第149話 失格の謎

「連れて来たか? もう一人の娘はどうした?」


『勘が良いのか、直前で逃げられた。だがもう一人は捕まえたぞ』


「何故追ってもう片方も捕らえなかったのだ!」


『あの娘はかなりの使い手だ。まともに相手をするには骨が折れる。アレを捕らえるのはもう少し時間が必要だ』


「この娘は抵抗出来ないのだな? 見たところ気絶しているようだが」


『ああ、問題ない。脳を一時的にマヒさせる電波を使って行動不能にした』


「後遺症はないのか? 使い物にならなくなったら人質にならないのだぞ?」


『それも心配無用だ。既に試運転は済ませて性能は確認している。後遺症はない』


「ならいい。手足を拘束して奥の部屋に突っ込んでおけ。後は金が入ってくるまでの間、ボスの警護をしてもらえれば仕事は完了だ」


『了解した。ところでコイツはこの国で特に注目度の高いイベントと言われるスターズ・トーナメントに出場していたはずだが、それはどうする?』


「どうするって? 何を分かりきったことを言っている。当然、『失格』だ。途中で諸事情により失格リタイア。それ以上の何がある?」


『私の調べでは、コイツの社会的影響力はかなり強いようだ。お前が想像している以上にな。波風立たぬよう事を収めるには、コイツをなるべく目立たない形で舞台から降ろす必要がある』


「それは君の仕事ではないだろう。何故君がそれを気にする必要があるのだ」


『黙れ日本人。殺しを専門とする私に生け捕りを要求する時点で傲慢極まりないというのに、まさかこの場でこの女を殺さず生かしておくというのか? この女が私の存在をほんの微々たる気配でも感じ取り、そしてそれを公にしようものなら私のキャリアは絶望の底に沈むことになるのだぞ!?』


「我々は君のキャリアに言及する契約は結んでいない。君が心配しているこの娘の処遇だが、娘は我らの然るべき措置によって完璧に世間からフェードアウトする。君はただ、我々が要求することを忠実にこなしてくれさえすればそれでよいのだよ」


『私はプロだ。金の契約で結ばれた契約ならば、それをお前たちが望む通りに遂行してやる。だが覚えておけ日本人。もし貴様らのイレギュラーな行動が原因で私に契約外のデメリットが生じた場合、私はその瞬間に全ての職務を放棄して去るとな』


「好きにしろ。心配せずともそんなことは起こりえない。だから、早く娘を部屋に運びたまえ」


王八蛋クソ野郎が


これは、スターズ・トーナメントが行われているスタジアムから殆ど離れていない、とある場所の地下室での会話である。



=========================



「榊原さんが失格!?」


「俺もびっくりだ。少なくとも三回戦が終わるまでは失格の通知は来ないはずなのに、どうやら運営は榊原さんがもう来ないものと思っているようだな」


三回戦終了後のホテル。

直人の部屋には二人の客が訪れていた。


「しかし妙だ。ニュースを見ても、榊原さんのことについて全く報じられてない。失格者名簿にも榊原さんの名前はない」


「舞姫様のオヤジが口止めでもしてんじゃねえの? 名家様がよく使う手段だろ?」


部屋にいるのは直人、そして烈と俊彦だった。

ここにいる三人は本戦を勝ち抜き、そして次の試合の準備を進めているところだ。とはいえ烈は相手選手のプロフィールすら見ておらず、直人もハンデ代わりに相手の情報は敢えて遮断しているので、真面目に分析しているのは俊彦だけなのだが。


「ほら、見てください。僕の所にも連絡が来ました」


「俺のとこにも来たぜ。舞姫様が失格になるってな」


そこには運営からの緊急メールが届いていた。

各学校に通達されたものを各学校の生徒にそのまま送ったもので、そこには『榊原摩耶はスターズ・トーナメントを失格とする』と記載されていたのである。


だが直人は、そのメールに一抹の違和感を感じていた。


「少なくとも、敗者復活戦が終わるまでは榊原さんを失格には出来ないはずだ。なのにこのタイミングで榊原さんを失格扱いにするなんてあり得ない」


スターズ・トーナメント個人戦には敗者復活戦が存在する。

本戦を勝ち上がっている25人に加えて、敗者たちの中からもう一度戦う権利を得る7人を選抜し、その7人を加えた32人で最終トーナメントを行うのである。

その敗者復活戦は明日から丸一日かけて行われるため、本戦を勝ち上がっている直人たちは明日はフリータイムになっているのだ。


「大会期間中に部屋で集まっておしゃべりとは随分と余裕だな」


するとここで、扉が開く音がすると中に一人の男が入ってきた。

それに続いてお菓子の入った袋を持った男子生徒も続いて入ってくる。


「おーい、元気にしてる?」


「海野先輩と⋯⋯八重樫先輩!?」


部屋に入って来たのは八重樫慶と海野修也だった。


「皆一人で寂しいんじゃないかと思ってお菓子の差し入れをしてたんだけどね、何かここの3人は仲良くしてるみたいじゃん」


「夜遅くにスナック菓子を食べるのは肥満の元だぞ海野。異能力者は体のコンディションにパフォーマンスも影響される、いわばアスリートと同じだ。大会中に不摂生を推奨するのは後に続く後輩たちのためにはならないと何度も俺は言って⋯⋯」


「でも、異能が一番影響されるのはメンタルじゃないスか。部屋で一人で閉じこもってるより、皆でパーッと遊んだほうがパフォーマンスもきっと上がりますって!」


やれやれ⋯⋯と頭を振る八重樫。

そんなの何処吹く風と言わんばかりに、修也は3人に駄菓子を渡した。

すると修也は俊彦に尋ねる。


「それより、君らは摩耶ちゃんについて話してたの?」


「えっ、聞いてたんですか?」


「いやあ、君たち一年生は同じ学年同士で仲良くしてる印象があるからさ。きっと摩耶ちゃんのことを心配してるんじゃないかと思ったんだよ」


「ケッ、別に心配なんかしてねえよ。むしろ舞姫様を攫った奴らが、ヒステリー起こしたアイツに半殺しにされねえか心配なくらいだ」


スナックの袋を開け始めながらそういう烈を見て、修也はニヤッと笑う。


「つ・ま・り、摩耶ちゃんの強さはしっかり認めてるってわけだ」


「友情だねー」と笑いながら言う修也を見る烈のこめかみにピキッと青筋が走るのを見て、慌てて「落ち着いてください!」と烈の肩を叩く俊彦。

すると直人がここで口を開いた。


「榊原さん自身の口から不参加の意志を聞いたわけではないはず。ということは、この失格通知は、榊原さんのご両親⋯⋯お父上が運営に連絡したということですか?」


すると八重樫は言った。


「違う。少なくとも榊原のご両親からの連絡はない。これは引率の先生方も疑問を呈されていたが、どうやら運営サイドが半ば一方的に榊原の失格を決定したようだ」


それを聞いた修也も、お菓子を配る手を止めて神妙な表情を浮かべる。

それは修也もこの話に不自然さを感じているからだろう。


「何故そんなことが出来るんでしょうか? この大会は多くの有力企業もスポンサーとして大会の後援をしているし、その中には榊原家と関係が深い企業も少なくはないはず。もし、この状況下でそんなことをすれば関係の悪化を招くのは明白です」


「分からん。一つ言えることがあるとするなら、大会運営の動きに不自然な部分が多いということだな」


ここで、腕時計の時間を見る八重樫。

時刻はもうすぐ午後11時を過ぎようとしていた。


「帰るぞ海野。もうすぐ消灯の時間だ」


「えー! 折角ゲーム持ってきたから一年生と遊ぼうと思ってたのに!」


「これは遠足じゃないぞ海野。遊びたいなら人の邪魔をせず、自分の部屋で先生方に見つからないようにしてやれ」


「あっ、一人でゲームをするのは特に否定しないんスね」


「⋯⋯どうせ止めてもやるだろうと思っているだけだ」


すると八重樫は部屋にいる3人に目を向ける。


「明日はフリーとはいえ、あまり夜更かしはしてくれるなよ。遊ぶのも明後日の日程に影響を残さない程度にしておくんだ。では、失礼する」


そう言って修也と八重樫は部屋を出ていった。


「じゃ、夜も遅いし僕も帰ります。おやすみなさい直人さん」


「俺も帰るとするか。寝る前にマトイの練習もしなきゃいけねえしな」


すると八重樫、修也に続いて俊彦、烈も部屋を後にする。

そしてすぐに直人の部屋には静寂が訪れた。


「⋯⋯⋯」


直人は考えていた。

何故、摩耶をここまで早期に『失格』と判断できたのか。

少なくとも榊原本家がこの件について口出しをした可能性は低い。ブルースの強烈な警告が生きている限り、彼らは摩耶に手出しが出来ないはずだからだ。


「この大会のスポンサーは何処だ?」


ここでふと気になった直人は、部屋に備え付けられていたパソコンを起動した。

今の時代のパソコンは、もうキーボードも必要とせず画面も空中に直接投影されるようになっている。パソコンで検索するときは口に声を出す必要もなく、頭の中で念じれば自動で検索もしてくれるようになっているのだ。


空中にブルースクリーンが表示されると、直人は頭で呟く。


(スターズ・トーナメントのスポンサーを教えてくれ)


『了解しました』


すると、画面にズラッと企業の名前が並ぶ。

誰もが名前を知っているような有名企業から、地元の中小企業までその数は100を超えるだろう。凄まじい規模のイベントだと再認識できる。

ざっと直人が目を通しただけでも榊原家と提携している噂を聞く企業は数社あるし、普通なら運営が摩耶を失格にしようとすれば、提携しているスポンサー企業から強くストップがかかるはずだ。


(この大会のトップ・パートナーを教えてくれ)


トップ・パートナーとは、この大会の最大のスポンサーのことである。


『了解しました』


するとパソコンのAIボイスが言った。


『今年のスターズ・トーナメントのトップ・パートナーはMF社です』


MF社。マジック・フロンティア社である。

異能力者のための異能器具を開発している業界最大手の企業で、大会直前になると選手たちを多く起用した大型キャンペーンも行っている大企業である。

そして、榊原家と強い繋がりがあると噂されている企業の最右翼でもある。


「何故、MF社主催の大会でこんなことが出来るんだ⋯⋯?」


自分の知らない何らかの事情が背後でうごめいているのか。

まさか、榊原家とMF社との間でトラブルでも起きたのだろうか。


だとすれば、摩耶の失踪とMF社に何らかの繋がりがある可能性も浮上してくる。

直人はここで自身の端末を机からひったくるように取ると、マキに電話を掛けた。

年中ほぼ不眠のマキならすぐに電話に出るだろう。そしてマキが電話に出た。


「マキさん。一つ調べて欲しいことがあります」


『どした? 何か気になることでもあるのかい?』


「MF社について調べて欲しいんです。そして出来れば、榊原家との関係性を洗いざらい全て調べ尽くしてみてください」


『よく分からないけど⋯⋯やってみるよ。明日の朝には結果を報告するから』


「お願いします」


そして電話を切ると、ベッドに寝転がる直人。

直人の推理が正しければ榊原家とMF社の間に何か問題が起きたに違いない。

それが引き金で摩耶が失踪したとすれば、運営の行動にも合点がいく。


時刻は午前零時。日付が変わる瞬間。

そんな時間でも直人の頭はまだまだ冴えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る