第11話 すれ違って勘違いして
放たれた卯崎の発言は見事なまでの速球ストレート。俺がどうやってオブラートに包もうか考えながら返事をしようとしていたのに、卯崎のなんのためらいもない切り返しですべて無駄になってしまった。
とうの南川はどういう表情をしているのだろうか。恐る恐るその表情をのぞき見る。
南川は卯崎の核心を突く返答にしばらく惚けた表情をしていたが、やがて、つっと、その瞳から涙が流れ出た。その涙につられるようにしてその表情も崩れていく……っていやこれどうすんだよ。
「ううっ……ぞ、ぞうだよぉ……わだしはぁ……ひっく……しょせんあそばれてずてられるだけのおんなだよぉ……」
「いや、おい、なんだ、その……まだそうだと決まったわけじゃないだろ。噂なんて大抵根も葉もないもんだ。信じる必要はないって」
勝ち気そうな瞳を涙にぬらし、嗚咽を漏らしながら呻く南川をなんとか落ち着かせようとそれらしい慰めの言葉をかけてみるものの、
「でも火のない所に煙は立たないっていうしぃ……」
「うっ、確かに……」
「それにぃ、このまえついに聡くんが別れ話を切り出そうとしてきたしぃ……ひっく、もうおわりだよぉ……」
「そ、それは……」
見事に論破されてしまった。てか卯崎は何してんだよ。事の発端はあいつだろ、と思っていると、その彼女がちょうど口を開いた。
「一つ伺いたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「……っえ? なに?」
未だ涙が止まらない様子の南川だが、どうやら会話は問題なく行えるらしい。そんな南川に、卯崎はこんな質問をした。
「南川先輩は、今でも相田先輩のことが好きなんですか? また以前のような関係に戻りたいと思っているんですか?」
その慰める素振りすらない言葉に、南川は一瞬キョトンとした表情を見せたが、やがて少しだけ顔を赤くしながら返答した。
「……うん」
「それは何故? 相手はもう南川先輩のことなんて好きでも何でもないのかも知れませんよ?」
その容赦のない卯崎の物言いに再び泣きそうな表情になる南川。だが、それは先程の光景の再現、とはならなかった。
卯崎の纏う雰囲気が変わる。それはこれまでも何度か感じたことのある、底の見えない沼地のような、得体の知れない不気味さを感じさせるもの。
ああ、でも、今ならその正体が少しは分かる。卯崎の『目的』を知った今なら。あれはきっと卯崎の『恋愛』を知りたいという純粋な興味、好奇心なのだ。
「……そう、かもしれない。……けど、やっぱり好きだから。簡単に諦めたくない」
俺と同じことを感じたのか、はたまた全く別のことを思ったのか。どちらにせよ、南川はしっかりと確かな意思を込めた瞳を卯崎に向けてそう言った。
それを聞いた卯崎もまっすぐ南川の瞳を見つめ返す。そしてすうっと軽く息を吸う。
「……分かりました、南川先輩。私が……いえ。私たちが、必ず先輩たちの仲を元に戻して見せます」
背筋を伸ばし、毅然とした態度ではっきりと言い放った卯崎。
「……本当?」
「ええ、本当です」
南川は卯崎のそのあまりにも堂々とした態度に安心したのか、次第にその表情は明るくなっていった。
「……うん、じゃあ、お願いします」
「ええ、任せてください」
こうして、俺たちは新たな恋愛相談を引き受けることになったのだった。
***
「……で、引き受けたはいいが、実際どうなんだ。本当に南川と相田の仲を取り持つことは出来るのか?」
どうやら部活の途中で抜け出して来ていたらしい南川がすっきりとした顔で旧写真部を去った後。俺は卯崎にそう尋ねていた。
「さあ、どうなんでしょうか」
「おい」
首をかしげながら返された言葉に思わず突っ込んでしまう。
「あの、卯崎さん? あなたさっきあんな自信満々に『必ず先輩たちの仲を元に戻して見せます』っていってましたよね?」
「言いましたが」
「何か根拠があって言ったのでは?」
「いえ。根拠なんてありませんよ?」
まじかー。すっごい堂々と言い切ってたからてっきり何かあると思ってたんだけどなー。
「ついでに言えば相田先輩の噂についてですが、あれは半分事実です」
「え、そこまで知ってて何で相談引き受けたの」
相田の噂が本当だとしたら状況は絶望的だ。詰んでると言ってしまってもいい。ここから二人を元の恋仲に戻すなど不可能にしか思えない。
「……なあ、この相談引き受けるのやめないか? 出来ないことを出来るって言って意地張るのは良くないと思うぞ。それが出来ないなら、せめて南川に別の人を紹介して新しい恋を応援してやるっていう方向に変えるとかさ」
だから俺のこの主張は正しいはずだ。しかし卯崎はそれに対して首を横に振る。
「いいえ。それはダメです。相談者の恋愛関係に私たちのような第三者が積極的に踏み込んで行ってしまっては正しくその人の恋愛とは言えなくなってしまいます。それでは私の目的を果たせません」
「理由が完全に私的すぎるんだよなあ……」
「それに、今回の依頼は案外解決が簡単なものなのかも知れません。何故なら――」
卯崎が何かを言いかけたその時、本日二度目のドアをノックする音が。
「と、ちょうど二人目の依頼者が来たようですね」
「え、二人目? 俺全く知らされてないよ?」
「良いですから、早く開けてあげてください」
そうせかす卯崎に若干腑に落ちないものを感じながらドアをあけると、そこにいたのは一人の男子生徒。……いや、俺はこいつを知っている。というか今の今まで話題の中心だった。
「……相田」
「え、お前……同じクラスの古木?」
今日二人目の依頼者、相田聡は驚いたように口をあけてそう言った。
***
「つまり、彼女に嫌われているかも知れないと?」
「ああ……」
先ほどと同じく壁に背を預けた姿勢で、卯崎の対面に座る相田に今しがた聞いた相談の内容をもう一度聞き返す。相田の相談内容は主にこういうものだ。
曰く、自分は南川椎名という女子と付き合っているが、最近自分たちの間には距離が出来てしまっていた。それは自分のバスケの大会が近く、彼女との二人の時間が作れていないのが原因であると分かっていたので、彼女の機嫌をとるためにも何か贈り物をしようを思っていた。だが、贈り物が決まり、いざ渡そうとすると、何故か彼女がよそよそしい。そして自分が話を切り出そうとした途端にどこかへ逃げてしまう。そんな状況がしばらく続き、あるとき相田はこう思ってしまった。
……あれ、もしかして俺嫌われてるんじゃね、と。
「いや、嫌われているだけならまだ良い。もし椎名が俺に飽きて新しい男を作ろうとしているんだとしたらと考えるだけで、もう……」
「ああ、それはないから安心しろ」
「は……?」
どうしてお前が知っている、みたいな顔の相田だが、そりゃ知ってて当然だ。だってその彼女はついさっき俺たちの元へ来たのだから。
「ん? ていうかお前、他に遊んでる女の子がいるんじゃないのか」
「は、なんだよそれ。そんなわけないだろ。俺はずっと南川一筋だ」
臆することなくそう口にする相田。その度胸は素晴らしいが、言っていることには全く納得出来ない。
俺たちはついさっき南川から「相田が他の女の子と遊んでいる」という話を聞いたばかりなのだ。本人から違うと言われて、はいそうですかと頷ける訳がない。
「すいません、少し良いですか」
と、それまで沈黙を貫いていた卯崎が話に入ってくる。
「先ほど、相田先輩は彼女であるところの南川先輩に贈り物をしようとしたとおっしゃいましたよね?」
「ああ、そうだな」
「その贈り物は自分の手作りですか、それともどこかのお店で買った既製品ですか?」
「店で買ったものだ。俺には何か作るなんて才能はないからな」
「では、そのお店へは一人で行かれたのですか?」
「……いや、椎名が何が欲しいとかよく知らなかったから、椎名と仲が良い女子何人かと一緒に行った」
そこでふむ、と少し考える仕草をとった卯崎。なに、いつから卯崎さんは探偵にジョブチェンジしたの?
「……なるほど、分かりました」
そして数分の後、コ○ン間違えた卯崎は、そう言い切った。
まあ、さすがに俺もここまでくれば理解する。これはつまり、すれ違い、あるいは勘違いと呼ばれる類いのものだ。
南川の言っていた「相田が他の女の子と遊んでいる」という噂。あれは南川への贈り物を買うために椎名の友人数名と外出していたところを誰かに見られて誤解された、といったところだろう。そういえば卯崎もこの噂は『半分』正しいって言ってたしな。
そして相田が南川に贈り物を渡そうとしたときにとられた態度は、南川が相田に別れ話を切り出されると勘違いした故のものだと推測できる。
ならば解決は確かに簡単だ。違う方向を向いた二人を向き合わせれば良い。俺がそう思ったのと同時に、卯崎が口を開く。
「大丈夫です、相田先輩。私たちが必ず、南川先輩との仲を元に戻して見せます」
卯崎は先ほどと同じく、堂々とそう言った。
「……ああ、頼んだ」
そう言って相田は深々と頭を下げ、旧写真部を後にした。
相田が去った後、再び何かを考え込み始めた卯崎。その表情は深く俯いているせいで判然としない。
「……どうだ、何か解決策は浮かんだか?」
俺がそう声をかけると、卯崎はふいに顔を上げ、その綺麗な双眸を俺に向けて、なんの脈絡もなくこんなことを口にした。
「先輩、デートをしましょう」
「…………は?」
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