第245話 木葉との再会
レベル5クラスに在籍している山宮学園の生徒とは、すなわちこの国でも屈指の才能と実力を認められた生徒とも言い換えられる。
毎年30人のレベル5と認められし逸材が全国から集められ、彼ら彼女らは3年かけて粗削りな原石から金の卵へと化ける準備を進める。そしてこのレベル5専用校舎は、そんな彼らの成長を全面的にバックアップするための施設でもある。
「直人さんの言う人って、もしかして実地演習の時に直人さんと一緒に居た⋯⋯」
「ああ。俊彦は一度会ってるんだよな」
現在直人は俊彦を連れて1年レベル5クラスのテリトリーに足を踏み入れていた。
何故俊彦を連れているのかというと、直人はレベル5クラスの人間ではないので直人一人では入ることが許されないからである。
「普通クラスの待遇だけでも馬鹿げてると思ったが、レベル5はもう常識的に高校生に与える待遇じゃないな」
「あはは⋯⋯やっぱりそう思いますよね」
そう直人が話すのを、苦笑気味に返す俊彦。
直人はレベル5クラス生がどんな環境で授業を受けているのかを見るのは初めてだ。だからこそ、その異次元な環境差に思わずそんな言葉が漏れてしまった。
レベル5専用校舎では、”学年ごとに”校舎が用意されている。
それも3,4階建ての横に長いありきたりな校舎ではなく、100階建ての全面ガラス張りになっている超高層建築で、客観的に見れば都心のど真ん中にあるオフィスタワーが広大な敷地の真ん中に三棟建っているように見えるのである。
それぞれ1年生、2年生、3年生のレベル5クラスのためだけに建てられたその建物はまさに近代技術の結晶たる威厳だ。とても高校生の校舎とは思えない代物である。
そしてこの校舎にレベル5クラス以外の人間が入ることは原則許されない。今回は許可を取って直人は入ったが、俊彦とテリーの力添えがなかったら門前払いだった。
校舎の内部は極めて複雑になっており、俊彦の案内がなければ迷子になってしまいそうだ。各階にある教室は直人の使っている高性能デスクが当然のように並べられており、見たことのない使用用途の不明な機材も多数揃えてあった。
そして俊彦の案内でエレベータに乗り込む直人。
このエレベータも俊彦の持つレべル5クラス生専用の学生証がなければ動かすことすら出来ないものだ。
「ここには室内プールとかジムもあるんです。基本学校が開いている時間はいつでも使えて、運動終わりに体を流すバスルームとか食堂も近くに用意されているのでこの中だけでやりたいことは何でも出来ちゃいます」
そんな俊彦の説明を聞いている内に直人の目的地にたどり着く。
授業も終わり、人の姿も疎らなその場所を直人が指定したのにはある理由があった。
「絶対にアイツはここにいるはずだ」
「ここって食堂ですよ? 授業もとっくに終わってるし、宿舎に帰っちゃってるんじゃ⋯⋯」
直人が真っ先に足を運んだのはレベル5クラス生しか入れない専用の食堂だった。
因みにこの食堂では日替わりで一流シェフが調理した料理が振舞われており、料金はタダである。また栄養にも十分に配慮されたメニューが提供されており、生徒が望めば各々の事情に配慮してメニューを変えるなど、至れり尽くせりの食堂である。
「あれっ? あそこに人混みがありますよ?」
すると食堂の一角に10人くらいの人混みが見えた。
どうやら誰かを囲んでいるようで、よく見ると人の輪の中心には誰かが何かを食べているようだ。
「ビンゴだ。行くぞ俊彦」
「え? は、はい!」
それが目当ての人物だと確信した直人は群衆に近づく。
そしてやや背伸びして中心にいる人物の顔を見た直人は言った。
「久しぶりだな、木葉」
すでにホールケーキを5つ平らげ、巨大ロールケーキを恵方巻の如く端からムシャムシャと頬張っている超甘党の正体は南木葉だった。底無しの木葉の胃袋に同級生たちもたまげていたようで、中にはセコンドの如く水を持って木葉の食事のサポートにまわっている人までいた。
するとここで、木葉の目が直人の方を向く。
「ほひはひふりへす」
ゴクンと口の中のものを飲み込む木葉。
控えていた後ろの生徒から水を受け取ると一口飲んだ。
「少し食べ過ぎじゃないのか?」
「甘いものは別腹です。いくらでも食べれます」
直人の声にそう返す木葉。
木葉の存在は早くも直人の耳にも届いていたので、彼女が良くも悪くも"いつも通り”であることは十分に理解していた。入学時の総合成績は椿に次ぐ第二位で、早くも1から3年生までの全学年が注目する人物の一人になっているこの木葉。
その一方で"バキュームカー"の異名が付くほどの食堂荒らし、入学式を寝坊でサボった前代未聞の現役DH、制服を着ずにパジャマで登校、極度の機械音痴で高額機材を多数破壊、なのに初日の模擬試験は最優秀だったなどなど、やりたい放題の彼女は早くも山宮学園でもキワモノの地位を確実にしていた。
そんな木葉は突然の直人の登場に驚いていないようだが、周りの1年生たちは一体直人は誰かというような視線を直人に向け始めた。
「皆さんに紹介します。この人は⋯⋯」
すると木葉は周りの同級生たちに言った。
「私のパートナーこと葉島直人さんです」
「パ、パートナー!?」とざわざわし始める面々。
直人は何か妙な勘違いをされているのではないかと思ったが、どうやら木葉はその返しに一片も変な所はないと思っているようなのでそれ以上は何も言わなかった。
だがここで直人を見て近づいてくる人が一人いた。
「もしかして、あの葉島直人先輩ですか!?」
「先輩」付けで呼ばれるのは初めてだった直人。
話しかけてきたのは1年生らしき少年だ。この建物内にいるということはレベル5クラスの生徒だろう。それに直人は頷いた。
すると少年は大喜びの表情で続ける。
「スターズトーナメントで先輩のことを知りました! 握手してください!」
”違う顔の時”は幾度となく握手に応じた直人だったが、こちらの顔の時に握手を求められたことなど一度もない。慣れなさを感じつつも直人は右手を差し出すと、少年はその手をガッチリと握り感触を確かめるように何度も力を入れては抜いてを繰り返している。
「⋯⋯もういいか?」
「はいっ! ありがとうございました!」
暫くしてようやく解放された直人。
すると少年は直人に自己紹介する。
「僕は
東一というその少年に、「葉島直人だ」と簡潔に返す直人。
するとその少年、一だけでなく周りの1年生までもが直人を見て反応し始める。
「葉島ってあの⋯⋯」
「聞いたことある! レベル1クラスから本戦に出てた人だ!」
「異能が使えないのに本戦で勝ち上がったって本当なんですか!?」
スターズトーナメントの広報力は相当なもののようで、あっという間に直人は好奇心旺盛な1年生たちに囲まれてしまった。大会によって得た自身の知名度を完全に舐めていた直人はその対応に困るが、ここで助け舟を出したのは俊彦だ。
「あ、あのー、その人が南木葉さんですかあ⋯⋯?」
そう呼びかけた俊彦。
すると今度は俊彦を見てまたもや面々がざわつき始める。
「魔眼使いの目黒先輩!?」
「あの人も本戦に出てたよね⋯⋯」
「俺知ってるよ! 仁王子先輩との死闘はかなり話題になってた!」
1年生の群衆を二分する形になってワイワイガヤガヤと直人と俊彦は囲まれてしまった。「おいどうする?」と目で俊彦に目配せする直人だが、当の俊彦はこの手の対応に慣れていないようで完全にてんてこ舞い状態に陥っている。このままではらちが明かないと思った直人は、1年生たちに口を開いた。
「俺たちは木葉に用があって来たんだ。悪いが、少しだけ席を外してくれないか?」
早急に人払いを始める直人。俊彦にも手伝ってもらい1年生たちを木葉を除いて全員食堂から出ていってもらうと、直人、俊彦に、木葉の3人だけでケーキが片付けられた食堂のテラスの一角に座って向き直った。
そして、直人が今回の要件について木葉に告げる。
「木葉。お前に生徒会執行部に入って欲しい」
生徒会執行部の職務内容を木葉に説明する直人。そして、荒事に慣れている上に現役のDHでもある木葉なら確実に抑止力になると考えたとも付け加えて説明した。
「いーですよ」
すると木葉はあっさりと快諾する。
横の俊彦は説得が難しいものになると考えていたようで「本当ですか!?」と逆に木葉に問いかけたが、それに対して木葉は頷く。
「直人さんは将来のパートナーですから。直人さんが言うならやります」
「パートナー?」と今度は木葉の言葉の意味を問うべく直人に視線を向ける俊彦だったが、「気にするな」とだけ直人は答えた。
すると木葉はショートケーキを3つ持ってくると直人と俊彦にも配った。
「一緒に食べましょう」と言うやたったの一口で大きめのケーキを平らげる木葉の超人芸に唖然とする俊彦に対して、直人はチマチマとフォークでケーキを突いている。
と、ここで口に入れたケーキを飲み込んだ木葉が言った。
「でも意外です。直人さんは椿さんの所に行くと思いました」
すると直人は手を止める。
「椿は⋯⋯いつまでもここに居るわけじゃないからな」
彼がそう言うのにはある理由がある。
中村椿。実は彼女も山宮学園への入学を果たしていた。
入学生主席であり、DHとしての実績も持つ彼女のレベル5入りはいわば必然。当然椿は生徒会入りし、山宮の看板として育ってもらう予定であるはずだった。
だが直人は椿にこの話を持ち込まなかった。
いや正確には、”持ち込む意味がなかった”のである。
「椿がこの学校にいるのは今年の8月までだ。8月いっぱいで山宮学園を辞めてノースロンドン・ハンターカレッジに椿は入学する。椿が生徒会に入っていないのも、椿が学校をすぐに辞めるのが既定路線だからだろう?」
直人は健吾から椿がノースロンドン・ハンターカレッジへ入学することが正式に決まったことを伝えられていた。ただし山宮学園から推薦を貰った手前、推薦を無下にするのも好ましくないという事情の板挟みを解決するために、椿は8月までの期間は山宮学園の所属としてこの学校に通うことになったのだ。
そのため、首席入学という立場ながら椿は生徒会には入っていない。
代わりに
「木葉が生徒会の役員候補になってないことの方が俺には意外だ」
そう話す直人は、既に今年の1年生で生徒会入りが確実となっている3人の1年生の名前を健吾を通じて知っていた。
瀬古冬輝に続き、
「言われましたよ。役員にならないかって」
対してそう返す木葉。
どうやら話自体は持ちかけられていたらしい。
が、話を聞き進めていくとどうやらこの木葉は、役員になってからの公約として「授業の全撤廃」だの「授業間のおやつタイム導入」だのと好き放題な公約を掲げると宣言してしまったらしく、生徒からのウケは大変に良かったもののそれが実現することを恐れた教師陣によって生徒会入りは無かったことにされたらしい。
「だから、雛森さんの代理補佐って役になっちゃいました」
役員から補佐に格下げされてしまった木葉だが、それを特に気にはしてないようだ。元々、そういった役職にも木葉は興味がないのかもしれない。
と、ここで学校の閉校時間を告げる鐘の音が聞こえてきた。
見ると時刻は夜の19時に迫っている。すると俊彦は慌てたように直人に言った。
「直人さん! もうすぐ最後のバスが出ちゃいます!」
レベル5専用校舎から山宮本校舎に戻るバスが出るのは、19:00時発のものが最終バスだ。それ以降はかつてレベル1クラスメンバーでここに来た時のように一般のバスを使って戻るしかない。
おまけにレベル5クラス生は近くの宿舎で一晩泊っていくことも出来るが、直人は不可能だ。つまり最後のバスを逃せば自力で帰るか野宿するしかなくなるのである。
「すまないが時間がない。後のことは別の日に話そう」
そう木葉に言い残すとダッシュで直人は下の階へと続く階段へ走る。
後ろから俊彦の『エレベーター使わないんですかあ!?』という声が聞こえてくるが、直人は”滑り降りた方が"遥かに下に行くのが早い。チラリと最後に横目に振り返ると木葉が直人に手を振っているのが見えた。
パルクールの如く階段を踊り場飛ばしで駆け下りていく直人は、ほぼ垂直落下と変わらない速度で瞬く間に一階へとたどり着く。この芸当を誰かに見られるのは避けたい直人だったが、幸いなことに人気はない。1年生専用校舎を駆け足で出ると、直人は周囲を見回してバスの停車場所へと駆け出そうとした。
が、その時である。
「結構よ。私は一人で十分だわ」
聞き馴染みのある声が何処からともなく聞こえてきた。
直人の鋭敏な感覚はレベル5専用1年生校舎の人目に付かない場所の方に、二人の人の気配があることを感じ取る。
(この声の主は⋯⋯)
どうやら話している二人は直人の存在には気づいていない。
バスの出る時間が迫ってるのは分かっていたが、直人はその隠れている二人の存在にどことなく普通ではない何かを感じ取っていた。ハライとサグリの二つの五大体術を用いると直人は自身の気配を消し、同時に二人の気配を探りながら身を潜める。
「何故貴方はそんなに私に付きまとうのかしら?」
(この声は若山さん?)
凜とした女子の声は、疑いようもない若山夏美のものだった。
彼女もまたレベル5クラスへの昇格を果たしてここに来ている。それを知っていた直人は夏美の存在を認めつつも相手の気配を更に探る。
「若山夏美さん。貴方は自分の中に眠る才能に気付いていない。貴方の中に眠るそれは、山宮学園の凡庸な異能開発では永遠に目覚めることはないでしょう」
そしてもう一人の声を聞いた直人は思わず腰を浮かす。
夏美と一緒に居るのは、大道和美だったのだ。
「私の元で研鑽を積むのなら、貴方はすぐに眩いダイアモンドとなるでしょう。私は貴方がこのまま有象無象の一人になることを見過ごせないのです」
「何度言われても同じよ。話に乗る気はないわ」
話を聞くに、和美は彼女に相当な才能を感じているようだ。
過去のことを思い返すと、前にも和美は夏美に興味を持っているようなことを口にしたことがある。しかし何故和美はそこまで彼女に執着するのか。
「ならばこうしましょう。私が若山さんに偉大な力が秘められていると断言できる明確な理由を説明します。その上で、もう一度返答して頂くというのはどうですか?」
「⋯⋯時間の無駄よ」
「好奇心旺盛な貴方にとっても有益な話だと思いますよ。恐らくこれから私が話す内容は、この学校のどの生徒も知らない話になるでしょうから」
「⋯⋯⋯」
その言葉に夏美は黙っている。
肯定はしないが否定もしない。暗に続きの話を聞くと伝える言外の返答だった。
すると和美は話し始める。
「今日、山宮学園の生徒全員の『AP』を計測させていただきました。若山さんもその一人ですね?」
異能力者の力量を総合的に反映する『AP』という新基準。
学校はそれを以後の異能教育の目安にするという名目のもと学校全員の能力値を計測しているが、肝心の数値は生徒たちに伝えられていない。
「つい先ほど、山宮学園生全員のAP値の集計が終わりました。なお全教員には生徒たちに集計されたAPは一切公表しないように厳命されていますが⋯⋯若山さん、貴方自身のAP値がいくつなのか知りたくはありませんか?」
すると和美のそれに夏美は即答した。
「知りたいわね」
夏美に限らず全員が知りたい話だろう。
かくいう隠れ聞きしている直人も知りたい話だ。といっても直人がそれを知りたいのは、自身の成長のために目安を知りたいという教育的理由ではないのだが。
すると和美は言った。
「貴方のAP値を教えて差し上げましょう。きっと驚くと思いますよ」
そして、彼は夏美に告げる。
「計測結果は『エラー』です。若山さんからは数値を測定できませんでした」
「⋯⋯それはどういう意味? 私の力が強すぎるから? それとも弱すぎるからかしら?」
すると和美は少し思案するように間を開けると言った。
「AP値は、ごく一般的な異能力者ならば『1000』と表示されるように調整されています。皆さんに提供した計測バンドは『500~9999』が計測範囲ですので、エラーが表示されたということは考えられるパターンは二通り。つまり"異能力者として落第級"か、若しくは"超怪物級"かのどちらかです」
さらに和美は言った。
「俗に一流と称されるDHのAP値がおよそ『6000』ですので、10000を超える能力の持ち主となると、それは文字通りワールドクラスでしょう。しかし貴方はエラーを計測してしまった。少なくともあのマシンは貴方をそう見ている」
だが夏美はその言葉にも鼻を軽く鳴らすだけだ。
そして彼女は興味なさげに和美に問いかける。
「ところで、その”ワールドクラス”は私だけなのかしら? 私は機械の誤計測だと思うけど、もしそうならエラーを出した人は他にもいるんじゃない?」
すると和美は再び間を開ける。
その後続けた。
「はい、居ますよ。恐らく若山さんもご存知の方々です」
そして和美は思わぬことを夏美に告げる。
「中村健吾君と、葉島直人君。この二人が『エラー』を計測しました」
「中村君と葉島君⋯⋯?」
思わぬ形で飛び出した自身の名前。
だがそれを聞いて直人は思わず安堵する。
少なくとも具体的な数値でAPを算出されることは回避できたからだ。
「山宮学園はこのエラーについては体質によっては計測が正しく出来ないのだろう、と結論付けています。実際、計測バンドの試験段階でも体質次第で計測が正しく行われないことはあったそうです。最も葉島君に関しては、異能が使えないという特異性も含めて実力相応なのではないかと考える教員が多いようですが⋯⋯」
「なら私もその一人じゃないかしら?」
さもことも無さげにそう言った夏美。
だが、和美はそう思っていないようだ。
「本当にそうでしょうか?」
カツン、と乾いた音が聞こえてくる。
和美が一歩前に夏美に歩み寄った音だ。
「私はこう考えました。今回発現したエラーは、"潜在的に隠された何らかの力"が形となって現れたのではないかと」
「⋯⋯それは貴方の独りよがりな妄想よ。論理的な発想じゃないわ」
「妄想が論理を超えることがないと決めつけることこそ知識故の傲慢でしょう。もし私の"妄想"が正しければ、貴方や中村健吾君、そして葉島直人君には現代異能では説明のつかない何かが隠されているということになります」
と、その時だった。
突然夏美が小さく何かを呟いた。
「現代異能では説明がつかない⋯⋯⋯」
「どうしましたか?」
「前に一度、そんな話を聞いたことがあるような⋯⋯」
過去の記憶を辿っている様子の夏美。
和美、そして直人も彼女が結論を導き出すのを待つ。
「⋯⋯思い出せない」
が、夏美はそれ以上は思い出せなかったようだ。
すると和美は夏美に言う。
「貴方に隠された力。私はその正体を知りたいのです。偉大な可能性を秘めたエラーを機械の誤計測などと呼ぶ創造性の欠片もない学校には若山さんのことを任せてはおけません。しかし私となら、その新境地に少しでも近づけるかもしれませんよ」
「どうですか?」と優しく問いかける和美。
それを聞いて夏美は何か考えている様子だ。
和美の説得に心を動かされたのか。
それとも自分のこだわりを貫きたいと葛藤しているのか。
そして、沈黙の時間は1分ほどかかっただろうか。
「⋯⋯考えてみるわ」
強硬な黒の態度から、グレーへと変わった夏美。
それを聞いた和美は口調からも嬉しそうに言う。
「いつでもお返事お待ちしていますよ」
そして、二人は解散していった。
和美は最後に周りを見回すように視線を動かしていたが、人の気配を感づくことはなかったようでそのまま何事もなく去っていった。
「⋯⋯⋯エラー、か」
物陰で隠れていた直人。
そう呟きながら自身の端末に表示されている時刻を見る。
バスの出発時刻はとっくの昔に過ぎていた。
「今日は家までランニングだな」
そう呟きながら立ち上がる直人。
自身の能力値がエラーと判定されたのは単純に直人の力が『10000』以上だからだと推察していたが、一体健吾と夏美のエラーの正体は何なのか。
それとも健吾と夏美には共通した『何か』があるのだろうか。
(⋯⋯考えるだけ無駄か)
例えそれが何であろうと自分の日常に影響はない。
実力を表すというAP値も彼にとっては知らずとも良い話である。
そしてフォールナイト目指して走り出す直人。彼にとっては目先の数値など所詮小さな世界の中での尺度の一つでしかない。直人にとっての判断基準はあくまで戦った末にどちらが立ち、どちらが倒れているかであり、彼は常に”立つ側"だった。
(⋯⋯つまらない人間だな。俺は)
そんな自分にどことなく空虚さを感じた直人はふと心の中で思う。
いつか直人が心の底から対等と思える存在と戦える時は来るのだろうか。
もしその時が来た時、自分はどんな心境で戦いに臨むのか。
ふと浮かんだその疑問に答えを出すことが出来ぬまま、直人はレベル5専用校舎を去っていった。
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