檻の中から見るそら
三倍酢
SFショートショート
「博士、全ての最終確認を終了しました」
「うむ、ありがとう。さあ君も、ここから去りたまえ」
「いいえ。わたしも、是非、最後まで見届けさせてください」
そうか、と呟いたきり、博士は黙る。
この助手、いや弟子とも長い。
この計画の準備の前から、三十年以上の付き合いになる。
一度言い出すと聞かないことは、お互いに良く理解している。
博士の計画は、あとボタン一つで終わる。
この超高速のロケットを発射すれば、全ての結果を得る。
成果があるかは分からないが。
この星を囲った檻が初めて確認されたのは、飛行機が初めて空を飛んでから十数年後、世界大戦の真っ最中だった。
突如、レシプロ機がほんの数秒、全力で上昇しただけで、全て撃墜されるようになった。
最初は、敵の新兵器だと、両陣営で大騒動になったが、原因はすぐに判明した。
宇宙からの攻撃だった。
戦争どころではなくなった。
宇宙人が攻めてきたのだ、世界は持てる力を全て結集しなければならぬと、厭戦気分を払拭して、別の興奮が人々を包んだ。
だが、宇宙からは何も降りてこなかった。
それからの数十年、世界中が協力して、叡智と努力を謎の解明に注ぎ込んだ。
戦争などしなくとも、科学技術は長足の進歩を遂げた。
答えも得た。
この星の外に、数千数万もの物体が浮かんでいて、高高度を飛ぶものに、レーザーや質量兵器を投げつけていたのだ。
飛行を止められた科学にとって、高高度とは、僅か数千メートルの上空でしかない。
「助手よ、これが何か分かるかね?」
博士は、長さ三十センチほどの針状のものを取り出す。
「もちろん分かります、檻が投げる槍の一部ですね」
この檻を突破しようと、様々な方法を試してきた。
耐熱鏡面加工した気球や飛行機、次いで超音速のロケット、飽和を狙って一万を超える物体を浮かべたり飛ばした事もあった。
しかし全て失敗した。
地上から数百kmから三万六千km、ここに縦横無尽に張り巡らされた迎撃網に、全て探知されて追い返された。
特に、高速物体を撃ち出した施設は、直接破壊されたりもした。
人々は、これで諦めた訳ではなかったが、地上の整備を優先することにした。
輸送網の建設と生産物の効率的な配分、地域や国家間の結びつきは強くなり、平和と発展を享受することが出来た。
だが、他の銀河の観測や、宇宙の成り立ちにまで学問が進んでも、いまだに月どころか、宇宙空間にも到達出来ないでいた。
「よくそんなものが手に入りましたね。本物ですか?」
助手が聞く。
「わしくらいになると、向こうから持ってくるでな」
博士の専門は天文学。
この檻を形成する物体の研究を進めた結果、これに対抗するよりも、高速輸送や真空輸送チューブなどの開発を提案し、多才な業績を打ち立てた、二十世紀を代表する科学者・技術者であった。
宇宙からの槍を手にして、博士は続けた。
「この金属じゃが、組成や同位体を調べた結果、この星由来のものじゃった」
助手が驚きの声をあげた。
この檻が、宇宙人のものか古代人のものか、今も議論がある。
これだけで断定は出来ないが、少なくともこの地上から打ち上げられたものだ。
「かつて宇宙に行った人々、いや生命体が、居ったとしよう。何故わしらの邪魔をするのか、わしにはそれが許せん。せめて、宇宙に一片なりと足跡を残したい」
博士は、莫大な私財を投げ売って、この施設を作った。
二大超大国の了承と協力を得て、絶海の孤島に建設したリニアレール、ロケットと燃料、一人でも運用が出来る設備。
己の力で宇宙へ、それが老博士の最期の願いだった。
レールの端にロケットを設置する。
頑丈な、銀色に輝く先頭部を持ち、レーザーにも耐えるだろう。
これを音速の数倍に加速して発射する。
そこからブースターを使って、十数秒で大気圏を超える。
その先はまだ誰も知らない。
「では行くぞ」
博士と助手は、二人きりでカウントダウンを始める。
10・・・・5・3、2、1
「発射」
助手の合図でロケットが加速する。
あっという間にレールを使い切って、天へと軸を向ける。
一斉にレーザーが降り注ぎ、音速の数十倍の槍が後に続く。
ロケットはランダムな機動でそれを躱す。
人も乗っていない、衛星軌道に乗せる事も目的としてない、単純な作りだから出来ることだった。
加えて、多段式に作られたロケットは、数秒毎にブースターを切り離すと、その度に速度とコースを大きく変える。
「行け!行け!」
博士の熱を帯びた声援に応えるかのように、ロケットは遂に高度百キロを超えた。
記録のある限り、新記録だ。
最後の一段を切り離し、先頭内部の、最後の燃料に引火する。
身軽になり、空気の抵抗がなくなった弾頭は、檻の隙間を突き抜けてゆく。
もうこの星系にも戻る事はない速度で、宇宙の彼方へ消えていった。
「や、やりましたね、博士!」
博士は、助手の言葉に涙で答えるのみだった。
直ぐにこの施設へ攻撃が来るだろう、博士と助手はがっちり握手をしてその時を待つ。
だが、五分待っても三十分待っても、何も降って来なかった。
この星を囲む檻は、無くなっていた。
作られた理由も、無くなった理由も分からないが、フロンティアを得た。
これから宇宙開発が加速度的に進む。
我々の未来は明るいと、誰もがそう感じていた。
偉業から数年後、不動の名声を確保した博士だが、あらゆる国家と企業の誘いを断り隠遁していた。
手にした新聞には、『二大超大国間で緊張高まる』『戦略空軍創設』『相互確証破壊』などの勇ましい文字が踊る。
「わしらは正しい事をしたつもりじゃったが、新たな災厄の箱を開けただけかも知れぬな。あれは檻でなく、箱をしっかりと閉める鍵だったのかもな」
誰に言うでもなく、博士はつぶやいた
檻の中から見るそら 三倍酢 @ttt-111
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