第19話 噂

「おい古木! お前あの噂聞いたか!?」


「……月曜からよくそんな元気が出るな、お前」


「古木が元気なさ過ぎるだけだと思うぜ?」


 四時間目の授業が終わるやいなや、興奮した様子で俺のところにやって来た一人の男。その光景になぜかデジャブを感じつつ、俺は声がした方に向き直る。


「で、何の用だよ、小西」


「だから大西だって言ってるだろ!? ……お前も好きだな、このやりとり」


 呆れたように肩をすくめながら大西が言う。


「まあいいか。で、噂のことなんだけどよ。お前、この間話した卯崎桜のこと覚えてるか?」


「……あ、ああ。覚えてるけど」


 少しどもりながら答える。覚えているどころか今では知り合いになって家にもお邪魔させて貰ったけどな、とは言わなかった。ていうか言えるわけが無かった。


「その卯崎を昨日、街で見た奴がいるんだとさ。それだけなら俺も卯崎の私服姿について根掘り葉掘り聞くだけだったんだがよ、どうもそれだけじゃ無いらしい。そう、あの卯崎が、佐川のことをトラウマ植え付けるレベルで拒絶した卯崎が、なんと……」


 そこで意味も無く大げさにためを作る大西。俺はなんとなく、いや、ほぼ確実に次に来るであろう言葉が予想できた。


 大西が大きく息を吸って言う。


「……男を連れて歩いていたらしい」


 はいはい、そうだろうと思ってましたよ。休日に? 高校生がよく来る場所で? 校内でも美少女として有名な卯崎桜と? デート(っぽいもの)をしてた? そりゃ誰かに目撃されて噂されるわ。なんで気づかなかったかなー、俺。これにて古木新の平穏な高校生活は完結しました。先生の次回作にご期待ください。


「へえ、そうなのか」


 なるべく内心の動揺を表に出さないよう、平静を装って声を出す。

 このままこの話を続けるのは危険だ。取りあえず、今は話題を逸らさなくてはいけない。


「そ、そんなことよりさ……あれだ。先生の次回作って何なんだろうな?」


「は? 何言ってんだお前?」


 ……いや、何言ってんだ俺。内心の動揺、思いっきり外に出てんじゃねえか。

 ここから何とか挽回しようと俺は必死に言葉を紡ぎ出す。


「えーっと、そうだ。ほら、○ェアリー○イルこの間終わったじゃん? あれ結構好きだったからさ、その先生の次回作はどうなるのかなーって」


「……いや、その先生の次回作ならもう連載始まってるだろ。てかそんなことはどうでも良いんだよ! 問題なのはその後なんだけどよ」


「お? なになに、卯崎さんの噂のこと? 私も気になるなー」


 大西が何かを言おうとしたところで割って入ってきたのは三山澪。いつもは桃と一緒にいるが今は一人だ。


「特に一緒に歩いてたっていう男の子のこととか、ね?」


 言いながら俺を見てにやりと笑う三山。こ、こいつッ……!

 三山は昨日、卯崎と俺が一緒に歩いているところを目撃している。つまりこいつは、俺の置かれた状況と、これからの俺の反応を見て楽しもうとしてやがるということだ。なんて性格の悪い……。


 大西は急に現れた三山に驚くでも無く、軽く頭を掻きながら答える。


「ああ、ちょうどその話をしようとしてたところなんだよ。卯崎と一緒に歩いてたっていう男のことなんだけどさ、実はそいつが誰なのかが分かってないんだ。俺もその話聞いてから探してるんだが、収穫が無い」


「え? どうして?」


「それが、目撃者の話だとその男が卯崎に比べてあまりにも特徴の無い奴だったらしくて、あんま覚えてないらしいんだと」


「……そうか」


 特徴の無い奴で悪かったな。ていうか私服姿の卯崎と比べたら誰だって特徴なくなるだろ。

 まあいい。そのおかげで俺の平穏はもう少し続きそうだ。とっくのとうに無くなってるとは思わない。断じて。


「っく……くふふ……」


 横の三山が俺の背中をバシバシ叩きながら笑いをこらえている。痛いし凄くむかつくので是非やめていただきたい。


「だからさ、もしそいつの事が分かったら教えてくれよ」


「知ってどうするんだよ?」


「もちろん、そいつがどうやって卯崎を落としたのか、じっくり聞かせて貰うんだよ」


 当然、といった風に大西が答える。


「……それ、聞いて何の意味があるんだ?」


「特に意味は無い!」


 じゃあ探すなよ……。

 そう答えようと口を開くが、すでに大西は他のクラスメイトに声をかけに行っていた。


「大西に自白したら? 自分が犯人ですーって」


 楽しそうに話しかけてくる三山。


「冗談じゃ無い。ていうか、自白とか犯人っておかしいだろ。俺別に悪いことはしてないぞ」


「……それはどうかなー」


 三山は意味深なための後に、これまた意味深な言葉を告げる。


「どういう意味だよ」


「どういう意味でも無いよ。あ、でも桃にはちゃんと優しくしときなよ?」


「はあ……」


 それだけ言って満足したのか、三山は手を振りながらどこかにいるであろう桃を探しに行った。


「……あいつ、桃のこと好きすぎるだろ」


 桃は一体いつ、あんなやっかいな奴を誑し込んだのやら。


 ***


 放課後。旧写真部の部室には俺、卯崎の他に件の依頼主、南川が来ていた。


「デート、ねえ……」


「確かに相田先輩は大会が重なって忙しいのかもしれません。ですが、そこはあえて強気にデートに誘ってみるんです。相田先輩も南川先輩のことが好きなのでしたら、断りはしないはずです」


 ためらいをみせる南川に卯崎が自らの提案の根拠を話す。


「で、でも、もしそのデートが上手くいかなかったりしたら……」


 それでもなお不安を口にする南川に今度は俺が横から口を挟む。


「その時はまた別の解決策を考えればいい。取りあえず行動に移してみろよ、南川」


「……うん、そうだよね。分かった、そうしてみるよ」


「それでしたら、これをどうぞ」


 そう言って卯崎が差し出したのは一枚の紙切れ。


「ここにおすすめのデートスポットをいくつかメモしておきましたので、よろしければ参考までに」


「うん、ありがとう。参考にさせて貰うよ」


 南川は卯崎から貰った紙切れを眺めると、何かに気づいたかのようにあっ、と声を上げた。


「このデートスポットってさ、もしかして昨日、実際に行って確かめたりしたものだったりする?」


「あっ」


 あっ。やべえ、こいつ気づきやがったぞ。

 俺の焦りなど微塵も気づかない様子の卯崎が南川の言葉に首肯で返す。


「ええ、そうです。私と先輩で回ってみたところを中心にまとめました」


「じゃあ、あの噂って……」


「? あの噂……?」


「よし、これで依頼も無事解決だな! というわけだから南川、さっさと帰ろうか、な?」


 俺は二人の会話に割り込むように言って、南川の背中を押す。


「え? でも卯崎さん、噂のことまだ知らないみたいだよ? 自分の事だし、教えといた方がいいんじゃ……」


「良いから良いから、それはお前が心配するような事じゃないから。さっさとお帰りください」


「え、ええ……? あ、ほ、ほんとにありがとう卯崎さん! また何かあったら頼らせて貰うね!」


 強引に扉まで連れてこられた南川は困惑したような表情を浮かべながらも、そう感謝の言葉を口にして部屋を後にした。


「ふう……」


 これ以上話をさせる前になんとか南川を帰らせる事が出来た俺は安堵の息を吐く。

 だがそうしていられるのも束の間。まだ疑問を抱いたままの奴がいるのだ。


「……それで、先輩。あの噂というのはなんですか?」


「……さあな。俺も知らねえよ」


「嘘ですね」


 しらを切ろうとする俺をばっさりと切り捨てる卯崎。


「どうして教えてくれないんですか?」


「……なんとなくだよ、なんとなく」


 俺のその答えに卯崎は不満そうな視線を返す。適当にあしらわれたと思ったのだろう。

 だが俺の言葉は真実、今の俺の心情をそのまま表していた。


 学校というのは狭いコミュニティーだ。情報はすぐに共有され、拡散される。たとえ俺が今ここで話さなくてもいずれ卯崎の耳に入るのは確実なのに。それなのに何故、卯崎に話すのをためらったのか。


 俺自身のことのはずなのに、俺には分からなかった

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