勘当されたので塔のダンジョンに登ります。

白桜

プロローグ


「えっと、つまりどういう事でしょうかセシリア姉様」


 セミロングブロンドヘアーに、蒼色と呼ぶに相応しいサファイアカラーの瞳。顔の造形も整っている若い少女、アイリス・D・マルセイユは間の抜けた声で聞いた。


「貴女は自由に生きなさい、という事よ」

「その自由が分からないのですが」

「我が『剣の名家』には貴女は要らないから出て行きなさい、と言っているのです」

「......なぜ急になのでしょうか」

「昨日、唐突に思い付いて」

「余りにも酷過ぎませんかそれ」


 思わず呆れる。だが少女の姉は至極真面目だ。何故なら『唐突に思い付いた』というのは姉妹の中では「ただの建前」という意味を含むからだ。


「次女であるアルテミシアは『槍の名家』に嫁ぎ、長女であるこの私、セシリアは『剣の勇者』は継げずとも、我が子に男子が生まれるまでは『剣の名家』当主。故に、貴女の居場所はないのです。アイリス」

「てっきり私もアルテミシア姉様と同じく何処かに嫁ぐかと思っていたのですが...」

「...その必要が無くなったの。『これ以上の理由』は要るかしら?」


『これ以上の理由』という言葉を強調された以上、何かしらの理由があるのだが十中八九面倒な王家と貴族絡みなのだろう。考えるだけで辟易とするアイリス。


「いえ、ありませんセシリア姉様。お世話になりました。父様と母様にもよろしくお伝えくださいませ。それでは」


 これ以上問答を続けては無駄と判断したアイリスは早々に会話を切り上げて談話室から退出する。廊下に出たアイリスは荷仕度を済ませるために自分の部屋へ足を進める。


 子供の頃よりも明らかに調度品が減った廊下を名残惜しそうに眺めながら部屋に着いてそのまま必要な荷物を麻袋に詰めていく。昔から使っている旅行カバンもあったが、外に出れば貴族とバレて後はご想像の通りの展開になるのは火を見るよりも明らかだ。ドレスの類や貴重品も一切を置いていく。といっても既にいくつか売り払ったのでドレスは2着しか残されていなければ貴重品は指にはめていたこの家の紋章を刻んだ指輪ぐらいだ。


 数瞬悩み、指輪は革紐に通して首から下げる事にした。




 訓練用の丈夫なバトルドレスにレザーアーマーを着込む。数打ちのショートソードを腰に差し、父から貰った鉄の籠手を嵌めればその姿は『剣の名家』と呼ばれる貴族のお嬢様とは思えない、少し裕福な冒険者という格好だ。


「...お世話になりました」


 名残惜しそうに部屋のドアを閉め、玄関へと歩いていく。その途中で初老の執事のバトラーに声を掛けられた。


「アイリス様。どうかセシリア様や父上様をお責めにならないで下さいませ。お二人とも断腸の思いだったのです」

「分かっています。私のような無駄飯食らいを16歳まで置いて下さったのですからどうして責められましょう。むしろ感謝以外ありません」

「私めの力も及ばず、申し訳ありません......」

「まさか!バトラーはこの私にも良くして下さいました。この剣の名家が落ち目なのは誰の責任でもありません。至高神様が、寝ておられるだけなのですから」

「ありがたきお言葉...。このお言葉一生忘れません」


 昔から涙脆かったバトラーがハンカチを取り出して涙を拭う。大袈裟だなぁ、とアイリスは苦笑いした。


 事実、『剣の名家』であるマルセイユ家は剣の勇者の名を継げる男子が生まれなかった。母はアイリスが13歳の時に病死し、長女であるセシリアも未だ子に恵まれない。次女アルテミシアも同じだった。


「お部屋の窓はいつでもお開けしております。......それと先代様からこれを預かっております。幾許かの路銀と先代様がお若い頃に使われたバックラーに御座います」

「バックラーはただの数打ち品だけど、路銀もこんなに...何処から?」

「先代様のヘソクリに御座いまして、このような事態を予測されていたのでしょうなぁ」


 路銀が入っているという袋には三月は安宿に泊まり、三食の食事が食べられるだけの金が入っていた。恐らく長女であるセシリアが生まれた時から溜め込んでいたのだろう。


「先代様、いえお父様にお礼をお願いします。本来であれば自分から赴くのが筋。しかし私はもう勘当を言い渡された身であれば、貴方に言付けを頼む他ありません。頼まれて、くれますね?」

「この命に変えましても、必ず」

「大袈裟ですね。では、至高神と初代剣の勇者の加護が当家にあらんことを」




 くるり、と身を翻しアイリスは玄関を開けて今まで育ててくれた家を振り返らずに屋敷を出て行った。


 バトラーはアイリスが見えなっても最敬礼を持って見送っていた。



「さて、出て来たは良いのですが......どうしましょう?」


 華々しい冒険が始まるのは物語の中だけだ。


 よく外に遊びに出ていたとはいえ貴族のお嬢様。俗世には控えめにも詳しくなければ、この王都から出た事がない。更に言えば社交界には一応とはいえ出席してた身である。実家もある王都で何かしらの活動をする気はなかった。


「であれば、行き先は王都の外。出来れば辺境の地。あまり治安が悪くないところ」


 王国の地理は頭の中にあれどそれは地名のみで治安なんぞは全く知識にない。せめて執事に聞いてくるべきだったか、と早速後悔するアイリス。

 悩んでいても仕方がない、と思い立った彼女は適当に選ぶことにした。

 剣を地面に立てて、倒れた方に行く。

 昔から道に迷えば必ずこの方法だった。

 立てた剣が倒れる。剣先は北と東の間を指していた。


「......北東。となれば」


 一瞬立ちくらみのような軽い目眩を起こしながらアイリスは立ち上がり、北東の方角を見る。

 王都の中心にある噴水の広場。その先を見れば雲を突き抜けそびえ立つ塔があった。


 通称、『バベルの塔』。


 冒険者達が最上階に眠ると言われる古き神々の秘宝を求め、日夜生死を掛けた冒険を繰り広げているというダンジョン。噂話でしか聞いたことがないが、その噂話には何度も心躍らせていた。


「決まりです!バベルの塔を登る冒険者!くぅー、燃えてきました!姉様達には感謝せねばなりませんね!」


 元々感謝していたし、実家に足を向けて寝る気もなかったがもしかしてもしかすると仕送りも出来るのではないかと考えただけでもう顔が笑顔に歪む事を止められない。


「そうと決まれば駅馬車を探さなくては!目指せバベルの塔です!」


 グッと薄い胸元の前で握り拳を作り、決意を新たにするアイリス。


 彼女の冒険は未だ始まっていなかった。

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