第32話 お泊まりイベントっていいよね()
卯崎と別れ家に着くと、まもなく雨が降ってきた。どうやら昼間の晴れは一時的なものだったらしい。
ソファにもたれ掛かりながらテレビを垂れ流しにしていると、親から連絡が入る。どうやら今日は帰りが遅くなるらしい。ただでさえ休日だっていうのに、サービス業は本当にブラックだと思いました。
親に適当に返信をして、夕飯になるものがあったかなと思いながら台所へ向かうためにソファから立ち上がる。
昨今のラノベ主人公のような家事能力の高さなど持ち合わせていない俺は、もちろん自炊など出来るわけもないので置いてあったカップ麺を手に取る。と、玄関のチャイムが鳴った。
手に取ったカップ麺を机の上に置き玄関へと向かい、どうせ何かの宅配物だろうと思いながらドアを開ける。
「え……?」
「せん……ぱい……」
そこには、先ほど別れたばかりの卯崎が、雨に打たれながら立っていた。
***
「ほら、これ」
「あ……すみません。ありがとうございます」
「紅茶じゃなくてすまんな」
「いえ……」
外の雨は気づかないうちに激しくなっていたようで、靴下までずぶ濡れだった卯崎に、俺はまずバスタオルを手渡しながらリビングへと案内した。
ソファへと座らせた卯崎が風邪を引かないようにと温かいコーヒーをマグカップに入れて手渡し、一人分ほど間を開けて俺も腰掛ける。
コーヒーを飲んで少し落ち着いた様子の卯崎を見て、俺は話を切り出す。
「……それで、どうしたんだ?」
「……お母さんと、お父さん――母と父が、家にいたんです」
卯崎は取り乱す事無くはっきりとそう口にした。
「あの後、先輩と別れた後、家に帰ったらお母さんとお父さんがいたんです」
「それは……つまり、卯崎の両親がよりを戻したとか、そういうことか?」
「私も最初はそうかもしれないと一瞬思ったのですが、どうやらそうではないみたいでした。家に帰ってきた私を出迎えた母と父は、私にこう尋ねたんです。『桜はお母さんとお父さん、どっちについて行きたい』と」
あるいは、卯崎には取り乱す余裕すら無かったのかもしれない。
「どうやら、私の知らないところで母と父の離婚の話が進められていたようなんです。そして、私の親権についての話し合いという段になって、私の所へ来たんです。私の意思を聞くために」
ぽつり、ぽつりと卯崎は語り続ける。
「恐らく、目的は私を引き取る事で得られる養育費なのでしょう。わざわざ私の所に来たのも、二人だけでは話し合いが平行線で進まなかったからという、それだけの理由なんです。……きっとその必要が無かったら、私には最後まで知らされずに両親は離婚していたんだと思います。……なんとなく、そんな気がしました」
しかし、その声音に、徐々に震えが混じってくる。
「……両親が私に意見を求めてくるときの猫なで声、こびへつらうような態度、そして欲望が煮詰められたような視線。……どれも私が知っている二人のものでは無くて、まるで全然知らない人のように思えてきてしまって……怖くて……気づけば家を飛び出していました」
そう話を締めくくった卯崎の表情は、ただひたすらに苦しげだった。
無理もない。約一年間も音信不通だった相手が唐突に戻ってきたと思ったら、その相手は自分の事をまるで娘として扱っていない、ただ金のための道具であるかのような扱い。
卯崎でなくとも耐えられるはずがない。
少しも止む気配を見せず、それどころかますます激しさを増しているかのように見える雨をガラス越しに眺めながら、俺は卯崎に何と言葉を返えそうか考えていた。
今の卯崎の話を聞いて、思うところはある。はっきりと生まれた感情も抱いている。
しかし、それをそのまま卯崎にぶつけることが正解だとは思わなかった。
だから俺は、自分の感情を抑え込み、代わりに別の言葉を口にした。
「……まあ、あれだ。誰にだって家出したくなるときくらいはあるだろうしな。お前が無理して解決しなくちゃいけない問題でも無い」
「……ありがとうございます」
「ていうか、お前はこの後どうするつもりなんだ?」
「……えっと。それは」
と、そこで卯崎は言葉を詰まらせ、目を伏せながらか細い声で呟いた。
「……先輩の家にお世話になろうかと」
「馬鹿か。無理に決まってるだろ」
大体、思春期男子と一つ屋根の下で一晩過ごすって、危機感なさすぎだろ。
「で、でも、そしたら私は今晩野宿をしないといけなくなります。お金もそれほど持ち合わせていないですし……」
「友達の家とかは」
「家に泊めて欲しいとお願いできるような関係の人間は一人もいません」
「お、おう、そうか……なんかすまん」
そう言えば友達ゼロ人だったねこの子。
ホテルはそもそも未成年だから無理だろうし、ファミレスで一晩耐えるって言うのも金銭的に無理。そもそも何日この状態が続くのか分からないしな。
そしてこの大雨の中野宿なんてしたら100%体調を崩す。それ以前に女子高が野宿なんて危険すぎて言語道断だ。
「となると、残された選択肢は少ない、か……」
「……あの、やはり私は自分の家に戻ります。他に行く当てもないですし」
「いや、その必要は無い」
「……では、先輩の家に泊まらせてくれると?」
「ちげえよ」
なんで僕の家にこだわるんですか卯崎さん?
「一つ心当たりがある」
多分あいつなら、軽く事情を説明すれば快く引き受けてくれるだろう。
そう確信しながら俺はその人物に電話をかけた。
***
「やー、お待たせ! 新と、それから卯崎さん」
電話をかけてから約10分後、件の人物、弥生桃が我が家へとやって来ていた。
玄関で出迎えた俺たちに挨拶をした桃は、ピンク色の傘を畳むと勝手知ったる様子でリビングへと向かっていった。
「久々に来るけど全然変わってないね。今日、おじさんとおばさんは?」
「ああ、二人とも残業で帰りが遅くなるんだと。コーヒー入れるけど飲むか?」
「うん、砂糖多めで」
言われて、マグカップに注いだコーヒーにストックしてあるスティックシュガーを二袋ぶち込む。
「ほら、どうぞ」
「ありがと。……うーん、甘くておいしー!」
「コーヒーに対して言う感想じゃねえ……」
そうして半分ほどコーヒーを飲み終えた桃は、ゆっくりとマグカップを置き、俺と卯崎に顔を向けた。
「えっと、それで用件は、私の家に何日か卯崎さんを泊めて欲しいって事だよね? 親と喧嘩して家に帰りづらくなっちゃったからって」
「……はい、そうです」
答えたのは卯崎だ。
俺は桃に電話越しでその頼みをしたとき、卯崎の事情に関する話は相当簡略化して話した。こういうのは他人が簡単に話してはいけない事だと思ったし、卯崎にその気があれば彼女の口から説明されるだろう。
「急な話ですまんな」
「ううん。全然大丈夫だよ。ママに話したら即オッケーもらえたし。むしろ可愛い子が来る! って凄い嬉しそうだったよ」
「そうか。そっちの家も相変わらずみたいだな」
「……それに、もし私が断ってたら、卯崎さんは新の家に止まる事になってたんでしょ?」
「……まあ、その可能性はなきにしもあらずって所だな」
「だよね。それならなおさらだよ」
桃は小さく呟いたかと思うと、すぐに何でも無かったかのように卯崎の手をとって立ち上がった。
「じゃあ、早速私の家に行こっか! って言っても、ここから歩いて5分くらいだからすぐに着くんだけどね?」
「あ、はい。……その、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」
「そんなにかしこまらなくても良いって。あ、そうだ。寝る部屋は私と同じになっちゃうんだけど良いかな? あとパジャマも私のお古しかないんだけど大丈夫?」
「え、ええ。お気になさらず。私はなんでも構いませんので」
「そっか、なら良かった。じゃあ今夜はパジャマパーティーだね!」
そんなやりとりを交わしながら玄関へと向かう二人を眺めながら、やはり桃に頼んで正解だったと感じた。
桃は昔からその持ち前の明るさで、他人との距離を詰めるのが上手かった。彼女と一緒に過ごすなら、卯崎もきっと居心地の悪さを感じたりする事はないだろう。
二人の背中を追って玄関に向かい、二人を見送ろうと声をかけようとしたとき、一つやらなければいけない事を思い出した。
「すまん卯崎、ちょっと良いか?」
「はい、なんですか?」
「つぼみさんの連絡先、教えて貰って良いか」
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