第144話 ホテルにて

スターズ・トーナメントの試合方式は文字通りのトーナメント方式だ。

男女それぞれ100人がトーナメント表で振り分けられた後に、一対一の対戦を行うことで数を減らす。そして、二回の対戦を行うことで25人の上位選手を選抜する。

その後、敗者復活戦を別途行って7人を補充した後に、最後は32人による最後の決勝トーナメントを行ってその年の優勝者を決めるというわけだ。


そして、直人の最初の試合は前田友則との勝負。

合宿の時の気弱で自信の無かった彼とは違い、今のトモは強敵だ。

ホテルの片隅で、八重樫から渡されたタブレットからトモの情報を読む直人。

対策、と言うほどでもないが彼についての情報は頭に入れておこうということだろう。


なお開幕式が終わった後に、本戦はすぐに始まった。

直人の出番は翌日の午前中。因みに今日は烈と俊彦、そして雅樹が開幕式終了後に始まる一回戦に出場することになっている。

3人の対戦相手は強敵だが、それでも一回戦突破は確実だろうと言われていた。


するとここで、直人の端末に電話がかかる。

端末にはマキの名前が表示されていた。

ボタンを押すと、やや掠れたマキの声が聞こえてくる。


『やあ⋯⋯直人。元気かい?』


「相変わらずお酒飲んでるみたいですね。体壊しちゃいますよ?」


『アタシに壊れて困るもんなんてないんだよ。久々にテレビを付けて応援してるんだから、ちゃんと直人も優勝トロフィーを持って帰ってくること。いいね?』


「はいはい⋯⋯」と呆れ気味に呟く直人。


「正体がバレないように加減しますよ。現役時代の自分の動きの癖も把握してますし、誰にも分からないように上手くカモフラージュしておきます」


『そりゃ、大いに結構なことだね。それは兎も角直人、君に一つお知らせがある』


するとここで、マキが声のトーンを落とす。


『ドン・ファーザーについてのことだけど、一つ妙なことがあるんだ。これは、アタシが海外のネットサーバーをハッキングしてゲットした情報なんだけどね⋯⋯』


すると、直人の端末に画像が送られてくる。

それをクリックする際に、『グロテスクな画像だよ!』というマキお手製の注意喚起の警告が表示されるが直人はそのままクリックする。直人はその手の画像を数えきれないほど見ており、強い耐性を獲得している。


すると、映し出されたのは⋯⋯


『イギリスで起きた殺人事件で、犠牲になったと言われているホトケさんの写真さ。残っていた魔力の痕跡と、独特な刺し傷の痕跡から、これをやったのはドン・ファーザーの得意技『影の三銃士』によるものだと言われてるけどねえ⋯⋯』


ズタズタにされた遺体の写真だった。

常人なら反射的に目を背けたくなるような写真だ。

それを呼吸を乱すことなく平然と見る直人。


「何か問題があったということですか?」


『その通り。問題も問題、超が付く大問題だよ』


すると、マキは別の図を直人に送る。

そしてデータを受信した直人は、それを開いた。


「神経系列の異常動作?」


それは、遺体の検視結果を纏めた機密文書だった。

しかもその多くが黒塗りにされてそう簡単に見られないように細工がされている。しかしマキの分析能力の賜物なのか、黒塗り部分も閲覧できるようにしてあった。


『そうさよ。ホトケさんの脳や脊髄周辺の中枢神経と末梢神経に、明らかに剣による外傷とは関係がない魔力の痕跡があったのさ。その魔力による神経浸食は相当なもので、特に脊髄の神経はどんな治癒異能力でも修復不能な状態だったらしいね』


ここで、直人はあることに気付く。


「神経を侵食する⋯⋯」


それは、ある一つの事実に収束する。


『分かるだろう? それは『魔眼』の典型的な特徴だよ。ありとあらゆる異能に精通しているドン・ファーザーと言えど、魔眼の複製は不可能。つまり、このホトケさんの神経を蝕んでいた魔力の持ち主はドン・ファーザーじゃないってことさ』


因みに俊彦が持っている魔眼も、理屈はそれと同様だ。

魔眼を相手が直接見ることで視神経を通して中枢神経を侵し、相手に幻覚を見せるのである。光を操ることで幻覚を見せるのとは大きく異なり脳に直接働きかけることで幻覚を見せる魔眼は、高度な五大体術の一つである『ハライ』を持っていない限りは回避することが非常に難しい。


「冷静に考えてみるとおかしいですね。ドン・ファーザーが、魔眼で神経を支配されている人間をめった刺しにする理由が分かりませんし、そもそも魔眼を使った術者が誰なのかも分かりません。それに、これが書かれている文書は⋯⋯」


『アタシレベルのハッカーじゃなきゃアクセスすら出来ない程の厳重なセキュリティガードで保存されていたよ。つまり、この文書を作った人間はこの解剖結果を何が何でも隠蔽したかったってことになるかねえ』


マキと直人の間で、少しずつ広がっていく違和感。

もしこれが明らかになれば、ドン・ファーザーの影の三銃士によって負わされた傷以外にも、何故この犠牲者が魔眼によって神経を侵されるに至ったのかについても説明が必要なはずだ。だが、それについては完全隠蔽されている。


『魔眼による神経侵食。それを何故隠す必要があったのか? アタシはこう考えたんだよ。恐らく魔眼を使った奴は、『話題にもしたくない程のヤバい奴』だったと』


それを聞いた直人は、続けるように言う。


「もしくは、ドン・ファーザーに濡れ衣を着せたかったという可能性もあります。因みにマキさん、その神経侵食はどういう作用のある異能力だったんですか?」


『それがねえ、まーーったく分かんなかったらしいのよ。どのデータを見ても『UNKNOWN』の一点張りさ。調べる気が無かったのか、それとも分析出来ない程の奇妙な異能力だったのか、推測するしかないって感じさね』


魔眼、分析困難、全身の神経を侵食。

この時点で直人の脳裏にはある人物の存在が浮上していた。

だがまだ『確定』ではない。確定するには証拠が不足していた。


『ただ、一つ言えることがあるよ。ドン・ファーザーは快楽殺人者の類ではなく、明確な理由があってホトケさんを串刺しにしたんだろうさ。その理由こそが、この文書に書いてある神経侵食、そしてこの文書を書いた奴らが隠したい真実かもしれない』


そう話すマキ。

だがここで、唐突に直人のいるホテルの部屋の入り口でチャイムが鳴った。


「マキさん、これ以上話すのは止めておきましょう。お客さんが来たようです」


『用心するんだよ。敵は何処にいるか分からないからね』


電話を切る直人。

そして直人は入り口に繋がるマイクのスイッチを入れた。


『葉島。ここがお前の部屋なのは分かっている』


「この声⋯⋯赤城原か?」


声の主は、赤城原翔太郎だった。


「ここは大会関係者以外は立ち入り禁止のはずだ。何故、お前がここにいる?」


すると、少し間を開けた後に彼は続けた。


『少し話したいことがあるだけだ。いいから開けろ』


簡潔に、それだけ言う翔太郎。

直人に対してぶっきらぼうなのはいつものことだが、それにしても今日の翔太郎はいつもと比べても口数が少ないように感じた直人。


違和感を感じつつも入り口に近づいて、扉を開けようとした。

が、その瞬間直人の持つ第六感が何かを感じ取った。


「⋯⋯妙だな」


『妙とは何だ。お前と僕の仲だろう、いいから開けるんだ』


理屈ではなく、それはある種の本能。

真実に最速で到達する、直人が持つ歴戦の勘かもしれない。


「あの赤城原が、『お前と僕の仲』とほざくほどお互い友好的な関係だと認識しているとは思えない」


『⋯⋯⋯』


それは、明らかに扉の向こうから感じる違和感。

何より扉の向こうから感じる魔力は、かつて直人が翔太郎と手合わせした時に感じた魔力のそれとは明らかに違い、そして異質だった。


「⋯⋯この俺に、何の用だ」


『ただ少し話したいことがあるだけだと言っているだろう』


直人の体を、透明な魔力の鎧が包んでいく。

彼が持つ最強の武装能力、マトイの装甲だ。


「お前の持つ能力は知っているぞ。対象の記憶から人の声を読み込み、限りなくその声に似せる声帯模写の能力とかな」


スーツケースに手を伸ばす直人。

そして、黒く光る黒刀を手に握った。


「それに、お前の魔力の波動は既に一度直接手合わせして知っている」


扉の向こうから感じる魔力を、直人は一度だけ直接触れて知っていた。

瑛星学園で、突如として現れた黒い人形3体を倒した時のことだ。

鞘から刀を抜き、直人は一気に扉を開けた。


「随分と余裕だな。お前は闇の中を逃げ続けていると思っていたんだが」


そして、扉の前に立つ男にその刃先を向けた。

その先には赤城原翔太郎とは似ても似つかぬ、異国からの客人が居た。


『お見事だ。君のそのマトイに対抗できる人間はこの世におるまい』


『見え透いた世辞はいい。俺を脅しに来たのか? ドン・ファーザー』


杖を持ち、右目に片眼鏡を掛けた男がそこにいた。

フランス語の讃辞に対して、直人は同じくフランス語で言葉を返す。

身長は直人より少し高いくらいで、直人同様に歴戦の経験から来るオーラに似た威圧感を放っている。彼こそが、ドン・ファーザー。かつては騎士王と呼ばれ、今は欧州指折りの犯罪者の一人と呼ばれる男だった。


『日本語で話してやってもよいが、君には聞かれたくない秘密がたくさんあるのではないかね? それは君の体を纏う芸術的なマトイが雄弁に語っているだろう』


杖で直人を軽く小突こうとするドン・ファーザー。

しかし直人に触れようとする杖先は、ジュッという焼けるような音と共に跳ね返される。


『いつ見ても見事だ。君のその鎧を持ち帰ることが出来るのなら、全財産の半分を失っても惜しくないとすら思える』


だが直人は、手に持つ黒刀をドン・ファーザーの喉元に突き付けた。

それに目の前の男は同様の素振りすら見せない。


『話したいこととは何だ? 予言のことか? それとも俺のもう一つの顔についてか?』


3つ目のことについて話す場合は、直人も相応の行動をとらざるを得ない。

するとその男、ドン・ファーザーは言った。

不自然さすら感じるほどの笑みを浮かべながら。


『おめでとう。今日はそう言いに来ただけだ。スターズ・トーナメントには君も出場するのだろう? まるでアリの群れの中を大龍が闊歩するような話だ』


一歩だけ後ろに下がるドン・ファーザー。

するとまるで降参だとでも言うように、両手を挙げる。


『君の強さを世界の誰よりも知っている私が君を殺しに来ると思っていたのなら、君は私の力を過大評価しすぎているようだ。さあ、そんな物騒な物を私に向けるのは止めて刃を鞘に納めたまえ。私は、君より弱いのだから』


直人に対して危害を加える意図は感じない。

それだけに不気味さはより一層に強く感じた。


「⋯⋯分かった」


その言葉に嘘はないと感じた直人は、刀を納める。

しかしそれでも警戒心は全く緩めない。


『何故、俺に会いに来た?』


『古い友人に挨拶しようと思うのはおかしいことだと思うのかね? 日本の警察など私の前には木偶の坊も同然。彼らの監視をかいくぐってここまで来るのは何の造作もないことだったぞ』


フフッ、と笑うドンファーザー。

それは彼を追う日本の警察たちを、鬱陶しいコバエ程度にしか認識しない余裕に満ちた様子だった。そんな彼の左目は直人を真っすぐ見つめている。


『君の正体を知るのは、世界でも片手で足りるほどしかいない。フォールナイトの東洋人たちと、そして私。後は、コードゼロと⋯⋯⋯』


だが、それ以上は言葉が続かなかった。

ピュッ、カチンという鋭い音。ドン・ファーザーの右の眼鏡がパキンと割れた。


『それ以上余計なことを言ってみろ。お前の首を跳ね飛ばすぞ』


しかしドン・ファーザーはその反応すら見越すようにニヤリと笑う。

その様子は得体が知れず、そして何より不敵極まった様相だった。

彼は取って付けたようなオーバーアクションと共に踵を返す。


するとここで、直人が口を開いた。


『お前は何故この日本にやってきた? 密入国し、ジャンヌも連れて大会に送り込んだ。そこまでのリスクを背負ってまで何故お前はここに来た?』


それは純粋な疑問であり、問いかけだった。

いや、もしかしたら直人はこの時点で『雰囲気』を察していたのかもしれない。

ドン・ファーザーから漂ってくるその雰囲気は、言うならば今生の別れにも等しい、悲壮に近いものを漂わせていたのである。


すると彼は振り返ると、フランス語ではなく日本語で直人に言った。


「過去を清算するためだ。私はここで全ての血塗られた過去に終止符を打たねばならないのだよ」


それは、『それ以上は言う必要がない』とでも言うかのような凄まじい迫力を秘めたドン・ファーザーの言葉だった。

その言葉の裏には、命を賭して戦う様な男の信念に近いものがあった。


「君は自分の戦いに集中することだ。では、失礼する」


「待て、まだ話は終わっていないぞ!!」


だが、それ以上はもう言葉が返ってくることは無かった。

強い閃光の光がフロアを満たし、直人は一瞬だけ目を伏せる。


そして光が消えた時には、ドン・ファーザーは姿を消していた。

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