第139話 束の間の余興

ここは、山宮学園レベル1クラス教室。

本当は授業中の時間なのだが、何故か教室の真ん中にはホールケーキがある。


「葉島の本戦出場決定に、乾杯!!」


新の音頭と共に、カランと心地よいグラスの音が響いた。

教室に居るのは新、修太、真理子、そして夏美、直人の5人。

なお健吾は、予選会のダメージを考慮して今日一日だけは休んで明日から学校に来ることになっている。また主役の直人は教室の真ん中で『本日の主役』と書かれたタスキを掛けて座っていた。


担任の雪波は、このパーティを見て見ぬふりをしてくれている。

あくまで『私の眼には映っていないだけだ』と言い張って教室の隅に座っている。

本来許されないパーティなのだが、それだけ彼女にとっても特別な出来事だという認識があるからこそ、そういった配慮をしてくれているのかもしれない。


直人と八重樫の一騎打ちは、学園全体でも語り草となっていた。

無敗だった八重樫に初めて土を付けた男、異能を使わずに生徒会のトップを倒した男、などの異名が付いているという噂もある。


「本戦はレベル1全員で応援に行くよ。若山も来るだろ?」


「⋯⋯⋯⋯」


新の問いに対して、コップを片手に能面の如き表情を浮かべている夏美。

彼女は未だに、決勝で負けたことを引きずっていた。


「あの時、反異能を使っていれば⋯⋯いえ、それよりもフェイントを入れて⋯⋯」


決勝で負けてさぞ荒れているかと思いきや、彼女は意外に冷静だった。


彼女の机に山積みにされたノート。

それは決勝の時の自分の動きを、ミリ単位で分析した結果を纏めた物だった。

酒井瀬奈、(正確にはジャンヌ・ルノワール)がどんな力の持ち主だったか、また再び戦うときにはどんなアプローチをするかなどがノートに書き込まれていた。


そして今もコップを片手に彼女は分析を続けている。

恐らく彼女の頭には、ジュースの味がどうだったかなど一切入ってはいないだろう。


それを見て、新は横の真理子に言う。


「若山も行くってさ」


「そんなこと言ってなかった気がしますが⋯⋯」


するとここで、教室の扉をトントンと叩く音が聞こえる。

「授業中失礼します」と声がして、中に入ってくるのは生徒会の元木桃子だった。

思わぬパーティの様子に彼女は一瞬驚くが、すぐに桃子は中央にいる本日の主役に目を向ける。


「葉島直人さん。少しお話してもいいですか?」


タスキを外すと、立ち上がる直人。

きっと、スターズ・トーナメントの本戦についての話だろう。

教室を出て、彼は桃子の後についていく。


暫くして桃子と直人がやって来たのは、誰も居ない空き教室だった。


「まずは、本戦出場おめでとうございます」


事務的な桃子の言葉に、軽く会釈する直人。


「まさか、八重樫先輩が負けるとは思っていませんでした。そして、葉島直人さん。貴方がまさかここまで『出来る』人だとも思っていませんでした」


彼女にとっても予想外な出来事の連続だったのだろう。

そう言う彼女の様子は、やや自分の予想が外れたことに対する困惑が混ざったようなそんな様子だった。


「葉島直人さん。貴方は異能が使えませんね?」


「はい。使えません」


「であれば、何故勝てたのですか? それに、その強さの根源は一体どこにあるんですか? 異能が使えないなら、生身の力だけで勝ち上がったということですか?」


疑問を投げかけてくる桃子を見ながら、直人は思う。

もしや、彼女は五大体術を知らないのではないかと。


「マトイで異能を跳ね除け、ハライで八重樫先輩の賢者の石を無効化しました」


「マトイ⋯⋯? ハライ⋯⋯?」


「山宮学園では教えていない技術です。この力を持つか持たないかで、力は大幅に変わってきます」


博学である桃子ですら五大体術は知らない。

山宮学園は、相当五大体術の締め出しに力を使っているようだ。


「⋯⋯分かりました。貴方がその五大体術というものを使って団長を破ったという言葉を信じましょう。私も後で調べてみます」


そう言いながら、桃子は直人に自分の端末を出すように促す。


「まず本戦ですが、葉島さんは個人戦のみの出場となります。1次、2次の予選成績が芳しくなかったことから、団体戦の代表からは外れてもらうことになりました」


直人としても、それは願ったり叶ったりだった。

彼が得意なのはあくまで個人での戦いだ。周りと連携しての戦いは苦手である。

決してそれを考慮したわけではないようだが、結果オーライだろう。


「団体戦の選考はどうしたんですか?」


「決勝で敗れてしまったとはいえ、八重樫先輩が山宮学園最強クラスの戦力なのは変わりません。先生方の意向も含めて、今回の団体戦のメンバーには八重樫先輩も入ることになりました。これがメンバーの名簿です」


それを聞いて内心安堵する直人。

すると団体戦の代表メンバーには以下の名前があった。


山宮学園団体戦、レギュラーメンバー


八重樫慶、星野アンナ、志納篝、前田友則

海野修也、元木桃子、小國怜音

光城雅樹、榊原摩耶、仁王子烈


そこには、意外な名前が一つある。

直人にとっては遥か前のような、もう懐かしさすら感じる名前だ。


「前田先輩もメンバーに入ってるんですか?」


「合宿以降から、急激に力を高めたと評判のようです。何か良い転機があったのかもしれませんね」


合宿では雅樹や摩耶に力の差を見せつけられていた3年生の前田友則ことトモ。

どうやら彼は、この数か月で大きなレベルアップを果たしていたらしい。


「また、つい先ほど個人戦のトーナメント表が発表されました。こちらのデータは端末に送っておくので後で見ておいてください」


すると直人の端末にトーナメント表が送られてきた。

表を軽く見ても、やはり全体的に山宮学園の生徒がかなり多い。

男子と女子でそれぞれ表が分かれており、直人は表の一番端っこに名前があった。


「それと葉島さん。貴方に一つ伝えておかなければならないことがあります」


「⋯⋯何ですか?」


すると桃子は、少し間を開けて言った。


「もっと上のクラスに行きたいと思いませんか?」


「何ですって?」


「言葉の通りです。今のレベル1クラスではなく、もっと上のクラスに昇級したいという気持ちはないのかという話です」


ジッと直人の目を見つめる桃子。

対して直人は、あっさりと口を開いた。


「思いません。僕はレベル1クラスに不満がありませんから」


桃子はそれを聞いて僅かに頷く。

それはまるで、直人がそういうことが分かっていたかのようだった。

すると彼女は口を開いた。


「去年も、この時期に私は同学年のレベル1クラスの様子を見たことがあります。その時のレベル1クラスの状況はどうだったか、分かりますか?」


首を横に振る直人。

すると、桃子は言った。


「学級崩壊、という表現が最も適当だったかもしれません。クラスのほぼ全員がこの学校を脱出する方法しか考えておらず、喧嘩や言い争いが絶えない教室。そういう環境を見て、私もここにだけは居たくないと思ったものです」


その言葉の後に、彼女はふと視線を上げた。

それはまさにレべル1クラスの方だったかもしれない。


「だから、さっきのあの光景を見た時は驚きました」


ケーキを囲んでいる6人の姿のことだろう。

上位クラス生の苛烈な虐めや学校の排他的な指導が常態化していた環境で、あのような光景を見るのは奇跡に近かったのかもしれない。


「それが、少しだけ羨ましいなと思ったり⋯⋯」


「羨ましい?」


「私は、あまりそういう経験がありませんから。物心ついた頃から、一人で研究ばっかりしてましたし⋯⋯たまに海野君が誘ってくれるけどつい断ってしまうんです」


眼鏡を外すと、眼鏡拭きでレンズを拭く桃子。

派手なアンナに隠れがちだが、桃子も可愛らしい顔立ちをしている。


しかしそれは、少しだけ寂しそうな様子にも映った。

暫くして眼鏡を掛け直すと、彼女は言った。


「団長を倒したその実力、本戦でも見せてください。期待してますよ」


直人にそう言い残すと軽く会釈して、桃子は去っていった。

もしかしたら、彼女はまだ他にも聞きたいことがあったのかもしれない。

でもそれを途中で押し殺したような、そんな感じだった。


そして残される直人。


トーナメント表がダウンロードされた端末をポケットに仕舞うと、彼はレベル1クラスの教室へと戻った。


「お帰り。何話してたの?」


新の言葉に本戦のトーナメント表を渡されたと答える直人。

昇級についての話をされたことは言わなかった。


しかし、ここであることに気付く直人。

直人のために用意されたはずのケーキがない。


「ケーキは?」


すると、一斉にそっぽを向くクラスの面々。

特に白々しく口笛を吹き始める新に視線を向けると、新は白状した。


「ゴメン葉島。全部食べちゃった」


何が何でもこちらは見ないとばかりに顔を伏せる真理子と修太。

また、素知らぬ顔で最後に残ったイチゴを口に入れているのは夏美だ。


「俺、今日の主役だよな?」


「お、俺は一きれしか食べてないぞ! てか、先に食べようって言いだした修太が悪い!」


「ぼ、僕は残しておこうって言ったけど、殆ど食べちゃったのは若山さんじゃん!」


一斉に責任のなすりつけ合いを始める一同。

すると夏美は、イチゴを飲み込むと視線を逸らしながら言った。


「あら、私は少しだけ残しておいたわよ。いつの間に消えてたけど」


そこにいる全員の皿を確認する直人。

すると一番目立たない所にいる、某教師の皿の上にブツがあった。


「スマンな葉島。教室のレンタル料として残りはこの私が頂いた」


どうやら、主役以外はケーキを堪能したらしい。

なおこれ以降主役が完全に拗ねてしまったため、本日のパーティはお開きとなった。


お祝い会、というより直人をハブリ倒しただけのケーキ試食会はこれにて終わる。

しかし同時にそれは、直人の本戦への送別会でもあった。


そして翌日からは、スターズ・トーナメント本戦が幕を開けることとなるのである。

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