切手

 ポストを確認するといくつかの手紙が入っていた。手紙の選別をするのは新人である雄介の仕事なため、乱雑に押し込まれた中身を引き抜いて中へと持って行く。チラシはゴミ箱に突っ込み、ハガキや手紙は宛先ごとに分ける。その中に自分宛ての手紙を見つけて雄介は驚いた。

 

 手紙を送ってくれるような知り合いはいない。未だに新人研修中である雄介に仕事関係の手紙が届くはずもない。不思議に思いつつ差出人を確認すると一ヶ月ほど前に田舎へと引っ越した友人、慎と晃からのものだった。

 手紙を出すとは言っていたが、正直信じていなかった。雄介は新しい環境になれるのに精一杯だった。それは今までの人生を捨て見知らぬ場所に向かった慎と晃も同じはずだ。

 律儀だなと雄介は思った。ただの口約束。手紙が来なかったとしても雄介は気にしなかった。むしろ過去にとらわれずに新しい人生を謳歌しているのだろうと前向きに受け取ったと思う。


「なんじゃ、不幸の手紙でも紛れておったのか?」


 気づけば棒付きキャンディーを口にふくんだ大鷲が雄介の背後から手紙をのぞき込んでいた。差出人に気づいた大鷲が楽しげに口角をあげる。


「不幸どころじゃ幸福の手紙じゃったな。良かったの。元気そうで」

「まだ中身は読んでないので、元気かどうかは……」

「手紙を書く余裕があるなら元気じゃろうて」


 大鷲はそういって雄介の頭をなでた。わかりやすい子供扱いだが文句をいう気にはなれず雄介は手紙をじっと見つめる。


「返事を書くならわしのとっておきの便せんと切手の出番じゃな」


 大鷲は自分が手紙をもらったかのようにウキウキとした様子でそういった。弾んだ声に振り返れば、自分のデスクの引き出しからブリキ缶を取り出す。雄介の元に持ってきた大鷲は宝物でも見せるみたいに楽しげに缶を開けた。

 中に入っていたのは大鷲が言っていたとおり、様々な種類の封筒、便せんと切手である。可愛いらしいものもあればシンプルなデザインもあり、大人らしい落ち着いた色合いのものもある。切手もよく見かける定番の物から記念らしい物まで様々だ。


「これは?」

「わしのコレクションじゃ。せっかく送るんじゃ、洒落た物が良いと探しているうちに買い集めるのが趣味になっての」


 これなんかおすすめじゃ。と大鷲は桃色の便せんを差し出す。淡い白い花が描かれた便せんは慎と晃を思わせる可憐なものであったが、これを雄介が送るとなると抵抗がある。眉を寄せた雄介を見て大鷲は格好いいのがよかったかの。と缶の中をあさり始めた。


「なにやってるんだ?」


 大鷲をぼんやり眺めていると不思議そうな声が聞こえた。声の方を向けば双月がたっている。雄介と大鷲を交互に見つめてから近寄ってきた双月は大鷲が持っているブリキ缶、その中身に首をかしげた。


「慎と晃から手紙が来たんだ」


 そういってまだ開けていない手紙を見せると双月は目を丸くする。宛先に雄介と名前とともに自分の名前があったことに驚いたようだった。


「なんで俺の名前も書いてあるんだ?」

「そりゃ、慎ちゃんと晃ちゃんからすれば、ぬしも同級生。送っても不思議じゃないじゃろ」

「俺は二人とはほとんど話もしなかったし……」

「だからこそじゃろ」


 大鷲は缶の中から封筒や便せんを引っ張りだし、並べながら言葉を続けた。


「直接会って話しにくいことでも手紙じゃったら話せたりするんじゃ。二人は雄介くんだけじゃなく、双月くんにも伝えたいことがあったんじゃろうて」


 大鷲の言葉に双月はわかったような、わからないような顔をする。そんな双月に雄介は手紙を渡した。恐る恐る受け取った双月はじっと自分の名前を見つめる。


 慎は双月を怖がっていた。それをわかっているから晃も双月から距離をとっていた。双月は慎が自分を怖がるのは当然だと、それだけのことをしたと思っていたのでなにも言わず、二人と極力合わないように行動していた。

 それを慎が気にしていたのを雄介は知っている。自分を気遣ってくれているとわかったからこそ、あからさまな態度をとってしまった自分を恥じていた。それでも双月が怖い気持ちはどうにもできなかった。あの夜、血にまみれた双月を見てしまったのだから仕方のないことだ。むしろ、あの姿を見ても双月を怖がらない自分の方が特殊なのだと雄介には自覚があった。だから雄介も二人の微妙な関係をどうにもできず、どうにもできないうちに二人は田舎へと引っ越してしまった。


 二人がいなくなった後も慌ただしい日々が過ぎ、時折どうしているだろうと思うことはあっても雄介から連絡を取ろうとは思わなかった。二人は手紙を送る。またどこかで会おうといってくれたけれど、もう関わらない方がいいのだと思っていた。

 二人は名前を変え、場所を変え、新しい人生を歩み始めたのだ。捨てた過去を知っている自分が関わるのは二人の未来を妨げる。そう雄介は思っていた。


「名前を変え、立場を変え、場所を変えても過去は変わらぬ。ぬしらはあの夜を生き抜いた戦友じゃ。あの二人にとっては過去を共有できる唯一じゃ。二人もそう思ったから手紙をくれたんじゃろう」


 大鷲はそういって微笑んだ。雄介は未だに手紙を見つめている双月を見る。


「……俺も、返事書いてもいいんだろうか」

「当たり前だろ」


 迷子の子供みたいに弱々しい声でつぶやいた双月に雄介は迷わず言葉を返した。雄介の言葉で双月はほっとした顔をする。きっと双月にだって語りたいことがある。あの夜を知っているのはごく少数。連絡を取れるのは慎と晃くらいだ。


「またどこかで会えたらいいな」


 今度は本気でそう思う。血にぬれた恐怖の夜ではなく、日の当たる明るい昼間に、新しい名前と人生を生きる者同士が再会する。それはとても幸福なことに思えた。

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