第16話 ボスステージの後には大抵裏ボスがやってくる
卯崎の家は先ほどまでいたターミナル駅からわずか一駅のところにあった。
何の変哲も無い、ごくごく普通の二階建ての一軒家。一つ気になる点があったとすれば、表札が無かったことくらい。
「どうぞ、先輩」
「お、おう……お邪魔します」
卯崎に促された俺は若干キョドりながら卯崎邸に入った。
おいおいやっべえよ女子の部屋に入っちゃったよ。大丈夫かな俺、逮捕されたりとかしない? そう言えば親御さんはいないのだろうか。もしも卯崎のお父さんがご在宅だったとしたら俺はおそらく逮捕される前に殺されるであろう。
「なあ、今親御さんはいないのか?」
「ええ、私の保護者は今日は少し帰り遅れると言っていましたので」
なんの気負いもなくそう答える卯崎。……ん? そう言えば卯崎は自分の親のことを「親」でも「お父さん、お母さん」でもなく「保護者」って言うのか。なかなかユニークな表現だな。
そう考えていると、前の卯崎がこんなことを言ってきた。
「さて、それでは私の部屋に行きましょうか」
「……うん、ちょっと待とうか」
こいつはなんて言った? 部屋に来い?
「女子高生の部屋に男が一人で上がるとか、それもう犯罪だろ。俺はまだ前科持ちになりたくないぞ」
「……先輩、動揺しすぎですよ」
「すまん……」
卯崎の少し呆れたような声音に反射的に謝ってしまう。
「ていうか卯崎は良いのか? 自分の部屋に男を入れても」
「ええ、かまいませんよ」
あまりにも淡泊に答えるので、もうこっちが気にしていてもしょうがないと俺は腹をくくって卯崎の部屋にお邪魔することにした。
さて、そんなわけで二階の一室にある卯崎の部屋にやって来たわけだが。
「何もない部屋ですが、どうぞお入りください」
いやマジで何もないなこの部屋……。
シンプルなデザインの勉強机の上にはきちんと整理された教科書類が並べられているだけで、他に何かあるわけでもない。ベッドもカーペットも女の子っぽいふわふわピンクみたいなものでは無いし、でもなんか部屋にはほんのりと女の子っぽい甘い香りがするし、なんというか、女子高生の部屋というよりかは一人暮らしのOLの部屋に来たみたいだ。俺のこのモノローグキモいな。
ここに座ってくださいという卯崎の言葉に頷いて、机のそばにあった椅子に腰掛ける。
「で、何をするために俺をここに連れてきたんだ?」
ベッドに座った卯崎に尋ねると、卯崎は何かを思い出したように目を大きくすると、
「……そう言えば何も考えていませんでした」
「おい」
思わずツッコミを入れてしまう。
「何も考えてなかったのにどうして連れてきたんだよ」
「デート終盤で何気なくどちらかが家に来ることを提案するとポイントが高いと言われたので」
「なんのポイントだ、それは」
ていうか誰に吹き込まれたんだそれ。
とまあそんなことを気にしてばかりいても埒があかないので、俺は無難な話題を持ちかけることにした。
「じゃあ、あれだ。今日のなんちゃってデートの反省会的なものでもやれば良いんじゃないか」
「そうですね。他にすることがあるわけでもないですし、そうしましょうか」
卯崎も賛成したことで、俺たちは今日の出来事を一つ一つ思い出していった。
「まずは待ち合わせの場面からですね。先輩、どう思いましたか?」
待ち合わせっていうと、朝一番のあのクソ白々しいやりとりのことか。
「ああ、まあ特に言うことは何もないな。強いて上げるなら、あらかじめやるって事をお互い分かってる状況であのやりとりをしても何やってるんだろうという空しさに襲われるだけだって事が分かった」
「では、特に何も問題は無い、ということでよろしいですね」
「いや、あるだろ。あっただろ、問題」
俺は今かなり皮肉を込めて言ったつもりだったんだが。
「お前、このやりとりをしろって二人に言うつもりなんだろ」
「ええ、まあ。デートプランに入っていることですし」
「こういうのは突発的に起こるからドキドキしたりするもんなんだと思うが。それを予定なんかしたらむしろぎくしゃくするかも知れないぞ」
「そういうものなんですか?」
「そういうものなんです」
言うと、卯崎はまだ納得出来ていないのか、軽く首をかしげている。なので、俺は補足説明をすることにした。
「あたり付きの自動販売機って有るだろ? 飲み物を買うとルーレットが始まって数字がそろうともう一本もらえるってやつ。アレって何も考えずに偶然で当たったときはラッキーって感じで嬉しいけど、確率で次は絶対当たるって分かっちゃってるとなんか萎えるだろ? それと一緒だ」
「…………?」
どうやら俺のたとえはあまりよろしくなかったようで、卯崎のかしげた首の角度がさらに大きくなった。
「……ま、まああれだ。直接はできないにしても、間接的にならそういう風に仕向けることも出来なくはないな」
「間接的に……? どういうことですか?」
「そうだな……例えば、相田だけ待ち合わせより早めに来て貰う、とかすれば良いんじゃないか?」
「なるほど、それは盲点でした。早速プランを変更しておきます」
卯崎も理解を示し、俺たちは次に話を進めた。
***
「……さて、これで今日の内容は全て話し終わったわけですが」
「ああ、そうだな。じゃあ俺はもう帰る」
「あ、待ってください先輩」
三十分もすれば今日したことなど全て話し終わってしまい、なんとなく手持ち無沙汰になってしまったので俺は帰ろうと腰を上げたところで、卯崎に呼び止められた。
「もう一つ、聞いておきたい事があるんです」
「なんだ?」
「先輩は何故、『正義のヒーロー』になることを諦めたんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は自分の顔が強ばった事が分かった。
「なんで、そんなことを聞くんだ」
声も冷たく、突き放したものになっているのが分かる。
「前に言ったじゃないですか。私、もっと先輩のことが知りたいんです」
それは確かに以前にも聞いた言葉だった。だが、あのときとは違い、今はその言葉がズシリと重しのように俺を押しつぶし、ナイフのように俺の心を抉ってくる。
「……悪いが、その質問には答えられない。俺にだって話したくないことはある」
その重さに耐えかねて、その痛みから目を背けようとして、俺は言葉を絞り出す。
「……そうですか」
幸い、それ以上卯崎から何かを問われることはなかった。
「……じゃあ、俺はもう行くから」
俺がそう言って立ち上がると、卯崎は「玄関まで送ります」と言って一緒についてきた。
「今日はありがとうございました」
「ああ」
そう言って玄関の扉を開ける。と。
「およ? 桜が知らない男を連れ込んでる」
見知らぬ女性がそこに立っていた。見た目は二十代前半くらい。短くそろえられた黒髪の下にはつり目がちの大きい瞳に黒のジャケットにタイトなジーンズという格好も相まってサバサバした印象を受ける。かっこいい美人、みたいな感じといえば良いだろうか。
「つぼみ姉さん。帰ってきたんですか」
「ん、まあね。今日は仕事が早く終わったのだよ」
なにやら親しげな様子で話す卯崎と見知らぬ女性。
「え、えっと、卯崎。こちらはどちら様で?」
「あ、紹介した方が良いですね。こちらは私の保護者の睦月つぼみ姉さんです。つぼみ姉さん、こちらは私の学校の二年の古木新先輩です」
「睦月つぼみでーす。よろしくね、新君?」
「あ、はい、よろしくお願いします。えっと、睦月さん」
「そんな堅苦しくしないでもっと気楽に行こうぜ? 私のことはつぼみさんで良いよ。特別に許す」
「あはは……ではつぼみさんで」
どうやらこの人はかなりフットワークの軽い人のようだ。ペースを合わせようとしてもすぐに振り落とされてしまいそう。
……って、ん? 卯崎は今この人のことを私の『保護者』って言ったよな? どう見てもこの人が卯崎の母親には見えないし、そもそも名字違うし、どういうことだ?
「で、で、で? 新君は家にまでやって来て私の可愛い桜と何をしていたのかなー? よもや高校生の領分を超えて大人の階段を登ったり、なんてしてないだろうなー?」
「別に何もしてないですよ。ちょっと卯崎の相談に乗っていただけですって」
俺の頭にいくつかの疑問符が浮かび上がってきたところで、つぼみさんからの茶化しが入る。俺はそれに嘘とも本当ともとれるような曖昧な返しをした。まあ、一応さっきまでのやりとりというか、これまでのことも卯崎に相談されてやってるようなもんだしな。脅されて仕方なく、だが。
「ほんとかー? 最近の男子高校生は盛ってるやつが多いって聞くから、いまいち信用できないぞ?」
あんたは男子高校生を性欲の塊だとでも思ってんのか。
「本当にそれだけですよ。私が個人的に相談したいことがあって先輩を連れてきたんです」
「……ふーん。そっか」
卯崎のフォローにつぼみさんは考えるような間をとったあと、そう返した。
「まあでも、もうお暇するところだったので」
俺がそれとなく解散の雰囲気を漂わせながら言うと、何故かつぼみさんが食いついてきた。
「お、そうかそうか。時に新君、君の家はここから遠いのかい?」
「え? いや、遠いと言えば遠いですけど、電車使えばすぐですし」
「そんな君に朗報だ! このつぼみおねーさんが君を家まで車で送ってあげようじゃないか」
「いやそんな、悪いですよ」
妙に楽しそうに言ったつぼみさんの誘いを丁重に断る。
「良いって良いって。私もちょうどドライブしたい気分だったし、君とも親睦を深めておきたいしね」
「は、はあ……」
こ、これはあれだろうか。「うちの桜に何手ぇ出してんだゴラァ!」と散々ボコボコにされた後で山奥にでも捨てられると言うことなのだろうか。
「言っとくけど、君の想像してることなんて何もしないから安心して良いよ。私の言葉に他意は無い」
何で人の考えてる事が分かるんだよ。こういうのなんとなく卯崎っぽいな。
「……じゃあ、お願いします」
結局、俺は了承することにした。
「よし、決定だ。てなわけだから、桜。ちょっと新君を家まで送ってくるよ」
「分かりました。では先輩、また明日」
「ああ、また明日」
こうして俺は卯崎家を後にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます