第99話 闇の向こうで生きる者たち
それは、あくまで金銭に基づく取引に過ぎなかった。
『彼ら、彼女ら』は商品であり、それ以上でもそれ以下でもない。
運が良かったのは、皆一様に天性の素質を持っていることか。
おかげで苛烈な訓練をさせずとも、ほんの少し体の魔力を整えてやるだけですくすくと育っていく。皆、異能のキャパシティを保つ意味でも最上級の素材だ。
その女性、赤城原柘榴は暗闇の中で思いを馳せていた。
あの闇の戦士、コードゼロは誰もが認める『最凶』だ。
かくいう彼女も一度、コードゼロと対面しその強さを見せつけられた経験がある。
一体なぜ、コードゼロはあれ程までに強いのか。
いやあれは強いという概念に当てはめてよい存在なのだろうか?
彼女は長く疑問に思っていた。彼は何故強いのだろうかと。
荒れ狂う強大な魔力を意のままに操り、かつては理論上の産物であり実用段階にもっていくなど不可能とされていた、あの異能力を最終的には自身の武器とした。
その異能『乱れ桜』はコードゼロによって『黒桜』へと変貌を遂げた。
暗黒の戦士、コードゼロ。彼は自身を『神の子』と呼ぶ。
彼の出生、素顔、それを知る者など誰一人としていない。
仮に知るならそれこそ、伝説の情報屋くらいだろうと彼女は思っていた。
赤城原柘榴は、暗闇の中で金のコインをポケットから取り出す。
これを使えば、伝説の情報屋からどんなことでも聞き出せることは理解している。
彼女はとある人物からこれを、莫大な資金を使って手に入れていた。
伝説の情報屋。
これもまた、多くの謎に包まれた存在だ。
巷で言われているのは、まだ年若いティーンエージャーの女子であるということ。そして、到底知りえるはずのないことまで彼女は何でも知っているということだ。
数多の欲深き者たちが、その恩恵にあずかっている。
ある者は蹴落としたいライバルの弱点を、ある者は今後一年間の株価の動向を、またある人間は学術的評価を得た研究の草案を、各々情報屋から得ているのである。
それは言うなら、情報屋を手に入れた人間は世界を支配したも同然だった。
そしてその情報屋に最も近い人物がいる場所、それがフォールナイトだ。
電脳次元の魔女、キング・カウボーイ、伝説の情報屋。
この合わさってはならない、アンタッチャブルズが組んで生まれた悪魔の根城。
どんな闇の勢力でも、ここに押し入ることは絶対に避ける。何故なら彼らは、闇に身を潜めているだけで本当は世界屈指のモンスターなのだから。
柘榴は知っていた。
電脳次元の魔女が、現役時代よりも強くなっていることを。
キング・カウボーイの異名を持つ男、ブルーノに世界DH協会からしつこいほどの勧誘が来ていることも。
そしてそれが、彼の力を見込んでの勧誘であることも分かっている。
この二人は、闇の世界に足を踏み入れるまでは共に『NO1』と『NO2』の二大巨頭として日本DH協会を支えていた。だからこそ、皆知っている。
奴らを怒らせるのは、限りなくヤバいと。
これから自分がやろうとしていることを彼らが知ったら、果たして怒るだろうか?
恐らく怒る事は無いだろう。何故なら、彼らはもう世間の潮流からはドロップアウトしているのだから。今更表の世界で幅を利かせようなど、思ってすらいないはずだ。
見て見ぬふりをするか、眉をひそめて敬遠する。
するにしても、恐らくそれくらいだろう。
闇のビジネスに染まり、二人は共に牙を抜かれた。
少なくとも榊原龍璽、あの男はそう思っているのかもしれない。
だが、柘榴にはそう思えなかった。
闇の世界で良からぬ知識を吸収してから、電脳次元の魔女とカウボーイはさらに強くなっている。もしかしたらワールドクラスのDHと比べても遜色ないほどにだ。
だが何より、彼女には気になる情報があった。
それは、最近フォールナイトに出入りしている一人の少年。
凡庸で、それといった特徴もなく、所属する山宮学園レベル1クラスでも際立った成績を残しているわけではない。
しかし、あのフォールナイトに頻繁に出入りしている。
その情報だけで柘榴にとっては、その少年は限りなく異様に感じられた。
電脳次元の魔女と、その少年には何らかの密接な関係があるのだろうか?
それともバイトなのか? いや、流石にそれはあり得ない。
普通の一般人が頻繁に入る場所ではないのである。世界の一般的ではない情報を多く取り扱うあの場所において、そこに出入りする資格を得るのは困難なのだ。
「⋯⋯興味深い案件です」
暗闇で、彼女はそう呟く。
その女性、赤城原柘榴は言うならスパイ並みに多くの顔を持つ女性だ。
ある場所ではモデルとして、ある場所では資産家として、またある場所では⋯⋯
「⋯⋯人身売買家として」
すると彼女は、ゆっくりと立ち上がる。
そして居た部屋を出ると、グルリと辺りを見回す。
お目当ての人間は直ぐに見つかった。
「レイちゃん。ちょっとこっちに来なさい」
一人の少女を見つけると、柘榴は手招きする。
困惑気味に柘榴の足元に歩み寄る女児は、手にクマのぬいぐるみを持っていた。
「体に悪い所はない?」
「わるいところ⋯⋯ううん、げんき」
「そう」と無機質に答える柘榴。
すると彼女はポケットからメモ書きのような物を取り出した。
「女子、魔力容量が大きく、抵抗をしない従順な子供⋯⋯」
横目にレイと呼ばれた女児を見る柘榴。
すると柘榴は、レイの手からクマのぬいぐるみを奪い取った。
「レイのお人形さん!!」
「お別れの時間よ。これからレイちゃんは、楽しい遊園地に行くの」
廊下をコロコロと転がるぬいぐるみ。
するとレイが抵抗する暇も与えず、柘榴はレイの手に手錠をかけた。
「お、おーなーさん⋯⋯」
「余計なことは言わないの。すぐに、連れてってあげるから⋯⋯」
するとレイを取り囲むように、黒服の男が何人も現れる。
彼らの胸元には、榊原家の家紋の刺繍があった。
「大丈夫よ、貴方を待つ人たちは凄く優しい人だから」
レイを抱えると肩に抱える男たち。
だが柘榴の言葉を、子供由来の純粋な目が嘘だと見抜いたのだろう。
レイの目に大粒の涙が浮かぶ。
「やだ!! こわい!!」
しかしここで、男たちの一人が唐突にガスの入った小型マスクを取り出す。
そしてレイの顔にマスクを被せた。
カチッ、シューという音と共にマスクにガスが充満する。
それを吸ったレイは、一瞬でカクリと首を垂れた。
「見事な手際ね。慣れてるの?」
だが男たちは、柘榴の茶化すような発言には耳を貸さずに建物を出る。
彼らが出る建物の入り口には、『ひまわり園』と書いてあった。
「レイちゃんは⋯⋯?」
ここで、部屋の一角から小さな男児が現れた。
どうやら一部始終を見ていたようで、明らかに怯えている。
すると柘榴はまるで人が変わったような優しげな声で、男児に言った。
「レイちゃんはね、里親が見つかってそちらに向かうことになったの」
「さとおや⋯⋯?」
「そう、もうここには戻ってこないと思うわ」
「レイちゃんに、お父さんとお母さんができたの?」
「そうよ。良く分かりました」
そう言って、男児の頭を撫でる柘榴。
するとその男児はポツリと言った。
「僕にも、お父さんとお母さんが見つかるかな?」
彼の首元には写真が描かれたロケットがある。
これは彼の親の遺品で、彼がとても大切にしているものだった。
「僕も会いたいよ⋯⋯一人はさみしいもん」
するとそれを聞いた柘榴は、薄い笑みを浮かべる。
もう一度頭を撫でると、彼女は言った。
「大丈夫よ。すぐに会えるから」
「ほんと!? さとおやさんが見つかったの?」
「里親じゃないわ。実のご両親に会いたいと思わない?」
「どういうこと?」と首を傾げる男の子に対して、柘榴は踵を返す。
そして自室に入ると、彼女は自身の端末を取り出すとメールをうった。
「子供を送りました。繊細な子ですので、手荒には扱わないようお願いします」
どうせ言ったところで意味などない、と思いつつメールを送る柘榴。
粗野、乱雑、凶悪などの負の表現のごった煮が体現されたような集団である、悪魔の榊原家に手荒に扱うなと言うことにどれだけの意味があるのか。
「ご両親には直ぐ会えるわよ⋯⋯空の向こうでね」
そう呟いて、端末を机に置く柘榴。
そして彼女はパソコンから、とあるサイトにアクセスした。
一般サイトからは入ることのできない最上級の機密性を誇るサイトで、そこには何重にも仕掛けられたパスコードと、進入を許可されたIDでなければ直ちに本体のパソコンがクラッシュさせられるという、強力なサイバートラップが仕掛けられている。
だが柘榴は、そこへの侵入が許された数少ない存在だった。
そのサイトの仕組みは非常にシンプルだ。
入った先にあるのは、百字が限度の小さな文字の入力スペース。
そこに柘榴は、文字を打ちこんだ。
『子供の買い手が見つかった。至急、調達を頼む』
すると間髪入れずに返信が入る。
『ザクロちゃーん! お久しぶりい!』
そんな返信を見た柘榴は、返事を返す。
『お久しぶりね、コードゼロは元気?』
『元気元気! 今は、ダイナちゃんを頑張って育ててるよ!』
『そう。それで、彼女はどれくらい仕上がったの?』
『ゴメンねえ、それはザクロちゃんには教えられないんだあ』
『残念ね。因みに彼女はあのパンドラより強くなりそう?』
『伸びしろは凄いね! でも、今は私よりも弱いよっ!』
それを見てフフッ、と笑う柘榴。
これ以上無駄話をする気は無いと、柘榴は話題を変えた。
『榊原家に子供を送る目途がたったわ』
『おー、これでザクロちゃんもお金をたんまりゲットだね!』
『そう、それで子供が減ることが予想されるわ。だから補充して頂戴』
『りょうかい!! コードゼロに言っておくよ!』
『ヨロシクね。出来れば、質のいい子供を手に入れるためにも⋯⋯』
『強いDHをブッ殺せ!!ってことでしょ? 柘榴ちゃんったら鬼!!」』
『貴方も似たようなものでしょ。貴方は今までに何人殺した?』
『覚えてるわけないじゃーん。私はね、すっごく強い人じゃないと殺した相手を覚えられないのっ!!』
『じゃあ、最後に殺したのを覚えている人は誰?』
すると少しだけ、間が空いた。
だが暫くしてから返信が来る。
『臥龍さんの前の騎士王さんを
オンライン上の文章越しからも伝わってくるような、嬉しそうな文脈。
『本当は臥龍さんとも戦ってみたいんだけど⋯⋯』
『止めておきなさい。臥龍は強いわよ』
『黒桜を破るなんて凄いよねえ!! 私、絶対臥龍さんと戦うよ。それで絶対殺してやるんだっ!!』
物騒極まりない文がズラズラと並ぶが、その言葉には確固たる意志を感じる。
それは、ここまで話された内容が嘘偽りの虚言ではないことを示していた。
『そう⋯⋯好きにすればいいわ』
そう打ち込む柘榴。
ここで彼女は意を決して、ある内容を画面の向こうの人物に尋ねることにした。
『一つ、聞いていいかしら?』
『いいよ! 何でも聞いてっ!』
その返事を見た柘榴は、一気に打ちこんだ。
『あの御方のご容体はどうなの?』
キーボードを打つ手に汗が滲む。
柘榴は押し通すように打ち続けた。
『復活には、パンドラの力が必要なはずよ。それだけじゃない、魔導大監獄にいるエデンや、月にいるアニイだって⋯⋯』
その時だった。
『末端のアンタが、聞いていい内容じゃないよ。ザクロ』
それを最後に、唐突に回線が途絶えた。
気が付いた時、柘榴の目の前には一般ポータルサイトのトップメニューがある。
柘榴は察した。自分は聞きすぎて、そして追い出されたのだと。
「深入りしすぎたわね⋯⋯アークテフェス社に」
そう呟いて柘榴はパソコンの電源を落とす。
立ち上がって窓の外を見ると、いつの間にか日が沈んでいた。
赤城原柘榴。彼女は多くの黒い顔を持つ女だ。
だがそれも、バックアップがあっての物。なければ彼女の人生はとっくの昔に終わっている。それ故に、彼女のバックには途轍もない存在が居ると言えた。
「焦ることはないわ⋯⋯長い時間をかけて、少しづつ信頼を掴むのよ」
そう自分に言い聞かせるように呟く柘榴。
彼女は自室を出ると、ひまわり園の廊下に足を運ぶ。
するとそこには、レイが持っていたクマのぬいぐるみが転がっていた。
それを柘榴は、感情の無い視線で睨むと右手でむんずと掴む。
「成り上がってやるわ。どんな手を使ってでも!!」
すると柘榴はぬいぐるみを、空っぽのゴミ箱に投げ捨てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます