第174話 厄を秘めた石

ブレスレットがあるとはいえ、アニイの力は単純なパワーでもレベルが違う。

そしてアニイの小さな手からゴキゴキと殺気のこもった音が聞こえてくるのが、愉快な事態ではないことくらい直人は容易に理解できていた。


「落ち着いてくれアニイ。誤解だ」


しかし、アニイの目は穏やかな様子ではない。

突然現れたアニイに困惑している摩耶、そしてアニイは静かに摩耶に歩み寄る。


「この子、何て名前?」


「榊原摩耶さんだ。訳あって今はこの店で寝泊まりしているだけで、それ以上の意味はない。だから誤解しないでくれ」


誠意のこもった視線、を出来る限り再現する直人。

頼むから噴火しないでくれとアニイに目で訴えた。


「摩耶、っていうのね。覚えた」


するとアニイは、殺気を消して一歩後に下がる。


「その言葉、信じる」


まるでライオンを気迫だけで抑え込むような、そんな感覚を感じる直人。

するとアニイは最後に摩耶をジッと見てそして踵を返した。


そしてアニイは危惧された事態にはすることなく、あっさりと部屋から去っていった。それを見て直人も、ホッとした様に息を吐く。

もしアニイが暴れていたらどんな事態になっていたかと思うと気が気ではなかった。


「さっきの人は?」


「アニイっていうんだ。マキさんの親戚だよ」


すると今度はアニイを見た摩耶が直人に尋ねる。

ここで直人は摩耶に、アニイはマキの親戚で今は家庭の事情でここで預かっていると説明した。やはり芸能関係の話に疎いようで、摩耶はアニイの姿を見て最近流行りのネットアイドルであるパープルガールの存在には結びつかなかったようだ。

一先ずその説明に摩耶は納得したらしい。


「もしかして、あの子も私と同じなのかな?」


家庭の事情。それはアニイも摩耶と同じように複雑な経緯の末に孤独を感じるようになってしまったのだろうと、摩耶はそう考えたようだ。


「仲良くできたらいいな⋯⋯」


自分と近い境遇であるからこそ、シンパシーのようなものを感じたのだろうか。

そう呟く摩耶はアニイを追いかけようとした。


「ストップ! 今アニイに話しかけるのは止めてくれ」


しかしそれを直人が止める。


「アニイはここに来たばかりで神経質になっているんだ。だから落ち着くまで暫くゆっくりさせてあげてほしい」


本音を言うと、狂信的なレベルで直人に好意を抱いているアニイの目の前に誤解されているであろう摩耶を出すことが怖いのが理由だが、それは摩耶に言わなかった。


「食器は俺が片付けるよ。今日は話せてよかった」


直人は摩耶の分まで食器を持つと、そそくさと部屋を出る。

キッチンに入り、カウンターの流しに皿を置いて片付けようとした直人。

しかしここで、直人は人の気配に気づいた。


「マキさん」


「やっぱりあの子は目覚めたかい。流石、S級はそこら辺のDBとは違うね」


そこには中に透明な液体が入ったフラスコを持ったマキがいた。

こうなることを予期してか、彼女は新しい薬を用意していたらしい。


「アニイを眠らせるのはそこら辺の薬じゃダメだってことが分かったからね。今度はさっきの数倍強烈な薬を作成中さ」


スポイトで青い薬を一滴だけフラスコに入れるマキ。

すると透明だった薬が渦巻きながら赤色に変わった。


「さあて、どうやってこれを飲ませようかね。直人は何か案があるかい?」


しかし直人はそれに返事をせずに水道の蛇口をひねる。

そして皿を水につけるとスポンジを手に取った。


「榊原さんが何でふさぎ込んでたのかを聞かないんですか?」


直人が小さく言う。

彼はマキが摩耶に対して何も聞いてこないことを不思議に思っていた。


するとそれに対してマキは言った。


「大方察しがつくさ。アタシを誰だと思ってんだい。この世の情報を全て丸裸に出来る稀代のサイバーマジシャン、電脳次元の魔女だよ」


フラスコをクルクル回すマキ。

マキはスポイトを雑に投げて、照明の光で薬を透かす。


「榊原に隠し子がいるって話は前々から聞いてたよ。そして今回のスターズ・トーナメントで優勝したのはまさにその隠し子の八木原千沙だってとこまで分かったなら、その後の展開はサルでも分かるさね」


「つまり、八木原千沙が榊原さんの代わりの当主候補だって知ってたんですか?」


「知ってたわけじゃない。あくまで知ってる情報から推察しただけさ」


コンと木のカウンターにフラスコを置く音が響く。

そして、マキは指を組んで直人をジッと見つめた。


「今回の大会は言うなら、榊原の真の後継ぎのお披露目って意味合いが強いだろうね。勿論、それを大々的に宣伝するのはまだ先でも、少なくとも大会で八木原千沙が何者かを理解した人間はアタシを含めずともそう少なくないはずさ。むしろ重大な問題なのは、舞姫ちゃんの処遇だろうよ」


「榊原さんの?」と、ここで直人はスポンジを置いてマキに尋ねる。

するとマキは頷いた。


「榊原家は八木原千沙をまだ正式に榊原家には迎え入れず、八木原家の人間として扱っている。それは、本家の舞姫ちゃんをどう扱うかについて迷う部分があるってことだろうね。切り捨ててしまうのか、それとも別の分家に送るのか、はたまた⋯⋯」


ここで間を置くマキ。

直人を除いて他に人気がないのを確認して、マキは言った。


「いっそ消してしまうか、とかね」


「榊原さんを、消す?」


「榊原家と仲が悪い赤城原家に逃げ込まれたり、他の分家に送ってそこで頭角を現されたら、間違いなく将来的な憂いになるとあの榊原龍璽なら考えるだろうね。だったら事故を装うなりなんなりして舞姫ちゃんを消し、その後釜として八木原千沙を据える方が自然な流れになると思わないかい?」


「しかし、実の娘をそんな理由で殺すなんて⋯⋯」


「まともな人間ならしないだろうね。でも、相手はまともじゃないんだよ」


するとマキは、グラスを取り出してブランデーをグラスに注ぐ。

そしてマドラーをクルクルと回しながら続けた。


「アタシはまだ榊原の連中が作った時間爆弾タイムボンバの異能構造を忘れられないんだよ。人間が背負えるキャパシティの限界を超えた量の異能を小さな子供に背負わせて、その命と引き換えに時間の巻き戻しと大量殺戮を行う兵器。そんなモンを生み出した奴らが考えることなんて、どんな極悪非道でもあり得るさ」


グビっと一口ブランデーを飲むマキ。

続いて顔色一つ変えずにもう一口飲んだ。

そしてグラスを空にしたところでマキは大きいゲップをする。


「とはいっても、ここにいる限りは大丈夫だろうよ。心配なのは学校だけど、山宮は監視が厳しいから人の目を盗んで襲撃するのは難しいし、あの光城家の坊ちゃんがいる場所で面倒を起こすリスクは流石のアイツらも避けるだろうさ」


「じゃあ、僕らが厄介な状況に置かれることは今の所なさそうですね」


「さあねえ、厄介事ってのは突然降って来るモンだから怖いんだよ」


グラスを皿を洗い終わったばかりの直人の手元に置くマキ。

「自分で洗ってくださいよ」とばかりに視線を送る直人だったが、すぐに彼はグラスを水で濯いでスポンジで洗う。


するとここで、キンコーンと部屋の表のベルが鳴った。

備え付けのカメラで表を確認するマキ。来たのは宅配便だったらしい。


「直人。君、何か頼んだりしたかい?」


「いえ何も。発注ミスじゃないんですか?」


直人もマキも双方心当たりがないながらも、宅配業者を迎え入れる。

すると大汗を流しながら、部屋に一抱えもある箱を業者が持って来た。


「ハア、ハア⋯⋯お届け物です」


相当重たそうな荷物だ。

持って来た業者を見送り、マキと直人は荷物の周りを囲む。

当然ながら二人共にこんなものを購入した心当たりはない。ということは、これを送り付けた人間がいるということか。


「中にダイナマイトでも入ってたらどうするよ」


「僕もマキさんもマトイを使えるから問題ないでしょう」


さらっとそう言って封を開ける直人。

箱は感触的に紙や木ではなく鉄の重厚な箱だ。包装紙を破ると、箱の上に厚さ2センチはありそうな重い蓋がしてある。


「開けます」


そして直人は蓋を開けようとして⋯⋯


「直人! 遊ぼ!」


と、そんな束の間の緊張感をぶち壊す甲高い声。


高速タックルが直人に飛んでくるのと、それをコンマ数秒で察して直人が受け身を取るのは同時だった。

先程までの殺気は何処へやら、アニイが直人に飛びついていた。


「私ね、アニイね、今日の夜をずっと楽しみにしてたの⋯⋯」


直人の居場所を感づいて飛んできたアニイは、直人の腰元にしがみついている。

何を言わんとしているか察した直人は、チラリとマキを見る。


「直人、アニイちゃんからの据え膳だよ。男なら受けな」


素知らぬ顔で口笛を吹くマキ。

アニイは既に仕上がっているようで、何時でもこいという様子だ。

するとタックルの時の騒音で驚いたのか、何が起きたのかとばかりに摩耶も3人がいるバーのカウンターへとやってくる。


すると摩耶が見せつけられたのは直人とアニイが床で絡み合っている様子だ。


「⋯⋯⋯」


「そ、それより何が送られてきたのかねえ!」


新たな修羅場の匂いを感じ取ったマキは、矛先を逸らすように送られてきた箱の中身を覗き込む。


するとそこにあったのは⋯⋯


「ちょっと待ちな。何なんだいこれは!!」


それを見たマキは信じがたいものを見るかのようだ。

その声に直人も立ち上がる。なおアニイは腰元にしがみついたままだ。

そして二人共に箱の中身を覗いた。


「うわー綺麗!」


そう言うのはアニイ。

しかし直人はそれを見るや目を見開く。


「マキさん! これって!」


すると摩耶も続いて箱を覗いた。

授業で習ったのか、彼女もそれを知っていた。


「厄石、ですか?」


そこにあったのは、紫色に輝く巨大な石だった。

それはかつて山宮学園でも騒動になったもので、キラキラと宝石のように輝いているがその実態は途轍もなく恐ろしい物だ。


「確か、厄石ってダンジョンの元になるものって⋯⋯」


「その通りだよ舞姫ちゃん。コイツは厄石といって、放っておけば大爆発して巨大なダンジョンを形成させる代物さ。しかもコイツは⋯⋯!」


ギラギラと輝く厄石。魔力をふんだんに含んでいるのか、既に活性化されている。


「全員離れな! コイツを刺激したら大変なことになるよ!!」


そこにいる全員、アニイまでもがその声に凍り付いたかのように止まった。

厄石は既に爆発する寸前であり、あと少しの刺激があれば爆発する状況になっている。そしてこの巨大な厄石がもし爆発したらどうなるか、恐らくフォールナイトがあった場所に巨大なダンジョンが生成されてしまう。


「誰だ! 何処の誰がこんなものを⋯⋯!!」


思わず直人もそう口にする。


マキは電話を手に取ると、DH協会に電話を掛けようとした。

DH本部には活性化した厄石を不活化することのできる工作班がいる。彼らを呼んで石を無力化しようとしたのだろう。


だがその時だった。


「葉島君! あそこに!」


石を指差す摩耶。そこには巨大な紫色の石に隠されるようにして、厄石の影に赤色の光を点滅させている機械のようなものがある。


「マズい!!」


直人の長年の勘だろう。

この状況で仮に厄石に仕込むとするなら何か、直人は既に結論を出していた。


「爆弾だ!! 無理やり厄石を爆発させようとしてるんだ!!」


「何だって!!」


その時直人はマトイを発動し、反射的に摩耶を守るように覆いかぶさる。

マキはカウンターの下に仕込んでおいた『非常装備』を引っ張り出し、胸に抱えて直人と同じくマトイを発動する。

唯一、何も分かっていないアニイだけはポカンと石を見ている。


そして、仕込まれていた爆弾が爆発した。


その瞬間に4人を襲うのは、黒い霧と超大の爆風。

まるで竜巻の中に放り込まれたようにグルグルと回り続ける世界と、木で作られたフォールナイトの建物がバキバキと破壊されていく音が耳に入る。


そして底無しの谷に落とされるかのように4人は暗闇の中に転がり落ちていった。

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