第180話 和美の介入
山宮学園での直人の立場は、ほんの少しだけ変化があった。
先日のスターズ・トーナメントでの直人の活躍が多くの人の目に入ったこともあり、直人の名前は多くの生徒の知るところとなっていたのだ。
「アイツだよ、今噂になってる一年って」
「でもレベル1クラスだよな? そんな奴がどうやって本戦まで⋯⋯」
「八重樫先輩を倒したのもアイツだよ。マジで何者なんだ⋯⋯?」
ヒソヒソと陰口が聞こえてくるのを今日も無視して、直人は教室へ向かう。
今年の1学年レベル1クラスはかなり異質な存在として学校中で認知されていた。
健吾が生徒会の役員となり、夏美は最高位レベル5クラス相当の実力者、そして直人は他学年生を差し置いてのスターズ・トーナメント本戦出場。そのいずれも今までほぼ例がない事案なだけに校内でも話題になっていたのだ。
しかし当の本人たちはそんな雑音も気にせず日々の生活を続けている。
「そこのお前、止まれよ」
と、ここで直人の後ろから声が聞こえてきた。
振り返る直人。するとそこには3人の男子生徒がいた。
「葉島直人ってお前だろ?」
「⋯⋯どなたですか?」
鬱陶し気に言葉を返す直人。
見たところ彼らは直人と同級生だ。ここ最近は他クラスの生徒に絡まれることがない平和な時間を過ごしていただけに、直人もやや不快気な様子である。
「もうすぐ授業が始まるんで、話なら早く済ませてください」
「何だよ、レベル1のくせに強気だな。噂になってるからって調子に乗ってるのか?」
「噂になってるのは俺が頼んでるわけじゃないですし、こちらも余計な注目を浴びるのは面倒なんですよ」
しかし男子生徒たちは、むしろそれを聞いて直人への敵意が増した様子だ。
その表情からは明確な直人に対する悪意が感じられた。
「聞いたかよ。『余計な注目を浴びるのは面倒なんですよ』だってさ! 三下のレベル1が舐めた口きくな!」
ドスッ!と直人の腹部にローブローが突き刺さる。
どうやら彼らは久々の暴力的な客人のようだ。
だが直人の態度に苛立った相手からの洗礼を、直人は抵抗せずに受け止める。
「⋯⋯つッ!!」
そのローブローは、矛先の直人ではなく打ち込んだ本人に衝撃として跳ね返った。鉄の如き直人の肉体は、所詮多少喧嘩慣れしている程度の人間で傷つけられるようなものではない。
見事にその拳は直人の腹筋に跳ね返された。
「腹に鉄板でも仕込んでんのかよ⋯⋯!!」
直人の周りを取り囲む生徒たち。
一人でダメなら四人で潰す魂胆だろう。
正直、直人はこの手のトラブルにも飽きはじめていた。
もういっそ彼らの気が済むまで殴らせてみようか。どうせいかに無抵抗であっても大したダメージにはならないんだからと頭で考える直人。
「やっちまえ!!」
そして威勢のいい声と共に飛び掛かる輩たち。
だが、その時だった。
「やめなさい。喧嘩は良くありませんよ」
穏やかな、それでいて何処までも通り抜けていくような男性の声がした。
知らぬ間に彼らの傍には、長身の男性の姿がいる。
現れたのは、1学年レベル4クラス担任の大道和美だった。
「公衆の面前で殴り合いとはお行儀が悪いですね。それとも、そうせざるを得ない程の事情があるのですか?」
すると直人を囲む生徒たちは一斉にしどろもどろの様子になる。
それは彼らの蛮行を『無視してもらえなかった』ことに対する困惑だろうか。
「君たちは私の教えるレベル4クラスの生徒ですね? 貴方方と葉島直人君には明確な接点を感じられないのですが、何故こんなことを?」
「いや、それはその⋯⋯」
男子生徒の一人がそう絞り出すように言う中、和美は直人を囲んでいた男子生徒の一人に目を向けた。その生徒の手にはカメラ付きの端末が握られている。
「それは何ですか? 喧嘩の時に相手にカメラを向けるのは不自然ですね」
「そ、そ、それは⋯⋯」
フウと息を吐き、彼らを一瞥する和美。
そして静かに言い放った。
「貴方達のことは生徒指導部に報告させてもらいます。如何なる理由があろうと暴力を振るうなど言語道断です」
「な、なんで!? だって今までは別に⋯⋯!!」
「『今まで』とは何のことでしょうか。まさかこの学校に蔓延している理不尽な下級クラス生への排斥行為を容認する風土があることについてですか?」
ここで和美の視線が僅かに険しくなる。
それを見た男子生徒たちは、戦慄するように身をこわばらせた。
「問答は無用です。今すぐ自分たちの教室に戻りなさい」
それはこれ以上話すならこちらも手加減はしないという和美からの言外のメッセージだったのかもしれない。彼らもそれを察したのか、まるで逃げるかのように教室へと戻っていった。
「ありがとうございます」
それに対して直人は助けてもらった礼を言う。
「その落ちつきでは、彼らの恫喝にもさほど恐怖は感じていなかったようですね」
一転して穏やかな様子に変わった和美は、先程の男子生徒たちが消えていった方向を見ながら口を開く。
「恐らく彼らは、葉島君を策に嵌めるつもりだったのでしょう。挑発され、怒った貴方が彼らを攻撃するところを撮影して生徒指導部に提出すれば、貴方は間違いなく退学にされていたはずです。それを分かっていたから、抵抗しなかったのでしょう?」
実際はそこまでは考えていなかった直人。
しかし彼はコクリと頷いた。
「この学校では、上級クラスの人間の行動は半ば理不尽に正当化されます。だから下級クラス生は『権力』を得るために上に成り上がろうとしますし、結果的にはそれが強い向上意識を生むことにも繋がります」
と、ここで一度言葉を区切る和美。
そして直人を再度見ながら言った。
「しかし、それは時に成り上がりかねない有望な人間を潰す悪意の温床にもなるのです。自分を追い落とす可能性のある人間を、早い段階で叩いて潰しておこうと考える、それこそ先程の生徒たちのような人間が現れるのは容易に想像できます」
それを聞いて、直人も先程の男子生徒たちの行動がただの嫌がらせではなかったことに気がつく。つまり彼らは直人の活躍に自分たちが追い落とされるという危機感を感じていたのだろう。だから、失脚させるために直人を襲ったのだ。
「彼らは今後の成績次第ではレベル5への昇格もありえる人たちだったのですが、きっと葉島君の活躍を見て、その座を奪われると思ったのかもしれませんね。どちらにせよ、あのような蛮行をする人間を私は上位クラスに推薦しようとは思いませんが」
冷徹に思えるほどにハッキリとそう口にする和美。
するとここで和美は、話を変えるように直人に尋ねた。
「葉島直人君。君は少し前に、ちょっかいを出してきた上級生を武力行使で撃退したことがありますね?」
しかし、直人にはそれがぱっと思いつかない。
すると和美は説明を補足する。
「私の車でレベル5専用校舎に行った時のことです。そこでレベル5クラスの上級生に絡まれ、大きなトラブルになったことがあるでしょう」
「確かにそんなことがありました」
ここでようやく思いだす直人。
新と修太が倒され、健吾や真理子も巻き込まれた中、直人が襲って来た上級生を軒並み倒してしまったことがあった。
「本来、君はあの時点で除名処分にされるはずだったのです。もし貴方に倒された彼らがそのことを上に報告する前に私が気づいて『細工』をしなければ、今頃貴方はレベル5クラス生に不当に暴力を振るったと認知されて、この学校を追い出されていたでしょう」
「えっと、その細工というのは?」
すると和美は顔色一つ変えることなく言った。
「貴方に倒された該当生徒の記憶を少し変えさせて頂きました。ですから、その件で貴方がこれ以上何かを追及されることは無いでしょう」
さらっととんでもないことを言う和美。
つまり和美はあの後生徒たちの記憶を改竄して、直人にボコボコにされた記憶を消すか、都合の良い内容に変えたということだ。
「今年の1年生は見どころの多そうな人たちだと、私は貴方方に初めて会った時から思っていたのですよ。願わくば、これ以上一人も欠けることなく卒業して欲しいと思いますし、実際に私の勘はある程度的中していたようです」
すると和美は直人に近づくと、頭の先からつま先に至るまでの全てを分析し尽くすかのようにまじまじと見つめた。
「貴方の大会での雄姿は見させて頂きました。恐らく何をやらせても成功したであろう究極の身体能力と、それを更に生かす状況判断力。そして何より⋯⋯」
少し間を開けて、彼は続けた。
「貴方は、五大体術が使えますね?」
見抜かれていた。
しかしそれでも直人は眉一つ動かさず、動揺を見せない。
「成程、どうりで異能を必要としないわけです。貴方の体と五大体術が組み合わされば、それだけでも強大な力になるでしょう。恐らく貴方の実力は現時点で山宮学園の中でも随一。八重樫君が敗れたのも納得です」
「⋯⋯先生は僕を買い被りすぎています。全部、偶然ですよ」
「確かに、そう考える先生方も多くいらっしゃいますし、生徒たちは貴方を奇跡的なマッチメイクの妙と、偶然の数々で成り上がっただけだと考える人が大半のようです。葉島君の勝ち上がる様は、そう言われるほど異質だったのも確かですが⋯⋯」
「先生は、そうじゃないと仰るんですか?」
「はい。あくまで根拠のない私の直感ですが」
するとここで、始業のベルが鳴った。
恐らく今頃は遅刻した直人に、雪波が業を煮やしているところだろう。
「どうやら長話が過ぎてしまったようですね。工藤先生には、後で遅刻の原因は私だと説明しておきますから心配しないでください。では、またいつか授業でお会いしましょう」
そして直人と和美は同時に踵を返す。
確かに和美はおおよそ的を射ているが、それでも直人からすれば予想の範疇だ。
直人は自身の強さを完璧にカモフラージュできるとはハナから思っていない。ただ、唯一自身のもう一つの素顔が明らかになる、もしくはそれに繋がる重大なミスさえしなければ良いのだ。
そして直人は胸中を全く乱すことなく立ち去ろうとした。
「ああそうそう、一つ聞いておきたいことがあったのを忘れてました」
が、ここで突然思い出したように和美は止まると直人に尋ねた。
「葉島君は、若山夏美さんについて何か知っていますか?」
「若山さんですか?」
唐突に夏美について聞かれた直人。
すると和美は質問を訂正して再度直人に問いかけた。
「少し質問が悪かったようですね。つまり私は、今まで葉島君が若山夏美さんを見ていく中で、彼女にどのような印象を抱いたかを聞きたいのです」
「⋯⋯それを聞いて一体どうするつもりですか?」
「ただ、個人の一意見を聞いてみたいという好奇に対する欲求です。深い意味はありませんし、思うことを言って頂ければいいですよ」
しかしその言葉に何処か裏の意図があるように思えて仕方がない直人。直人は言葉を選びながら口を開いた。
「理知的で優秀な人だと思います。でも、何故そんなことを?」
だが和美はただ微笑を浮かべるのみだ。
そして「僕もそう思いますよ」とだけ言い残して、和美はそのまま去ってしまった。
(⋯⋯⋯?)
何故最後にあんなことを聞いたのだろう。そう思いつつも、直人は通い慣れたいつもの教室へと足を向けた。
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