第114話 戦いを終えて
『それでは、只今より表彰式を開式致します』
ここは日本DH本部。
そこには一列に並んだ14人のDH達が居る。
「S級DBパンドラと勇敢に戦い、任務遂行した諸君らに朱雀賞を授与する」
そう言うのは、壇上にいるDH協会会長。
代表として壇上に上がるのは、雪波だった。
結果的に封印という過程を辿らなかったとはいえ、パンドラ封印の任務のために非常に危険な任務を遂行した実績を評価して、彼らには第三級朱雀賞が用意されていた。
「工藤隊員。貴公は特に危険な役目を担ったと聞いている」
中でも二人分の誘導を担った雪波には第二級朱雀賞の授与も検討されたが、最終的には三級の授与で収まった。しかし雪波自身が今回の表彰をあまりよく思っていない。
「私は何もしておりません。パンドラ討伐を行ったのはあくまで彼であり⋯⋯」
しかし、会長は軽く首を振る。
そして雪波の首に朱雀賞のシンボルである、鳥を模ったメダルを掛ける。
「そう言わず、受け取ってくれ。いずれにせよ、貴公の働きは見事だった」
本来ならテレビで中継される表彰式なのだが、今回は完全に非公開だ。
DH関係者の乾いた拍手が会場に広がる。
続いて他の13人にもメダルが渡されると、式は早くも終盤になる。
『続いて、特級朱雀賞の授与に移ります⋯⋯』
しかし会場にいる面々の視線は動かない。
それもそのはず、会場のど真ん中に置かれた椅子には誰も居ない。
『特級朱雀賞受賞者の臥龍様ですが、本日は欠席です』
「いつものことだろう。奴がこういった場に来たのは見たことがない」
会場の隅で、煙草に火を点けてそう言うのはNO3だ。
その横には、羅刹、NO4、NO5の三人がいる。
「表彰式を放送しないのもこれが理由だろう? パンドラを倒した一番の功労者が会場に来ていないのに、臆面もなく他の奴らが賞を受け取る様など見せられんからな」
しかし、それを聞いたNO4が言う。
「アンタだって何もやってないじゃない」
「やめておけアリーシャ。言わせておけばいいだろう」
早くも口論の気配が出てきた所で、すかさずNO5が間に入る。
どの道ここにいる全員、パンドラに対抗することが出来なかったのは事実なのだ。
するとここでNO5が羅刹に尋ねる。
「羅刹。お前は
「⋯⋯うん」
「どうだった? 奴にダメージは入っていたか?」
「全然。あれでダメージが入らないなら、どうやったってパンドラには勝てない⋯」
「お前の超新星滅殺砲でダメージがないなら、相当な怪物だったということか」
ポケットに手を突っ込んで、そう言うNO5。
しかしここで彼は付け加えて尋ねる。
「騎士王はどうなったのだ。彼は亡くなったのか?」
するとNO4ことアリーシャが横から言う。
「遺体収容のために海底を調べたらしいけど、何も見つからなかったみたいね」
「フン。海流に流されて海底に沈んだのではないのか?」
話すことはもう無いとばかりにNO3は会場の扉を開ける。
「工藤にはこう伝えておけ。『いくら勲章で着飾ろうと、俺がお前を認める日は永遠に来ない』とな。それと、もう一つ」
すると咥えた煙草を手で握りしめて彼は言った。
「来週より私は、山宮学園第一学年のレベル5クラス担任だ」
羅刹、NO4、NO5の間で僅かばかりの静寂が流れる。
彼らは、目の前の男が何を言っているのか分からないという様子だ。
「⋯⋯は? 嘘でしょ?」
「嘘ではない。現レベル5クラス担任の波動は、所詮は前主任の北野が気に入っていたから重用されていたに過ぎん。最高クラスたるレベル5を担当するには力不足だ」
NO4の言葉に対して淡々とそう言うNO3。
「加えて今年は、光城家の御曹司と榊原家の長女を迎え入れている歴史的な年。更にその他にも才を持て余した奴らが多くいるとのことでな。波動では御しきれんと理事会が判断した結果、急遽私が教師として山宮に行くことになった」
「じゃあ、波動さんはどうするのよ。荷物運び?」
そう言う羅刹の言葉に、フンと鼻を鳴らすNO3。
「それでも大いに構わんがな。兎に角、奴には暫くの間DH協会の普通隊員として活動してもらう」
冷徹にそう言い放つNO3の様子は、半ば波動を見下すようであった。
「というわけで、私は今日をもってゴールデンナンバーズを脱退する。後任についてはいくつか候補が上がっているが、名簿くらいは目に通しておけ」
そう言って懐から紙を取り出すと、羅刹に投げ渡す。
「何人かの有力者をピックアップしているが、お前たちの中で推薦したい人間はいるか?」
するとNO4とNO5が口を揃えて言う。
「アタシは明日香がいい。アンタ達と違っていい子だし」
「お前が言うなアリーシャ。だが、俺も同じだ。俺も不知火明日香を推す」
揃って二人が名前を挙げたのは不知火明日香だ。
彼女は現在、日本全国のDH達を統括する『DH総指揮官』という要職に就いている。協会内ではDH協会会長と、協会特別顧問に告ぐ第三のポジションだ。
だが、NO3は意地悪気に懐からマジックを取り出した。
「そう言うだろうと思って名簿に名前を書いておいたが、実際は不知火のゴールデンナンバーズ入りは不可能だ。全国各地のDHの情報を全て網羅し、DBの情報もほぼ全て把握している彼女の力を考えると、総指揮官からは外せないと会長が仰った」
そう言って不知火明日香の名前をキュッキュと黒く塗るNO3。
またそれを恨めしげな様子で見るNO4。
「⋯⋯で、他に候補者はいるか?」
誰も、何も言わない。
不知火明日香じゃないなら誰でもいい、とでも言うかのような様子だ。
「貴様らが何も言わないなら、私が勝手に推薦するがそれでも良いか?」
「好きにしなさいよ。どーせ、誰が来たってアタシの仕事は変わんないし」
早くも興味を失い始めているNO4.
するとNO3は言った。
「実は最近、急激に評価を高めているDHが一人いる。年こそ非常に若いが、既に隊を率いて多数のDBを討伐した実績もある有力な人物だ」
そしてNO3は名簿のある一点を指差す。
「私は彼女を、ゴールデンナンバーズの新たな一員に推薦しようと思っている」
そこに書いてある名前を、NO4とNO5は揃って見る。
「中村椿? 聞いたことがあるようなないような⋯⋯」
「確か今年15歳の女子中学生だな。何でも、あのノースロンドン・ハンターカレッジが特待で迎え入れようとしているなんて噂も聞く」
「中学生!? 嘘でしょ!?」
しかし、NO3は大真面目で頷く。
「中村は半世紀に一人の逸材だ。だからこそ、早いうちからゴールデンナンバーズに入れておきたい」
「ちょっと羅刹!! アンタも何か言いなさいよ!」
するとNO4 はここまで殆ど口を開かない羅刹に話を振る。
しかし羅刹は、NO3同様に頷くと言った。
「いいんじゃない? あの子とは話したことあるけど、とても良い子よ。それに強いわ。あの年であれだけ強いなら、すぐに私達も抜かされちゃうかもね」
羅刹の言葉を受けて、現役ゴールデンナンバーズの総意が固まったと判断したようだ。NO3は羅刹から名簿をひったくると椿の名前に丸印を書く。
「では、そういうことだ。私はこれで失礼する」
そう言って彼は去っていった。
そしてそれをNO4は白けた目で見送る。
しかし暫くした後、彼女はふと思いだしたように言った。
「ということは⋯⋯アタシ、明日からNO3になるのかな!?」
すると羅刹は言った。
「暫くはならないわ。仮に中村さんがゴールデンナンバーズに入っても、あくまで『仮入団』だから。NO3は空席のまま、中村さんは数字無しで業務開始ね」
「つまんないーー!! アタシはもっと早く出世したいの!!」
「落ち着け。ここでデカい声を出すな」
見ると会場の何人かは、何を大騒ぎしているのかとこちらを見ている。
しかしNO4はどうにも収まらないようで、羅刹とNO5を見ると言った。
「仮昇格祝いでパーッと、パーティしましょうよ! NO7も誘ってさ!」
「NO8は誘わないのか?」
「あの子も連れて来なさいよ。可愛がってあげるわ⋯⋯!」
若干、NO4の手の動きが卑猥な動きをしたように見えたが恐らく気のせいだろう。
しかしここで羅刹が、ボソッと言った。
「その資金はどうするの?」
するとさも当たり前のように、NO4は言った。
「コイツが、全部出すのよ」
NO5を指差しているNO4。
するとNO5はコホンと軽く咳払いをして羅刹に言った。
「この近くで一番上等な店を探して予約しておいてくれ。心配しなくとも店の料理から貸し切り代に至るまで、その全額はアリーシャの給料から差し引く」
「ちょ、ちょっと何言ってんのよ!? もういい、だったら羅刹が払いなさい。貴方、大学生のくせに結構稼いでるの知ってるのよ」
「嫌だ!! 前にそれで、嘘みたいな額のワインを何本も開けられて⋯⋯!」
という様子で、ワイワイと大騒ぎし始める三人。
そしてその様子を遠く離れたNO3は横目に見て小さく言う。
「甘っちょろい連中め。私は馴れ合いが心底嫌いだ」
そう言って彼は胸元の金のバッヂを掴むと、会場近くの池目掛けて放り投げた。
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時刻は少々巻き戻る。
パンドラのとの死闘が終わった後の、太平洋沖合。
パンドラとの苛烈な戦いの跡地。
凍り付いた海は少しづつ、だが確実に溶けつつあった。
「プハッ!!」
そんな中、一人の男が氷を砕いて海面へと現れた。
「僕は⋯⋯何で海の中にいたんだ!?」
手には氷を砕くために使われた日本刀がある。
銀に煌めくそれは、カグツチと名付けられた刀だった。
彼の目の前には凍てついた氷で覆われた北極のような光景が広がっている。
その男は数多の戦いの経験があったが、それでも今回の様な経験は初めてだった。
「そ、そうだ⋯⋯僕はこれからパンドラを倒しに行かなきゃいけないんだ!」
その男、アレクサンダー・オーディウスは混乱していた。
先程までパンドラを倒すために太平洋の沖合に向かっていたはずだった。
なのに気が付いた時、彼は海の中にいた。
「そうだ、
すると彼は腕の時計に仕込んだ通信機を使う。
通信する相手は、彼の大学での恩師だった。
通信が繋がると、英語で彼は話を始める。
「教授! これからパンドラと戦うので弱点を教えてください!」
しかし、通信した相手はそれを聞いて困惑したように話し始める。
『アレク⋯⋯君は何を言っているんだい? そもそも、生きていたのか?』
「生きているって、当たり前です! 僕は騎士王ですよ!?」
『だったら、これを見て欲しい。人工衛星と、我々がテレビを通じて見たこの世の現実。我々がパラレルワールドの住民だというなら話は別だがね』
すると腕時計から空中にビジョンが照射される。
そこから映し出されたのは、アレクが想像だにしていないものだった。
「僕が⋯⋯やられている!?」
『君の腹部が貫かれ、海に沈んだのは人工衛星が確認している。また君のデュランダルが砕かれたのは全世界の人間が目撃しているよ』
「う、嘘だ! 僕にそんな記憶は無いんです! それに傷だってない!」
「うーむ⋯」と暫く通信機越しに唸る教授。
そして混乱を極めるアレク。すると暫くして教授は言った。
『あくまで仮説だが、いいかい?』
そう前置きして教授は言った。
『君の体に傷がないのと、そして倒された記憶がないのは『
「時間爆弾⋯⋯?」
『詳しい説明は省くよ。一先ず、時間爆弾によって君が居た辺りの空間は1時間分の事象の巻き戻しが行われたんだ。それによって君の体はやられてから1時間分巻き戻された、つまり無傷で現場まで向かう状態になったんだろう』
そして少し間を置いて、教授は続ける。
『だが広範囲の冷却異能によって、君は目覚めて直ぐに再び失神してしまった。そして海底にて長時間気絶していたが、低体温状態を維持したことで、酸素の消耗を最小限にしたことから死ぬ事無く目覚めたということではないかね?』
そう冷静に分析する教授だが、ここで何かに気づいたアレク。
「ちょ、ちょっと待ってください! つまり、もう戦いは終わったということですか!?」
『そうだ。パンドラはかの伝説のDH、臥龍によって討伐されたよ』
「ガリュウ⋯⋯!!」
カランと、手からカグツチが落ちる。
そもそもこの刀を彼が使い始めたのも、臥龍に対する揶揄に近い物だった。
『君はずっと臥龍は大したことがないと言っていたね。だから本来の武器であるデュランダルと並行してカグツチを使い、同じ日本刀使いである臥龍を揶揄していた』
だが、自分自身を倒した存在を、臥龍は退けた。
その現実だけで、力関係はハッキリと現れている。
だがそれでもアレクには実感がない。
何故なら彼には記憶がないのだから。そして臥龍とは何者かも知らないのだから。
『君が納得できないというなら、今すぐ臥龍に決闘を申し込んできたらいい。そうすれば今度は、『本当に死ねる』と思うよ』
「⋯⋯!!」
教授は、アレクをいつも褒めていた。
出来の良い生徒だと言って彼の才を高く評価し、輝かしい未来があると常に言った。
そんな教授が初めてと言ってよいほど明確に、アレクに挫折を示している。
『自分が臥龍に劣っていると、認められないかい?』
そう尋ねる教授。
対してアレクはハッキリという。
「はい、認められないです」
すると教授はフッ、と通信機の奥で笑う。
『だろうね。君ならそう言うと思ったよ』
暫くの間沈黙が続く。
それは教授がアレクの返答に怒っているからなのだろうか?
しかし暫くして、教授は言った。
『君は若く、賢く、強く、勇敢で⋯⋯そして時に愚かだ』
あくまで穏やかに、怒りを含んだ様子ではない。
しかし教授はその上でアレクにはっきりと言った。
『君はまだ臥龍と同じステージには立てない。彼は己の強さと影響力を理解した上で戦っており、君のように強さを誇示するために刀を振るっているのではない』
「それは⋯⋯僕がエゴイストだということですか?」
『違う、とは言えないね。だが私は、君のそのエゴの強いパーソナリティを否定する気は無いし、むしろ否定してはならないと思っている。それは君の強みだ』
それは矛盾にも思える言葉だ。
そして教授は静かに言った。
『君が臥龍に追いつきたいと思うのなら、今は決闘など考えず冷静になって国に戻るんだ。だが君がどうしても臥龍と戦いたいというのなら、私は止めない』
どちらかを選べと、教授は言っていた。
少しだけアレクは間を開ける。
葛藤する心。臥龍の力を知りたい、戦いたいという欲求が渦巻く。
しかし教授の言葉の真意を汲み取るなら、自分がどうすべきかは明白だった。
「国に⋯⋯帰ります」
絞り出すように、苦渋の決断を下すようにアレクは言った。
騎士王としてのプライドを押し殺して、自分の中にある僅かな冷静さと自我がその言葉をアレクに言わせた。それはある種、死ぬよりも辛いことだったかもしれない。
すると教授は小さく言った。
『その言葉を言える勇気があるのなら、君はまだまだ騎士王だ』
そんな言葉を残して、通信は切れた。
振り返れば日本の陸地、だが逆を見れば故郷アメリカが待っている。
日本の陸地に背を向けアレクは氷の大地を歩き出した。
人生で初めての敗北、そして挫折を経験したアレク。
それが彼の今後の人生にどんな影響を与えるのか、それはまだ誰にも分からない。
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