第119話 合同練習

「諸君らと、生きてまた会える日が来たことを大変に嬉しく思うぞ」


そんな言葉と共に始まったホームルーム。

普段はぶつくさと文句を言っている新だが、今日は珍しく大人しい。


「どうした向井? 今日は大人しいな」


「いや、だって勇者じゃないですか⋯パンドラと戦ったんでしょ?」


雪波が朱雀賞を受けたのは、新聞を通じて全員の知る所になっていた。

まさか自分が家でアイスをペロペロ舐めていた時に、雪波は国を救うために体を張っていたとなれば流石の新も悪態を吐くことはできない。


すると雪波はハアと溜息をつく。


「私が受けた栄誉賞は、あくまで肩書に過ぎん。かく言う私自身もパンドラ討伐に決定的な仕事をしたとは思ってはいない。あくまで、討伐したのは臥龍だ」


「それはそうだな」と白々しくいう新。

すると雪波はジロリと新を睨むと、手に持っていたボードで新の頭を引っ叩く。


「痛っ! 何するんだよ!」


「スマンな。少し腹が立っただけだ」


微妙に曲がったボードをポイっと捨てると、雪波は話を続ける。


「私は私だ。過去のお前たちの記憶にいる私と、現実、そしてこれから会うであろう未来の私は何も変わらない。だからお前たちも堅苦しくする必要はないぞ。無論、最低限の礼儀は守ってほしいがな⋯⋯」


そう言って彼女は、教壇から一枚の紙を取り出す。


「先生。それは⋯⋯?」


それを見た真理子が雪波に尋ねる。


「まあ、一応教室に張っておけと上に言われただけだ。お前たちも名前くらいは聞いたことがあるだろう。スターズ・トーナメントについての要綱だ」


すると教室にいるほぼ全員の目の色が変わる。

何故ならスターズ・トーナメントはとても有名な祭典だからだ。


「マジで!? やった! 俺、参加する!」


「僕も出てみたいな。勝てないかもしれないけど、参加はしてみたい」


「私も興味があります。ずっとテレビで見ていましたし⋯⋯」


スターズ・トーナメント本戦は、テレビで生中継される。

それも夜のゴールデンタイムに、異能バトルのためだけに建築されたスーパー・スターズ・スタジアムという会場で行われる一大ビックイベントだ。


少なくとも異能を持つ生徒なら、誰もが憧れる夢の祭典だろう。


「工藤先生は、この大会に出たことあるんですか?」


ここで修太が雪波に尋ねた。

すると雪波は頷いて答える。


「二度出場して、一度は本戦に出場したぞ。四方をカクテルライトが照らし、数万人の観衆の前で戦うあの体験は、何にも代えがたい時間だったな」


そう言って、彼女はマグネットで後ろの黒板にパンフレットを張り付けた。


「とはいえ、出場するのは途轍もなく難しい。個人戦は全日本の高校生、上位200人までしか本戦参加を許されない上に、団体戦メンバーに入るには山宮全体の上位30人に入ることを求められる。しかも団体戦はその30人の中の上位10人のみが戦うのでな、所謂レギュラーになりたいならトップ10に入らなければならない」


見る見るうちに下がっていく教室のテンション。

幾らなんでも山宮のドべクラスである彼らがそんな難関を潜り抜けられる訳がない。


そんな教室全体の意気消沈感が伝わってくるようだ。


「無論門戸は誰にでも開かれているのでな、委縮することなくチャレンジするのは良いことだ。例え駄目でも、それで自分の糧になるのなら⋯⋯」


と、雪波が言ったその時だった。


「負けることを前提にチャレンジするなんてあり得ないわね」


パタンと本が閉じる音がする。

音の先にいたのは、若山夏美だった。


「私も、参加するわ。当然それを止めることはないわよね?」


「ああ。誰であっても参加は可能だ」


「良かった。なら、問題ないわね」


それだけ言って、彼女は再び教科書に視線を戻した。

夏美はどうやら本気で勝ちに行くつもりのようだ。


負けることを何ら道筋に置いていない圧倒的自信である。


「おいおい、若山マジで本戦に行くつもりかよ」


「でもあの若山さんですから案外、本当にやっちゃうかも⋯⋯」


そんな会話が新と真理子の間で起こる。

するとここでコホン、と雪波は軽く咳ばらいをした。


「まあいい、それは各々好きにやってもらえると幸いだ。ところで⋯⋯」


ここで雪波は別の紙を取り出した。

そこには生徒の名前がいくつか書いてある。


「新学期早々、諸君らに残念なお知らせをしなくてはならない」


するとここで、雪波の近くにいた男子生徒が紙からサッと目を逸らした。

その男子生徒、中村健吾は俯いてただ話を聞いている。


「中村が該当生徒たちに説得を試みたそうだが、それでも彼らの決心は揺らがなかったようだ。残念ながら、今年の1-5クラスは⋯⋯」


そして前方の黒板に張り出される名簿。

そこには数えるほどしかない名前が書かれた紙があった。


「1-5、レベル1クラスは今居る全員と、あともう一人を加えた総勢7人のみで今後は活動することになった。例年以上に人が減ったのは残念だが、それも彼ら自身が下した決断だ。静かに送り出してやろう」


その名簿にある名前は、7人しかない。

新井修太、瀬尾真理子、中村健吾、葉島直人、向井新、若山夏美。


この6人に加えて、もう一人名前がある。


「長野さんはいるんですか?」


その名簿にはもう一人、長野ひかりの名前もあった。

このまま学校に来ないのではないかと思われていた彼女だが、そこには確かに名前がある。


「夏休みの課外授業を無事に終えて単位取得が認められたため、長野は2学期も在籍することになった。しかしこの教室で授業を受けるのが難しいということから、彼女は医務室で授業を受ける方針で進めている」


敢えて、その理由については触れない一同。

何はともあれ、ひかりは首の皮一枚繋がる形で生き残ったようだ。


「ところでだが、諸君。君たちに加えて一つお知らせがある」


すると今度は、別の白い紙を黒板に張り付ける雪波。

そこには「合同練習会」と書かれている。


「本当は夏休みに行うはずだった瑛星学園との合同練習を、明後日から行うことになった。場所はここではなく瑛星学園校舎にて、バスで移動しての練習会だ」


「おー!」と教室内でも声が上がる。

他校との交流は今回が初めての体験だ。


「因みにレベル2からレベル5の生徒は山宮の校舎間移動バスで現地まで直接移動。我らレベル1は、座り心地最悪のマイクロバスで移動するのが慣例だ」


「おぅ⋯⋯」と一気に冷めた声が教室内で上がる。


「ケツを破壊されたくなければ敷布団の一つや二つは用意しておくんだな。なお、瑛生学園はDH養成校ランキングではⅡ類に属するハイレベルな学校。お前たちも彼らから多くの物を学ぶ機会があるはずだ」


ここで、新が雪波に尋ねる。


「DH養成校ランキングってなんですか?」


するとそれに答えるのは、隣の真理子だ。


「大まかなDH養成校のレベル分けの種別のことです。スターズ・トーナメントの団体戦でシード権を得ている学校は日本で4校のみですが、その4校はランキングではⅠ類に属します。それに次ぐ、隔年ペースで団体戦出場、また毎年最低2人以上の個人戦での本戦出場者を輩出するような学校は、Ⅱ類に属します」


「てことは、瑛星学園は強豪校ってこと?」


すると、雪波は軽く頷いて言った。


「間違いなく強豪に属するだろう。瑛星学園出身のDHも多数おり、しかも今年は1年生で多くの実力者が入学してきているとも聞いている」


「へえ。じゃあ、俺達は普通に負けちゃうんじゃ⋯⋯」


しかし、そんな新の弱音を聞いた雪波はギラリと鋭い視線を新に向ける。


「理由はどうあれ、下手な事をすれば痛い目を見るぞ向井。山宮学園はその実績から常に他校から意識される存在だ。気合を入れて遠征に向かったほうが良い」


「べ、別にそんな殺気立たなくても⋯⋯」


すると雪波は、ハアと溜息をついて言った。


「実はな、瑛星学園と山宮学園は訳あって長く合同練習を行っていなかったのだ。何故か分かるか?」


芳しくない教室の反応を見越したように、雪波は話を続ける。


「所謂、犬猿の仲と言う奴だ。特に瑛星学園は山宮学園をかなり強く敵視していてな、過去の合同練習では模擬戦が最終的に果し合いのようになってしまい、瑛星学園側の生徒が、20人以上病院に担ぎ込まれる騒ぎになったらしい」


「瑛星学園側がって⋯⋯山宮学園は無事だったんですか?」


「数人負傷者は出たが、重傷者は居なかったようだ。単純な力量差が招いた結果と言えばそれまでだが、それがきっかけで長く合同練習会は途絶えることになった」


すると、雪波は教室にいる全員の顔を一人一人見る。

それはまるで彼らを心配するかのようだった。


「いずれにせよ、明後日には他校で合同練習を行うイベントがあるということだけお前たちには知らせておく。まあメインはレベル5の連中のお披露目になるだろうが、お前たちはくれぐれも『悪目立ち』だけはしてくれるなよ」


チラリと、夏美を見る雪波。

彼女は話に興味なしとばかりに、教科書を読んでいた。


「以上だ。それでは授業を始める」


そんな言葉と共に、今日も授業が始まった。




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そして授業が終わる。


授業が終わるや否や、一瞬で席を立つと荷物を纏めて去っていく夏美。

そしてその後ろ姿を他の面々が見送るいつもの光景が広がる。


「合同練習か⋯⋯」


そんなことを呟く新。

黒板に張り出されたプリントを見ながら、他の面々も口を開く。


「他校との交流、私は楽しみですよ」


「僕も楽しみだね。健吾はどう?」


ここでふと、修太が健吾にそんなことを尋ねる。

するとそれに対して健吾はというと⋯⋯


「うん、楽しみ⋯⋯だね」


「どうした? テンション低いなあ」


とても口調は楽しみなようには聞こえない。

それは、何か気になることがあるかのような様子だ。


「気になることあるなら言っちゃえよ」


そう促す新につられるように、健吾は小さな声でポツリと呟いた。


「瑛星学園って、レベル1クラスの何人かが編入した学校なんだよね」


一瞬、空気が止まったような気がした。

無意識に修太は、ガラガラになった教室を見回す。


「レベル1クラスって⋯⋯結局山宮を退学しちゃった他の人のこと?」


「うん。毎年除名処分だったのを、今年は退学処分で済ませてくれてるから編入もしやすかったってさ。だからもう何人かは、編入先の学校で活動してるみたいなんだ」


7人しかいなくなったレベル1クラス。

残りの23人は、山宮を去って別の道を歩んでいるのだ。


「僕の知ってる範囲だと、天野君と小野寺君。あと白井さんが瑛星学園に編入したって聞いてる」


「ええっと⋯⋯誰だったっけ?」


「確かお三方とも、このクラス内では優秀な方々だったと思います。しかし、こんなに早く元レベル1クラスの方と会うことになるなんて⋯⋯」


修太は、名前が出た3人のことはよく覚えていないようだ。

しかし真理子は、何となく覚えてはいたらしい。


「⋯⋯なんか、会うの気まずいな」


そんなことを呟く新。

しかしその時、突然教室の扉が開いた。


「何を言ってるの? むしろ気まずいのは瑛星学園に『逃げた』あちら側じゃない」


そこには、教室を出て行ったはずの夏美がいた。

恐るべき地獄耳で、教室での会話を聞いていたらしい。


「山宮学園から去った時点で、トップクラスからは脱落したも同然。自らレベルを落とすことを望んだ弱者に、気を使う必要なんてないんじゃないかしら。胸を張って堂々と、彼らの前に立ってやればいいのよ」


そう言ってバタン!と扉を閉じる夏美。

どうやらそれだけ言うために、わざわざ戻って来たらしい。


そしてそれを聞いて教室にいる全員が思う。


「⋯⋯合同練習中は、絶対に元レベル1クラスの人と若山は会わせちゃいけないな」


そんな新の言葉に、全員が頷く。

どちらが正しい、正しくない以前にこのままでは余計な争いを招きかねない。

雪波が危惧する『悪目立ち』の権化たる夏美をどこまで抑えられるか。


そんな一抹の不安を抱える一同の時間はあっという間に過ぎていく。


そして2日後、遂に合同練習の日がやって来た。

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