「バナナフィッシュに長門有希の日」
「エラーが蓄積している」
と、長門がボソリと言ったのを、俺はなんとなく覚えている。
ハルヒと見知らぬ子供たちがプールで戯れているのを眺めながら、真夏の憎らしい太陽の日差しに焼かれぼんやりしていた俺の耳には、たしかにそういうような意味合いの言葉が入ってきたのであったように思う。
なんだかこんなことが以前もあったような気がする、などとデジャヴのような違和感を感じながらも、俺はうだるような夏の暑さと、帰り道でまたハルヒたちを自転車に載せて帰らなければならない疲労を思い、このことについて考えるのをやめてしまった。
ハルヒによってブラック企業の営業マン以上に詰め込まれたスケジュールにそって、翌日俺たちは祭に行くこととなった。
夕方の気温は、あの憎っくき太陽なき今となっては幾ばくか過ごしやすいものとなっていたが、アスファルトから立ち上る熱と人波によって、まるで蒸し風呂とでも言った様子だった。
長門は集合するやいなや、開幕ダッシュでお面屋のお面に飛びつき店主にお面代八百円を全て10円玉で投げつけて地面を転がりながら俺たちのところに戻ってきた。浴衣が泥と砂で薄汚れてしまっている。
「ど、どうしたんだ長門…?」
と俺が尋ねると
「今日はメルトロン照射によるフーリエ係数が高い。プラシステモのヘラムナリエラがヨセウナリメカテリオンしているので、カニハルチテリウム温度を遮断するためにお面が急遽必要だった…」
といつもの調子で言うのだった。
いつもよりいくらか饒舌であるようには思ったものの、何も変わることないいつもの長門であることを確認した俺は、いつも世話になっているのだからお面くらい買ってやったのにと思いつつ、両手の人差し指だけで逆立ちして金魚すくいの屋台へ向かった長門を眺めるのだった。
花火を見たんだか、花火をしたんだか忘れたが、ハルヒは大変ご機嫌な様子であったことはしっかり覚えている。長門がハルヒに向かってロケット花火を26連発で発射したり、マウントポジションをとってハルヒの鼻の穴にヘビ花火を詰めて火をつけていたのも、なかなかインパクトが強い絵面であったので、忘れようはずもない。
古泉がカエルの着ぐるみを着た状態であまりの暑さに帰らぬ人になったのも、この夏の暑さを考えれば当たり前のことであったし、朝比奈さんが祭の日に全裸で集合場所にやってきて夏休み最終日まで警察のお世話になったと言うのも、人は暑ければ服を脱いで体温調節をすると言う常識を鑑みれば、やはりこの暑さの中では当たり前のことなのだろう。この辺りに関しては全くデジャヴを感じることがなかったのは不思議であった。
天体観測をしよう、ということになって、そういえば何やらビルの屋上のようなところに望遠鏡を持って言って天体観測をしたのであるが、その時は奇声をあげながら長門が望遠鏡を振り回し、ビルの階段を転げ落ちながら「あれがデネブアルタイルベガ君が指差す夏の大三角」と詩を諳んじたことによって、お開きとなった。
夏休みも後1日で終わるというのに、全人類の使う数年分のエネルギーを無駄遣いしているかのような日差しを、エアコンの効いた喫茶店の窓越しに見ながら、
警察から帰ってきた全裸の朝比奈さんと、古泉の遺影と、電話帳をむしゃむしゃ食べている長門と、ハルヒと俺で、ぼんやりとこの夏休みを振り返ったり、夏休みにやり残したことはないか、などと言ったたわいもない話をしていた。
「あ、そういえば俺、宿題やってねぇ!」
俺がそう言うと、ハルヒも、長門も、朝比奈さんも、仰天動地と言った様子で俺の顔を見て、なんだかとても焦った様子でうろたえたのだった。
「バナナフィッシュに長門有希の日」完
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