おれには口がない、それでも長門有希は叫ぶ

 新撰組というのは、現行の日本の政治体制からいうと敵対勢力の保守派私兵集団である。つまり中華人民共和国における中国国民党軍であるとか、ソビエト連邦におけるロシア帝国軍であるとか、それに類する立場であり、しかも、尊皇攘夷を妨げ変化を望まない保守派であったというのに、世の革新派を自称する人たちは、なぜ新撰組を好むのか?というのは、非常に難しい問題である。この問題に関しては、おそらくヒルベルトの23の問題と同じく、全てが解決することはないであろう。


 ハルヒが東京スカイツリーが東京タワーより高いのかどうかを実際自分で確かめるまで納得できない、と言い出して30センチ定規と青春18きっぷ持って東京に旅立って行ったのは3年前のことであるが、先日届いた近況を報告する手紙には、血文字で


「静岡が横に長すぎてまだ静岡から出られない。これが最後の手紙になると思う。みんなによろしく」


 と書いてあった。青春18きっぷの有効期限は確か期間ごとに切れるシステムだった気がするが(青春18きっぷは一年間のうち閑散期に旅行振興を目的として発行されるため、販売している期間とそうでない期間がある)あいつは今どうやって電車に乗っているのであろうか。古泉に聞けばわかりそうなものであるが、今あいつの訳知り顔なにやけヅラを見る気になれなかったので、朝比奈さんに聞いてみると、「涼宮さんは、現在時空の歪みというか、空間の歪みのというか、そういう空間の中を移動しています。今涼宮さんが経験している現象の発見がきっかけで、未来ではそれを「静岡現象」というんですが、言うなれば一種の亜空間航法みたいなものですね。静岡現象は私のいた時代では完璧に解明されていますが、言うなればこの現象は一種の平衡点アトラクタなので、ほおっておいてもいずれ涼宮さんはこちらの空間に現れることになります。涼宮さんが帰ってくるのは私たちの存在する空間の主観時間でざっと七億八五千万年後です。私たちの時代の教科書に載ってました。」

と一息に言うと「あれ?禁則事項なのに喋れちゃった…?どうして…」と困った様子であった。

 ひょっとすると朝比奈さんの禁則事項というのは、「未来世紀ブラジル」のネタバレをした朝倉をカナダに転校させたり、「2001年宇宙の旅」の原作を読んだ後に映画を見て、「謎が多い映画だって期待してみたのに、原作に全部答え書いてあるじゃない!」とぶちキレてたハルヒのネタバレ嫌いの心理が願望実現能力と合わさって、朝比奈さんに未来のネタバレをさせないために行われていた規制なのかもしれない、などと益もないことを思った。「未来のことがわかったら、何にも面白くないじゃない」などというのは、いかにもハルヒの言いそうなことである。


 「涼宮ハルヒのいる異次元空間は、私たちが観測しているこの次元と相対的に光速の90パーセントで運動している。よって涼宮ハルヒが主観において観測する時間は7億8500万年よりも短く、3億3000万年程度になる。」

 長門がいつもの調子で物静かにそう言う。

「例えば涼宮さんを救出に行く、といったことはできないのですか?」

いつも通りのにやけた顔で深刻な雰囲気をまとった古泉が言う。そうだ、俺が言いたかったのもそう言うことだぞ。

「不可能、人間が認識できる10次元だけで考えても膨大な運行パターンが予測される上に、情報統合思念体が認識できる次元数を考慮に入れると、涼宮ハルヒの現在座標の解析は三体問題の解析どころの話ではない。何より情報統合思念体はまだパンチカードの時代のFORTRANを使っているので、そんな高級な演算はできない」

 長門がそう言い放つと、俺はなんだか絶望のどん底へ突き落とされたような気持ちになった。今もまだ落ち続けている。今ちょうど部室棟の二階から一階に降りたくらいの高さだ。

 俺の目の前があわや真っ暗にならんかと言う時に部室のドアを開けるけたたましい音がしたかと思うと

「宇宙の真理を見たわよ!」

 と言ってハルヒが部室に入ってきた。

 無事だったのか!ハルヒ!

「あ、そうそう、涼宮さん、七億五千万年後にタイムマシン理論を自分で発見して帰ってきちゃうんですよね、涼宮さんのタイムマシン理論は私の持ってるPTSDとはだいぶ違って、八七億九千八百七十六億年後の私の時代でもまだ解明されてないんですよ」と朝比奈さんは軽く言うのだった。

何はともあれ、ハルヒが無事帰ってきてよかった。

「涼宮さん、宇宙の真理を見てきた、と言うことは東京スカイツリーが東京タワーより高いと言うことは確認できたのですか?」と古泉が言う。


「何言ってるの!東京タワーの方が東京スカイツリーより高いわよ」



「おれには口がない、それでも長門有希は叫ぶ」完

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