青春ならば仕方ない
悠里、体育の授業に出る
その日、岡倉悠里が体育に参加しようと思ったのは気まぐれだった。
悠里は授業を免除されている生徒の一人だ。それに加え体を動かしたいタイプなため授業に参加することは少ない。授業が行われている時間は弓道場で練習したり、学園内にあるジムで体を鍛えたり、理事長室で彰さんの邪魔をしたり、真昼間から寝たり。自由気ままな学園生活を送っていた。
そんな悠里も、たまには授業に出るか。と思うときがある。
思い付きのまま時間割を確認した悠里は、ちょうど体育の時間だったことに喜んだ。座学でも参加するつもりだったが、体を動かせるのであればそれに越したことはない。
一度寮に戻って体操服を引っ張り出してきた悠里は、そのまま授業が行われる体育館へと向かった。
ほとんど授業に参加していない悠里は、クラスメイトの顔と名前を憶えていない。認識しているのは同じSランク生のナツキと夷月。他数人。
ナツキは悠里と同じく滅多に授業に参加しないので、いるとは最初から考えていない。そこで悠里が真っ先に探したのは夷月だった。
体育館の入口から中の様子を眺める。
悠里と同じ体操服をきたクラスメイトの男子たちが、所々で固まって話している。入口付近に座っていた生徒は悠里の姿に驚いた顔をしたが、いつもの事なので悠里は特に気にしない。それよりも、いくら探しても夷月の姿が見えないことが気になった。
夷月は男子高校生にしては小柄な体系をしている。しかし名家の跡取り息子らしい人を引き寄せるオーラを放っており、黙って立っていても目立つ。それに加えて本人の言動がオーバーなので、動きや声で近くにいればすぐわかる。それなのにいくら探しても見当たらず、悠里は首を傾げた。
誰かに聞こうかと思ったところで、用具室から卓球台を持ってきた数人の生徒が目についた。トレードマークの赤いバンダナを付けた少年と、後姿だけみたら女と間違えそうな長髪の少年。
悠里が顔と名前を認識している数少ないクラスメイトの登場に、悠里は手を振った。
「かずっち、よるよるー」
おーい。と声をかけると、クラスにざわめきが広がった。その声で悠里が珍しく来ていると他のクラスメイトが気付いたこともあるが、妙なあだ名の方が比重が多いだろう。この呼び方をしたのは初めてではないが、なかなか周囲は慣れないらしい。
しかし、そんなことを気にする悠里ではない。周囲の視線など全く気にせず、ゆっくりとお目当ての生徒の方へ歩き出す。
悠里の声を聞いて、おー珍しいな。と手を振り返してきたのは長髪の少年、長沢冬夜。卓球台を定位置においてから、微妙な顔で悠里を見返したのはバンダナの少年、小野和斗。夷月を通して仲良くなった、悠里にとっては数少ない友人だ。
「それ止めてっていったよね……」
「可愛いだろ」
近づいて来た悠里に不満そうな顔をする和斗に悠里はさらりと答えた。我ながら良いネーミングセンスだと悠里は思っているが、和斗はどうにも不満なようだ。
「なんだ和斗。不満なのか。悠里からの信頼の証だぞ」
「俺よりも冬夜の方が不満訴えてた気がするんだけど、いつの間になれたの……」
うんざりした顔で和斗はいって、もういいや。と肩を落とす。何だか疲れたさせたようで申し訳ないなと悠里は思ったが、呼び方を変えるつもりは欠片もない。完全に形だけの、しかも声に出さない謝罪をしてから悠里は本題へとうつった。
「夷月は?」
もう一度体育館の中を見渡すが、やはり夷月の姿が見えない。
ちらりと用具室を除いたが、そこにも夷月の姿はなかった。あと少しで授業も始まる時間だというのに、どこにいったんだろうと悠里は首を傾げながら和斗と冬夜へと顔を向ける。
すると和斗と冬夜は意外そうな顔で悠里を見ていた。
「悠里君しらなかったの?」
「知らなかったって?」
「アイツ、体育だけは出ないんだぞ」
和斗と冬夜から言われた言葉に悠里は驚いた。そんな話は知らない。そう悠里は言おうとして、そもそも自分は授業に参加していないから聞く機会もなかったのだと気が付いた。
「何で?」
「さあ?」
「お前が知らないんだったら、俺たちが知るはずないだろ。一度聞いたが笑ってはぐらかされたぞ」
冬夜はそういいながらポケットから黒いゴムを取り出す。長い髪を慣れた手つきで結っていくのを見ながら、悠里は冬夜の言ったことを考える。
夷月は愛想がいいように見えて、線引きはしっかりしている。笑ってはぐらかしたということは、夷月にとってそれは言いたくない。またはいう必要がない内容だということだ。
「夷月って、運動音痴だっけ……?」
「体動かすの好きじゃないだけで、動けるタイプだと思うんだけどな。ほら、彰さんから逃げる時とかすごい早いし」
和斗の言葉に悠里はたしかに。と過去の記憶を引っ張り出す。
夷月は奇想天外な発想でたびたび彰を怒らせては、追いかけまわされる。というイベントを定期的に起こしている。体力が足りずにすぐに捕まっているようだが、瞬発力だけ見たら大したものだと悠里も思った記憶がある。
「球技がダメとか?」
「球技以外も全く参加しないよ。プールにすら出てこなかったし」
プールなんていかにもはしゃぎそうな授業にと悠里はさらに驚いた。冬夜も「アレは本当に意外だったな」と卓球のラケットをふりながらいっている。やけに綺麗なフォームだとその点も意外に思ったが、それよりも夷月の事が悠里は気になった。
「何で……?」
「いや、だから知らないって。俺たちに聞かないで直接聞いた方が早いと思うよ。悠里君になら答えるかもしれないし」
和斗はそういって苦笑した。それに対して悠里は少し考えるそぶりを見せてから、頬に手を当ててため息をついた。
「えーでも聞いて答えてくれなかったら、悠里君ショックー」
「……悠里君さあ、意外と茶目っ気ある性格してるよね……」
「イケメンがふざけたって可愛くないぞ」
和斗の呆れた視線の後に、冬夜の刺すような視線を向けられる。ちょっとしたジョークのつもりだったが、2人には不評だったようだ。悠里は残念と肩をすくめる。
夷月がいたらのってくれたかな。と想像してみるが、そもそも夷月の話題であるから反応してもらえない可能性もある。
それは想像でもなかなかつらい。夷月は笑顔の方が多いから、余計に。
「……でも気になるし、聞いてみるか……」
悠里のつぶやきに、和斗は「聞いても良さそうな理由だったら教えて」と軽くいう。こういう引き際をわきまえているところは好感がもてるな。と悠里が思っていると、体育教師の「集まれー」という声が響いた。
ノロノロと動き出すクラスメイト達に混ざって悠里も歩き出すと、和斗と冬夜が驚いた顔をした。
「あれ、夷月君探しにいかないの?」
「俺、今は体育の授業受けたい気分」
「お前ほんっとマイペースだな」
冬夜の言葉に、よるよるには言われたくないな。と悠里は思うが、まあねー。とだけ返した。口出す気分じゃなかったのもあるが、今探しに行くつもりは無いにせよ夷月の事が頭に引っかかっていたこともある。
和斗のいう通り今すぐ探しにいってもいいのだが、黒天学園は広い。そのうえ夷月は隠れるのが上手く、匿ってくれるような悠里の知らない知人も多い。無暗に探すよりは、黙って次の授業まで待っていた方が確実だろう。体育は受けないだけで、他の授業は相変わらず受けているようだし。
そう悠里は結論付け、整列するクラスメイト達の一番後ろに並ぶ。珍しくいる悠里を見て教師は「珍しいなー」といったが、それ以上突っ込むこともしない。
卓球なんて久しぶりだ。と悠里はワクワクしていた。
しかし、いざ授業が始まるとフォームはお手本のように綺麗なのに全くボールに当てられない。華麗に空ぶるという、ある意味神業ともいえる冬夜の動きがツボにはいった悠里が笑い続け、ほぼ卓球できないまま終わったのは高等部1年A組の伝説になった。
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