第172話 果たし状
直人も、現れたのが騎士王であることに感づいた。
それはある種の直感と言うべきか、かつて自分も同じ席にいたことによる強者の匂いを感じ取る直感かもしれない。
だがここで直人は僅かな違和感を感じた。
まるで肌がムズムズするような不思議な感覚だ。指を動かすのもいつもより変な感覚がある。まるで少し痺れているような感じだ。
「ウチでドルは使えないんでね。注文頼むなら両替してきな」
マキにそう言われたアレクは紙幣をポケットに仕舞う。
すると彼はバーを軽く見回して言った。
「いい店だね。ここのデザインをしたのは君かい?」
「元からこうなってただけさ。前の借主のセンスが良かったんじゃないかい?」
アレクは軽く口笛を吹きながら、至る所をキョロキョロと見回している。
それはデザインの確認ではなく、何かを探しているかのような様子だ。
「DB-S-002⋯⋯いや、ここはアニイと呼んだ方が良いかもね」
「アニイなんて知らないね。アタシや忙しいんだ、余計な話するなら今すぐ他所に行きな」
だがアレクは、既にここにアニイがいると確信しているようだ。
今日の彼は手に刀を持っていない、完全な丸腰だ。だが仮に丸腰であっても、アレクの戦闘力は並のDHを圧倒できるだけのものがある。
「ボスはアニイを君たちの手に渡したくないらしいよ。もしそれを許してしまえば、一国のDH支部に過ぎない君たちが持つには強大すぎる力を渡すことになってしまうからね」
「そういう話は、その筋の人とやっとくれ。アタシはただのバーテンダーさ」
静かにそう言って返すマキ。
しかしここでアレクは少しだけ眉を上げながら言った。
「そうかい? ただのバーテンダーが何故、僕の放電を耐えられるのかな?」
ピタッと、グラスを磨いていたマキの手が止まった。
「気付いてなかったのかい? 僕はずっと君に向けて微弱な電気を放出し続けていたのに。もし君に電気に対する耐性がなかったのなら、筋肉が痙攣して動きに支障が出るくらいの変化はあったはずさ」
するとアレクは、ずっとカウンターの下に伏せていた左手を表に出した。
そこからは目に見える形でビリビリと電気が放出され続けている。それは間違いなく異能によるものであり、その矛先はマキだった。
「君の異名は知っているよ。電脳次元の魔女、世界有数の電気系能力者だろ? 君は電気系異能に熟達しているから無意識に電気を受け流すことが出来るようだね」
するとマキはコトンとグラスを置く。
同時に後ろに隠れていた直人の体から痺れが取れた。
どうやらアレクが電気の放出を止めたようだ。
「まさかアンタ、無理やりここからアニイを連れ戻そうと思ってんじゃないだろうね?」
マキの眼光が鋭く光る。
もし本気でそうするつもりなら戦わざるを得ない。そう警告するように。
「ここの住民に手出しをするのはアタシが許さないよ。たとえそれが騎士王様であってもね」
ほんの少しだけマキを見るアレク。
それは彼女の力量を推し量るためだろうか。
「⋯⋯手だしはしないよ。君は怒らせると大変そうだ」
アニイに対してこれ以上話すのは無駄だと判断したらしい。
するとアレクはマキに別の話題で切り込んだ。
「ところで君、あのガリュウを知っているんだよね。なら彼に僕を紹介してよ」
マキはアレクに視線を合わせる。
アレクの目を見て、それが冷やかしの類ではなくアレクが本気で臥龍と会い、そしてあわよくば戦ってやろうという強い野心があることを察したか。
「ボスはアニイのことで頭が一杯みたいだけど、僕にとってはどうでもいい話さ。それよりもここに来れば彼に会えることのほうがよっぽど重要だよ」
別に、ここに来たからと言って臥龍に会えるわけではない。
だが彼はそう解釈してここに来たようだった。
「僕は彼と戦いたいのさ。伝説と呼ばれる彼とね」
だがその言葉を聞いたマキの反応は冷ややかだった。
「騎士王君。君は身の程ってモンを知った方がいいねえ」
マキは冷淡に続ける。
「君が臥龍に勝てるかどうかは、パンドラがいい指標になったじゃないかい。君はパンドラに殺されかけて、臥龍は勝った。それが現実さ」
それを後ろで聞く直人。
彼は今、五大体術の一つ『ハライ』を使って気配を完璧に消している。
だがアレクはその言葉に言葉を返した。
「あの時の僕と、今の僕を一緒にしないで欲しいな。僕はあの後さらに修行を積んで、パンドラをも攻略できるだけの力を身に着けたから。今の僕はあの時とは違う。間違いなく過去最高に、そして世界の誰よりも強い存在なんだよ」
するとアレクはポケットから手紙のようなものを取り出した。
よく見るとそれには下手くそな字で『果たし状』と書いてある。いわゆる時代劇や古い日本映画でよくあるようなステレオタイプの果たし状だった。
「日本では勝負を求める時はこういう物を書くんだろう? 彼に渡しておいてよ」
どうやらこれもなんちゃってジャパニーズカルチャーの影響を受けた故の行動のようだが、彼は至って真面目に言っているらしい。
すると果たし状をカウンターの上に置くアレク。
「明日の夜8時、マーシャルアーツ・パークで待ってると彼に伝えてよ」
そしてアレクは、バーを後にした。
どうやら彼がここに来たのは、アニイの監視よりも臥龍に挑戦状を渡しに来るのがメインだったようだ。
「⋯⋯ったく、次から次へといろんな奴が来るもんだねえ」
ここで直人が現れる。
勿論一部始終は全て彼も話を聞いていた。
「どうする? 騎士王様は君と戦いたいみたいだけど⋯⋯」
と、ここで直人はバーの戸棚からライターを取り出す。
そしてライターに火を灯した。
「付き合ってられないです。僕は彼に興味がないので」
そして果たし状に火を点ける直人。
あれよあれよと果たし状全体に火が広がり、そして灰になってしまった。
「少なくとも、アニイは彼よりも強いでしょうね」
「何故そう言い切れるんだい?」
「アニイはここに来た時点で僕の存在に感づいていたようでした。その証拠に、僕がカウンターの後ろに隠れているのも見破っていましたし」
確かにアニイは、ここに来た時に直人に一直線に飛びついていた。
それは今もなお無惨に壊されているカウンターが如実に示している。
「彼は僕の存在に気付きませんでした。その時点で、少なくとも気配を察知する力はアニイより劣ります」
「なんるほど、それじゃあ⋯⋯」
するとマキは続いて直人に尋ねる。
「君とアニイは、マジで戦ったらどっちが強いんだい?」
直人も、それを聞かれるだろうと予期していた。
だからこそはっきりと、彼は言う。
「分かりません」
「分からない? 君にしては珍しいねえ」
「分からないんだからそうとしか言いようがありません。僕とアニイが戦ったらどちらが勝つのか、僕が死ぬのかアニイが死ぬのか⋯⋯」
そう語る直人は、これ以上を語りたくないようなそんな様子だ。
斬撃を得意とする直人と、森羅万象全てを異能で操るアニイ。全く戦い方が異なる両者が戦ったらどうなるのかは戦ってみないと分からない。
だからこそ、直人はどちらが強いのかは永久に分からないだろうと思うのだ。
「僕は、アニイと戦いたくありません」
それは彼の偽らざる本音だった。
それを聞くマキの反応は「ほー」とやや面白がるような感じだ。
「鬼の直人も、自分を愛してくれる存在は斬れないってことかい」
へっ、とやさぐれ気味に鼻を鳴らすマキ。
彼女がその手の話題と縁遠くなったことによるひがみだろうか。
しかし、直人はそれに首を横に振る。
「アニイは、DBである自分が嫌だと言っていたんです」
すると直人は話し始めた。
それは彼がアニイと会った時の話である。
「S級になった時から、アニイはずっと人間と友達になりたかった。アニイはそう言っていました。でも自分はDBで人間を捕食する存在だから、人間が自分を怖がるのも殺そうとするのも仕方がない。だからせめてその時が来たら⋯⋯」
それはアニイと初めて直人があった時のことだ。
直人はその時の衝撃を一生忘れることは無いと思っていた。
『何もしないから⋯⋯殺して』
異国の地で、初めて彼女と会った。
そして最初に会ったその時にアニイは直人に対してそう言ったのだ。
刀を突きつける直人にアニイは何もせず、抵抗することも、直人を殺そうとすることもなく、アニイはその刃を受け入れようとしたのである。
「人間を殺したくないから、もし戦わなきゃいけない時が来たら抵抗せずに死ぬとアニイは僕にそう言ったんです」
直人は、アニイを殺せなかった。
無論彼も感情で行動を決める人間ではない。仕事となればいくらでも非情になるし、抵抗しなかろうと動けなかろうと、容赦なく斬らねばならない時は斬る人間だ。
「僕はアニイが有害な存在に見えなかったんです。むしろ彼女は生かしておくべきなのではないかと、そう思いました」
S級DBにも個体差はあれど、彼ら全員にほぼ共通しているのは人間を捕食対象とし、殺すべき存在と認知していることだ。
アニイのように、人間に対して好意的かつ自身がDBであることすら嫌悪する存在がいるという現実に直人は面食らったのである。
「DBから見れば異端分子、でも人間から見れば仲間になりうる存在。でもそれってアニイにとっては辛い話だねえ⋯⋯」
アニイがどんなに好意的でも、それが全ての人間に受け入れられるわけではない。
今もスーパーアイドルとして活躍している彼女が実はDBだったと知った時、今まで彼女を応援していた全員がそれでも彼女を応援するだろうか。
そんなジレンマがアニイにとって大きな負担であることを直人は知っていた。
「あの後、僕はアニイと手を組んで多くのS級を討伐し、最強のDB、エデンを封じ込めることにも成功しました。だから僕は、アニイのことは戦友だと思ってます」
「恋人じゃなくて?」
「アニイに対する恋愛感情は今の所僕にはないので⋯⋯」
チラッとアニイが寝ているであろう別室に目を向ける直人。
いずれにせよ、直人はアニイと敵対する道を選びたくなかった。
「まあ、そういう背景があったなら君がアニイと戦いたくないのも分かるね。兎も角、余計な奴らがこれ以上来ないようにアタシも上手くやっとくよ」
そんな会話が二人の間で起こる。
と、ここでバスルームからシャワーを浴び終わった摩耶が入って来た。
それを見るや慌てて果たし状の燃えカスを流しに捨てるマキ。
「ど、どうする舞姫ちゃん? 最近あまり食べてないようだし、久々に一緒に食事でも⋯⋯」
しかし、摩耶は首を横に振った。
「あまり食欲がなくて。だから今日はお食事抜きでいいです⋯⋯」
そういうや、いそいそと奥の部屋に入ってしまう。
この状態がここ数日ずっと続いていた。
「榊原さん、嘘ついてますよ」
しかし直人は、摩耶の食欲がないという言葉が嘘だと知っていた。
「最近、朝起きてバーのキッチンに行くと少し焦げ臭いんです。きっと榊原さんは僕らが寝た深夜頃に起きて一人で食事してるんですよ」
摩耶は絶望的に料理が下手だ。
その名残が夜が明けてもなお残されているのを直人は分かっていた。
「きっと食事の席で自分のことを聞かれるのが嫌なんだろうね。だからアタシらを敢えて意図的に避けているのなら⋯⋯」
するとマキは直人に目配せする。
それを見て意図に気付いた直人は立ち上がった。
「フォールナイトでは、白か黒だ。グレーゾーンはないよ。ここに住むのであればこれくらいの強硬手段は甘んじて受け入れてもらおうじゃないか」
「イェッサー、マキさん」
すると直人は空の皿を二枚もってキッチンへと向かう。
摩耶の閉じられた口を開くため、直人は更なる手段を使うことにした。
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