくれたんだ。

 些細なことだけど、うれしい。

「どこに連れて行かれるんだろうって、思ってました。だんだん田舎に行くし。でも、すごい。来てよかった。ありがとうございます」

 歩いた甲斐があった。っていうか、一気に疲れも吹き飛んだ。

「気に入ったんなら何より。おれも一緒に来られて良かったよ」

 藤の花を見上げながら先輩は微笑む。

 ……この人、ホントに困った人だ。無自覚で、厄介。

「なに?」

 じっと見つめられる視線を感じたのか、先輩は振り返る。

「そういうこと言うの、やめてください。勘違いしちゃうでしょ」

「そういうって?」

 ほら。やっぱり自覚ないんだから。

「一緒に来れて良かったよ、とかですよ。二人でお出かけってだけで、ただでさえ浮かれて勘違いしそうなのに、ダメ押ししてどうするんですか」

 友達とも言い切れないくらいの、ただの後輩で、一方的に私が好きなだけだから、わきまえていようとは思っているけれど。

 それでもやっぱり好きだから、つい都合のいい展開を期待してしまう。

 一喜一憂で疲れる。まぁ、こんなこと、先輩には関係ないし、それを慮って誘われなくなるのは嫌なんだけれども。

 ぶつぶつと説教する私に、先輩は少し困ったように笑う。

「勘違いして良いっていうか、勘違いじゃないよ」



(6) 桐生啓士


「は?」

 加山は目をまん丸くして、固まる。

 割とストレートに伝えていたつもりなんだけれど、全くわかっていなかったようだ。

「加山サンのことが好きですよって言ってるんですヨ」

 さすがにまともに言うのは恥ずかしくて、小声でささやく。

「……嘘だ」

 ひどい言い草だ。随分信用がない。

「だって、全然違う。私と久住先輩じゃあ、似ても似つかない」

 俯いて、呟く。

 変なとこで弱気だよな。

「別に似てる必要なくないか? っていうか、もともと久住が好きなタイプかって言ったら、そうでもないし」

 実際、見た目だけの好みで言ったら、どちらかと言えば加山の方が好みだ。

「でも、まだ久住先輩のこと、好きでしょう?」

「友達としては。恋愛感情はないなぁ、今はもう」

 もともと諦め半分の『好き』だった。そうと自覚した時には、既に久住には長く続いている彼氏がいて、それを知っていた。

 だからずっと友人の距離のまま、過ごしていた。気付かれないよう、秘かに。

 そうして過ごすうちに、そして加山と出会って、いつの間にか感情は動いていた。

「でも、」

 なお、言い募ろうとする加山を遮る。

「なに。心変わりしたらダメなわけ?」

 陥落してやる、とか覚悟してろとか宣戦布告してたくせに。

 一途に久住を想っておけとか言うのか? 今更?

「そんなわけない。願ったりかなったりです!」

 挑発に張り合うように加山は強気に言い返してくる。が、すぐにため息をつく。

「ただ、理由がわからないんです。私、」

「この間の花見の約束がキャンセルになったのがさ、思った以上にがっかりだったんだよ。そういうのじゃ、ダメか」

 素直な気持ちではあるけれど、理由になっていないと文句を言われることを覚悟する。

 加山は口を真一文字に結んで、こちらを見据える。

「加山?」

「…………だからっ、先輩はズルいんです。私の方がずっとずっとずっと、がっかりだったし、好きなのに……夢ですか?」

 怒っているのか、泣きそうなのか、良くわからない表情の加山の声がどんどん小さくなっていく。

 ここは基本に則るべきだろう。

 加山の頬をそっとつまむ。

「先輩、ベタすぎです」

 痛いとも言わず、加山は生真面目な顔。

「加山が夢かもとか言うからさ」

「喜び一転、奈落に落ちるより精神衛生上いいかと思ったんです」

 言いぐさが大げさだし、やっぱりなんだか弱腰だし。

「じゃ、現実だって把握できたってことで。改めてよろしく」

 差し伸ばした手がそっと握られる。

 はにかみ、うなずく加山がかわいくて、思わず目をそらして、それでもしっかり握り返した。




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