第10話

 借りてきた地図を見る。

 東が上の地図だった、横にして眺める。


 ルシィの街から、真っ直ぐ南へ七日から十日の距離に山脈があり、そこの峠を抜けた先に王都がある。

 王都の南は、一日の距離で海だ。

 山脈を背にした都市国家が、その山脈を超えて高原地帯に勢力を拡げた、それがサグレサ国の成り立ちらしい。

 ルシィの街の遥か北には、巨大な山脈が東西へ横たわっていて、そこが文明と魔物の境界だと言う。


 にしても、十数日の距離を荷物を担いで移動はつらい。

 馬車を借りるか、郵便でもあれば良いのだが……



「馬車? うちにありますよ、馬は居ませんけど」

 あるのか。朝からやってきて、朝食を食べながら話をする

「荷運び? 馬借さんに頼みますか?」

 これもあるんだ。

 手紙などは、早馬なら王都メディオラムまで四日から五日。

 決まった二箇所なら、魔法で文面のやりとりも出来るそうだ。

 そう言えば、魔法の世界だった。


 今朝もデザートにチコの実が出た。

 昨夜の妙な空気はもうないが、あれはもう少し一緒に居たいと言う意味だったのか、それとも、もっと一緒に稼ぎましょうだったのか。

 ぼんやりと考えていると、食事を済ませたルシィが言った。

「食事が済んだら、両替商に銀貨を持っていきましょう」

 四千枚ものコインは邪魔だしな、急いでチコの実を口に放り込む。


 一枚五グラムでも二十キロ以上ある、見栄を張らずに台車に乗せてくれば良かった。

 両替商に着いた時には、そう後悔していた。

 大きな建物だ、この世界の両替商は銀行も兼ねるそうだ、そりゃ儲けてるだろう。


 銀貨と銅貨の確認作業から始まった。

 鐚銭、痛みの酷いものや悪貨がここで選別される。

 銅貨の数十枚がそれに引っかかったが、四枚で銅貨一枚に交換してくれるそうだ。


 ルシィは、銀貨のうちの千枚を、ギルドへの支払いに当てるように依頼した。

 店の証明書と本人の印章、それで書類を作り王都の両替商へ送れば、代わりに払ってくれる。

 残りは預けるそうだ。さて、俺の取り分だが。

「これ、金塊に換える事は出来ますか?」

 それは可能だったが、少し損になるそうだ。


 迷ったが、金塊にした。

 金貨を持ち帰るより、売るのが楽そうだし。


 四千枚のコインは、預り証と手の平サイズの金塊になり、帰りは手ぶらだ。

 旅に出るのに、重い貨幣を運ぶ必要はないか。

 帰り道、馬借にも寄ってみる。

 複数人から荷物を預かり、荷台一杯になれば、街々で馬を替えながら運ぶ。

 人の足よりは早いよ、それに護衛も付けるからね、とのことだった。


 家へ帰ると、納屋から馬車を引っ張り出して見せて貰う。

 埃まみれだが、人が寝れるくらいの荷台がある。


 次に、魔法陣の部屋で、ルシィが半分に切った水晶玉を引っ張りだす。

 これも埃が積もってる、掃除はしないタイプなんだろうか。

「あった、あった」と、自慢そうに見せてくれるが、何だろう。


「これで、王都に居る姉弟子のところに、手紙が送れるんです!」

 結構凄いものらしい。

 両替商や大商人は、本店と支店にこれを置いて情報のやりとりが出来る。

 FAXみたいな物だが、水晶を半分ずつ持った2箇所としか通じないのと、維持するマナがとても高いのが難点だそうだ。


「あれ? マナが切れてますね。ちょっと待って下さいね」

 マナを封入してから、水晶の上に紙を置く。

「何も……来てないですね。まあ姉さまは、ずぼらですから」

 似たもの姉妹弟子な気がしてきた。


「じゃあこちらの用件だけ送っておきましょう。近々、そちらに行くことにしました、と」

 書いた紙片を水晶に乗せ、短く詠唱する。

 あとは、別の紙や皮紙を水晶に乗せて、返事を受け取ればいい。


 王都にあても出来た、荷は頼むなり運ぶなり出来そうだ。

 あとは、商品を集めるだけだ。


 自分の世界に戻り、金塊を買い取りに持ち込む。

 買った証明も、刻印もない金塊は、かなり訝しがられたが、何とか買い取って貰えた。

「金を売っても税金はかかるよ。それに、大量に持ち込まれたら、密輸の可能性もあるからね」

 店主から、きっちり警告を受けた。

 これは、次に売る時は気を付けないと。


 それでも五十万円ほどになり、金貨も十四枚残ってる。

 次は商品、今度は時間に余裕があるので、問屋を巡る。

 最低ロットで百単位だが問題ない、卸値なら市価の六割ほどだ。

 前回売れた物を中心に、売れそうな物も、どんどん買い込む。


 前回の5~6倍は揃える、値段は手間賃も込みで倍にしても良い。

 鏡だけで二千個ほど、銀貨二十枚で売っても四万枚、これは倉が建つな。


 床が抜けそうな荷物を、背負って運び、木箱に詰める。

 ルシィが魔法で封をして、馬借に持ち込む、木箱五つで金貨三枚だった。

 大きな馬車に三台分の荷が集まれば、まとめて出発するそうだ。


 あとは、旅の準備と、馬を借りれば良いのだが…‥金が足りない。

 金貨十四枚も半分ずつにすると七枚で、運び賃と馬のレンタルで使い切る。

「これも使ってくださいと」ルシィが金貨を差し出すが、そうもいかない。

 ルシィは、お金が無いと言う割に、無頓着なとこがある。

 俺は食費も払ってないし、翻訳器の代金も払ってない、


 それには、『魔法で富貴を求めず』と言う伝統があると、教えてくれた。

「便利で強力な魔法が使えるだけで、妬みの対象になりますから、魔法の力で権力や富を追い求めるのはやめよう、そう言う教えです。この国で一番の大魔導師さまも、今は北の辺境で、静かに暮らしてるそうですよ」


 なるほど、魔女狩りなんかに発展すると怖いものなあ。

 とは言え、路銀も居るので、荷物の一部を売った。

 市に比べると売れ行きが悪く、買い損ねた人に売れた程度だが、これで準備が整う。


 小さな荷車に年寄りの馬、外套に帽子と替えの服、靴は日本製を用意した。

 野営する気はないが念の為に、食料と水と食器、ランプにナイフにライターなど。

 自力で運ぶ商品とついでに自転車、薪や馬の飼料、あとスコップ。

 馬がやらかした時、馬糞は道端へ除けるのがマナーだそうだ。


 準備が出来て、ルシィは、近所やジエットさんへ挨拶も済ませた。

 さあ行こう、ロシナンテ!

「この馬、雌ですよ?」

 ならパトリシアだ、初めての旅にわくわくする。


 商売以外にも何か起きるだろうか、何と言っても、ここは魔法の世界だ。

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