第148話 氷の花

スターズ・トーナメント三日目。

今日から個人戦二回戦が始まり、猛者たちのさらなる戦いが続く。


「榊原が何処に行ったか、知っている者は手を挙げろ」


誰も手を挙げない。ミーティング室は不気味な静寂に包まれている。

唯一の手掛かりは、温泉前の脱衣所に残された彼女の衣服。少なくとも昨日の夜まではこのホテルに居て、温泉に入っていたことだけは分かっていた。


本来ならば、この時間は今日の個人戦出場者たちの戦術や相手選手の最終確認の時間だった。だが部屋の真ん中でマイクを片手にそこにいる全員を見つめる鷹のような眼光を持つ男、八重樫慶はそれを二の次にしてでも伝えないといけないことがあると、ここにいる全員に暗に伝えている。


「昨晩、榊原摩耶がホテルから消えた。現在もどこにいるかは分かっておらず、警察とDH、ホテルの警備員の方々が捜索しているとのことだ」


ミーティング室に広がるざわめきが、その事態の深刻さを物語っている。


「大会はどうなるの? このまま続行?」


そう尋ねる星野アンナ。すると八重樫は頷いた。


「中止することは出来ないと運営本部から先程通達があった。また、榊原が消えたことは外部には絶対に漏らすなと、これは光城家からの指示でいいんだな光城?」


その言葉に雅樹が頷く。

摩耶が姿を消したことが早朝に判明してから、雅樹はずっと光城家関係者たちの指揮に追われていた。そのせいか雅樹は試合前にも関わらずやや疲れている様子だ。


「連絡は以上だ。榊原に関して新たに分かったことがあれば個人の端末に連絡する。各々、個人戦を控えているメンバーは各自の調整に移れ。団体戦メンバーは来週以降の日程について話があるから再度ここに残るように」


そんな八重樫の号令を合図に散開する面々。

団体戦に出場するメンバー以外は部屋を出て各自の調整を始めることになる。


するとポッケに手を突っ込んで寝ぐせのついた頭をポリポリと搔いていた少年の元に、小柄で童顔の少年がやってきた。


「ど、どこに行っちゃったんでしょう榊原さん⋯⋯」


目黒俊彦だ。彼は今、魔眼を保護するための特殊なサングラスを掛けている。

そのせいか、まるで子供ギャングのような風貌になっていた。


「まずは外に出よう。話はそれからだ」


「は、はいっ!」


外に出ると他校の生徒たちも続々と試合に向けて出発しているところだった。

すると、直人と俊彦の姿を見た一人がこちらにやってくる。


「おはようさん。ところでオノレら、そんな怖い顔してどこ行くつもりや」


大和橋高校二年の寺田真。彼も一回戦を突破していた。


「ミーティングでもやっとったんか? 相変わらず山宮さんは朝から真面目やなあ。俺たちは各自好きにせえってスタンスやから、そないなことせえへん」


「真はん。それはアンタが適当過ぎるだけや」


ギクッと顔をこわばらせる真。

後ろからにっこりと笑いながら西宮瑞希もやってきた。


「山宮のお二人もおはようございます。ところでえらい神妙な顔をしとったけど、なんかあったんどすか?」


「い、いや何でもない、です⋯⋯」


「何にもない人間の顔ちゃうで。えらいけったいな眼鏡しとるし」


「それは魔眼の保護のためです!」


「へえ、魔眼使いはこんなモン使わなあかんのかいな。それは大変やなあ」


鼻をほじりながらそんなことを言っている真。

すると瑞希が真の耳を急につねる。


「痛い痛い! 何するんや瑞希!」


「座長のアンタがいいひんせいで下の子たちが困っとるんどすえ。はよう来てもらわんとあかんのどす」


「分かった分かった! すぐ行くから待っとけ!」


すると真は直人たちに言う。


「あのデカいクソガキに言っといてや。オノレを倒すのはこの寺田真や、とな!」


どうやら真は烈に一言言いに来ただけだったようだ。

こうして真と瑞希の二人はその場を去っていった。


「た、大変そうだなあ⋯⋯」


そう呟く俊彦。しかし彼らもまた大変な状況であることに変わりはない。


「榊原さん⋯⋯どこに行っちゃったんでしょう」


実は、摩耶が失踪したことを直人はマキから早朝に聞いていた。

マキはスパイ用人工衛星をハッキングして彼女の捜索を続けているが、『今までこんなに人探しで手ごたえを感じなかったことはないねえ』と口にするほど、摩耶の居場所についてはマキも詳細が分かっていない状態だ。


「⋯⋯恐らくそう遠くには行っていない」


「何でそう思うんですか?」


「榊原さんは服を全部脱衣所に置いていっている。つまり自分から何処かに行ったのではなく、誰かに連れ去られたと考えるほうが妥当だ」


連れ去られた!?とビックリ仰天で叫んだ後、自分の声に驚く俊彦。


「この一帯は、大会期間中は転移異能を完全に遮断する特殊壁を作動させている。だから異能で逃げるのにも限界があるはずだ。深夜とはいえ、ホテルやスタジアム周辺はDH達の監視も相当厳しいはずだからな。それに、車やバスに危険物を載せられないように乗り物は一台一台検査されていたはず。だから車に榊原さんを隠して逃げることも難しい」


「つ、つまり犯人は⋯⋯」


「最も可能性が高いのは、何らかの方法で無力化した榊原さんをそのまま担いで何処かに監禁した線だ。場所は恐らく地下、それもここからそう離れていない場所」


人工衛星で地上の物は全てマキによって確認されているはず。

であれば監禁場所は地下だろうと、直人は目測を付けていた。


「でもこれ以上のことはまだ分からない。続報を待たないとな」


これが直人の推理できる限界だった。

するとホテルの館内放送が流れ始めた。


『山宮学園の個人戦出場者の方は、第3ロビーまで集合してください』


「今は大会に集中だ。行くぞ俊彦」


「了解です!」


今は大会期間中。今日も二人は大事な試合を控えている。

ホテル第3ロビーに行くと、そこには出場者を大会まで送り届ける小型自動操縦車が並んでいる。

俊彦と直人が車に乗り込むと扉は自動で閉まり、そして走り出した。


大会三日目。今日は午前から大会日程がスタートする。

ここからは一戦一戦が彼らにとっての大きな山場となるはずだ。



===================



ボカッ、ドゴッ、ゴキン!!


お決まりの鈍い音が響き、直人の目の前でぶっ倒れる相手。

本音を言えば直人もかなり演技をしてしまった。

相手の攻撃を何回も受けてシールドを減らし、息が切れているわけでもないのに何回もわざと息を荒らげて危機を演出した。


それでも、最後の結末は同じである。

完璧に調整されたパンチが三発叩き込まれ、シールドを粉砕する。

そして電光掲示板に表示されるはWINの文字。


今日も直人は破壊されたシールド2枚、そして制限時間に余裕をもって試合を終わらせるという『普通すぎる』試合で完勝を収めた。


対して俊彦の試合の方はかなり盛り上がっていた。

相手の選手は魔眼を相当に研究し、初歩的なハライの技術も習得していた。また俊彦の遠隔射撃の腕も把握していて、その対策に防護壁を常に張り巡らせる機転も利かせることが出来る強敵だったのである。


そして試合は大熱戦となった。

結果は俊彦の辛勝。遠隔狙撃を封じられながらも着実に僅かな隙を狙ってシールドを削っていき、相手の魔力が枯渇したタイミングで魔眼を発動。幻覚の惑わされた隙をついて直接攻撃に転じ、相手のシールドを全て破壊したのだ。


だが俊彦もシールドを残り一枚まで削られ、その一枚ももう少しで砕けんとしていたところでの相手撃破だったため、限りなくギリギリの試合だったと言えるだろう。


「凄い試合だったぞ俊彦。会場も大盛り上がりだったな」


激戦を終え、ロッカールームに帰ってきた俊彦を出迎える直人。

少し照れくさそうに笑う俊彦は部屋の出口でシールド装置を外すと、直人と並ぶようにして部屋を出る。


「おっ、出て来たぞ!」


すると、会場出口には相当な人だかりができている。

何人かはサイン色紙を持ち、端末に付属しているカメラでパシャパシャと写真を取っているのは選手を待っていたファンだろう。


「キャー! トッシー!」


そんな黄色い歓声は俊彦に対して向けられている。

するとテレビカメラを抱えたカメラマンを引き連れてレポーターがやってくる。


「おはようTVです! 少しお話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「えっ? ぼ、僕にですか?」


すると困惑するように、俊彦は一瞬だけ直人の方を見て⋯⋯


「あれ? いない⋯⋯」


俊彦が振り向いた先に、直人はいなかった。

ギャラリー全員の関心が俊彦に向けられていると判断した直人は、気配を完璧に殺しながら会場を後にしていたのである。


「な、直人さーーん!」


煙の如く消えてしまった直人を呼ぶ俊彦。

だがここで突然、おはようTVと名乗った一団を押しのけるようにして別のテレビ局の一団が俊彦の前に現れた。その横暴な振る舞いにムッとするレポーターだったが、割り込んできた一団はお構いなしに俊彦にカメラを向ける。


「我々はスターズ・トーナメントの出場者に密着するドキュメント番組を制作しているところなんですよ。そこで是非とも魔眼使いと名高い、目黒俊彦君にも我々の番組に協力してほしいんです」


そういうのは番組プロデューサーらしき男だ。


「で、でも先におはようTVさんが⋯⋯」


「別に気にする必要ありませんよ。さあ、早速今日の試合の感想について⋯⋯」


と、ここで俊彦はふと口にした。


「そ、それなら直人さんも呼びます! 今から電話して直人さんを⋯⋯」


「直人? それって、さっき試合に出てた葉島直人のこと?」


すると、突然プロデューサーは笑い出した。

みると男の後ろにいる番組スタッフたちもつられるようにニヤニヤと笑っている。


「ああ、葉島直人君は呼ばなくても大丈夫です。我々が彼に聞きたいことは特にありませんから」


「え? でも、さっき大会出場者のドキュメント番組って⋯⋯」


「確かに我々は大会出場者に密着するドキュメント番組です。でもね目黒君、我々は『数字になりそうな人間を』選ぶ権利があるんですよ」


その言葉は、強いトゲを感じさせるようなものだった。


「君のように魔眼を使い、童顔で人受けが良さそうな人は世間が自ずと興味を持ってくれるんですよ。それに君の同級生には孤児院出身の異能力使いの人がいたよね? 彼らも話題性が強い。もし人を呼んでくれるなら、彼らを呼んでほしいね」


恐らくそれは烈と陽菜のことを言っているのだろう。

だがプロデューサーの言葉は、余りにも選手に敬意を欠いているように聞こえた。


「そんな、人を番組の道具みたいに言わないでください!」


「別に道具だなんて言っていませんよ。ただ、先程までいた葉島直人君という人は、我々の作るドキュメント番組には必要ないと言っているだけです」


するとプロデューサーは、やれやれと溜息をつくように言った。


「先程の試合もまさにそうでしょう? 華のある見事な試合を演じた目黒君と、白湯のような何の面白みもない試合で地味に勝利した葉島君。それは視聴率にも表れているんですよ。君の試合の方が二倍以上視聴率が高い。それに、葉島君はテレビ受けをするような見た目でもないしね。だから僕たちの願いとしては⋯⋯」


そしてプロデューサーの男は笑いながら言った。


「葉島君が大会に優勝することだけは避けたい。そういうことです」


その言葉に、温厚な俊彦も流石に怒った。


「ふざけないでください! 失礼します!!」


小さな体でプロデューサーの手を振り払うと、俊彦はプンスカ怒って会場を去って行く。慌ててテレビスタッフが説得しようとするが激怒した俊彦はそのまま行きの道で使った小型自動操縦車に飛び乗ってしまった。


「チッ、レベル5クラスのくせにレべル1の肩を持つのかよ」


去り行く俊彦を見てそう言うプロデューサー。

実はこの男は山宮学園のレベル5クラス出身だったのである。


DHになることを諦めた後にテレビ局に就職した経歴の持ち主である彼は、典型的なレベル1クラス差別主義者であり直人を嫌うのもその理由が大きかった。


「まあいい。だったら他のネタを⋯⋯おっ!!」


すると遠くから試合を終えてやってくる人影がいる。

それを見た男の目が変わった。


「アイツだ! アイツは数字になる!」


そういってカメラを向ける先に居たのはジャンヌだった。

今の時点では日本名の酒井瀬奈で活動している彼女は、今日の試合でも圧巻の勝利を収めている。


「我々はドキュメンタリー番組を作っていて⋯⋯」


「ごめんなさい、私は取材NGなの」


突撃してくるカメラを手で覆うようにしながらも笑顔で対応するジャンヌ。

だが俊彦に逃げられているプロデューサーはジャンヌを逃がしたくなかったようだ。


「そこを何とか! 謝礼も出すから!」


「ダメなものはダメなの。他をあたって」


だが応じる様子がないジャンヌ。

身分を隠している状況で、ジャンヌもドキュメンタリー番組の取材など受けるわけにはいかないからだ。


するとプロデューサーは空回りが続く取材に苛立ったのか、思わず口を滑らせた。


「チッ、だったらもうあの葉島とかいう奴を取材してやろうか」


ボソッと呟くようにして発せられたその言葉。

ジャンヌもそれを聞き逃さなかった。


(⋯⋯? ナオトのこと?)


「ああ⋯⋯そうだ、いっそアイツのダメな部分をピックアップしてコメディー調の番組にしてやるのも面白いかもしれないな!」


(コメディー? ダメな部分⋯⋯?)


「それでオチは『こんな奴でも本戦に出れちゃうんです』って感じにすればスタジオも大爆笑だろ! 後はイジリの上手い芸人を何人かスタジオに呼んで⋯⋯」


そこで、プロデューサーは何かに気付いた。

背後から、途轍もなく強大な魔力の膨張が始まっていることに。


「それは、ナオトを笑いものにするってこと?」


「ナオト? 君、葉島と知り合い⋯⋯」


ここでようやくプロデューサーは異変が何かに気付いた。

自分の足がまるで何かに接着されたように動かない。

そしてよく見ると、己の足が氷に包まれ始めているのである。


「なっ、なっ⋯⋯なっ!!??」


「そんなこと私が許さない」


ジャンヌの碧眼が水色に変わっている。

それは水と氷を操る力を持つジャンヌの力が発動している証だ。


「よ⋯⋯よせ!! 何をする!!」


だが、その声もキレたジャンヌには届かなかった。

風もないのに豊かな金髪が蛇の如くうねりだす。ただでさえ大きいジャンヌの目が怒りでカッと見開かれていた。


氷花グラッセ・フルール


異能ランクA級+に属するジャンヌの必殺技。

相手の魔力を吸い尽くす氷の花を生み出す彼女のオリジナル異能力。


ジャンヌがそう唱えた瞬間、男の体を氷の花が覆い始める。

これこそがジャンヌの奥義の一つ、氷花グラッセ・フルールだ。


「貴方の魔力を吸って、氷の花は華やかに咲き乱れる⋯⋯」


小さな氷の花びらが、徐々に大きくなっていく。

そして男の顔が脱水されていくかのように、みるみる内に萎びていく。


「ア、ア、ア⋯⋯!!」


「全てが終わった時、貴方は花咲く美しい氷の彫刻になっているわ」


男の体が急激に低下し体に霜が降り始める。

氷の花が男の体を彩り、まるでそれは氷の彫像のようである。


そして男が完全に氷に包まれた⋯と同時に氷が砕けた。

そして中から意識を失ったプロデューサーの男が崩れ落ちるように倒れ伏す。

男の肌は真っ白になり、心肺停止一歩手前の瀕死状態だ。


さようならオ・ルヴォアール。もう二度とナオトと私に近づかないで」


そう言い残すジャンヌに二の句が告げられる者は誰も居ない。

それほど怒りを見せるジャンヌのパワーは圧倒的だった。


後日談として、この時氷漬けにされたプロデューサーは命は助かったもののこれがトラウマになった結果退職することとなり、プロデューサーの悪名高い乱暴な取材に閉口していた他局の報道関係者はこの事件を伝説として語り継ぐことになったという。

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