第94話 パンドラを倒す鍵
ここは、DH協会日本支部。
その一角にある会議室にて。
普段は人が殆ど立ち入らないはずのその場所には、5人の人影がある。
そして一つの空席もあった。
「進十郎。お主はゴールデンナンバーズがパンドラを倒せると思っておるのかね?」
「僭越ながら申し上げますと、ほぼ不可能でしょう。20年前のことは昨日のことのように覚えておりまする」
「それは儂もじゃよ。お互い頭の痛い話じゃのう」
そう話すのは二人の老人だ。
DH協会特別顧問であり、櫟原家の代表としても呼ばれている櫟原進十郎。
そして進十郎の他に、会議室にいる5人の中央には別の老人がいる。
髭を蓄えた進十郎とは別に、その老人には髭はない。
また頭の髪を短く切り揃え、白髪をワックスで固めている。
「我が光城家も、本件を外部に漏らさぬようにするだけで手一杯じゃよ。パンドラが日本に来ることが公になってみい、明日からは国外脱出する輩が続出するじゃろな」
「そんな悠長なこと言ってる暇はないですよ、会長。臥龍という最強の切り札を封じられた挙句、未だにパンドラを倒す方法を見いだせないなんて、このままでは日本が本当に壊滅してしまいます!」
そう話す老人二人の横で、若い女性がそう言った。
栗色の髪をボブカットにした可愛らしい女性だ。
「私も同意見ですね。お二人が話している間にも、パンドラは近づいてきているんですよ?」
女性に賛同するように、今度は横の若い男性も口を開く。
男の片手にはコインがある。まるで弄ぶように彼は垂直に宙に向けてコインを弾く。
「そもそも私をここに呼ぶなら、榊原龍璽もここに来ているものだと思いましたが」
すると男を宥めるように、横の女性が言う。
「名家間のしがらみなど、今の非常時には何の役に立ちませんよ。ここは一つ、神宮寺家、そして光城家、榊原家の力を集約する時でしょう」
しかし男は、特に進十郎に向けて厳しい視線を向けている。
するとそれに気づいたか進十郎はホッと溜息をつくと言った。
「すまんのお、神宮寺殿よ。本当は当主殿をここに呼びたかったのだがな、やはり来てもらえなかったわい」
空席に目を向ける進十郎。
すると「まあまあ」と中央の老人は二人を落ち着かせるように言う。
「そう
だが男は、納得できないという様な様子で言った。
「そうですか? 私は知っていますよ会長、榊原家が妙な異能力の開発に着手しているということを!!」
「それは儂も知っておる。だが榊原家は異能力を絶対に悪用しないという誓約を結ばれておるからの。DBの討伐に有益な能力であれば何の問題もないじゃろう」
「貴方は甘すぎる!! 榊原を信用すると言うのか!? 私は神に誓って断言できますよ、彼らは異能力の完成と同時に必ず我らに牙を剥くと!!」
「控えよ、神宮寺!! ここは神聖なる話し合いの場じゃ!!」
「話し合いが通用しない相手だからここで申し上げているのです!! 噂では、奴らは榊原家長女の体に異能力を埋め込んだというではないですか!! そんな人体実験紛いのことを平然と行う無法集団に理屈が通用すると思っているのか!!」
ヒートアップし始めた会議室。
しかしここで、誰かがパン!と手を叩いた。
「日本最高峰の方々が言い争いをしてる
そういうのは、ある意味真面目な面々が揃っている会議室には似つかわしくない雰囲気の女性だ。髪を山盛りに盛って、首元にはネックレスのように眼鏡を引っ掛けている。
年は10代か、奇抜なギャル風のファッションだがその上に白衣を着ている。
ニヤニヤ笑いながら部屋の面々を見る様子は、余裕を感じさせる。
「何のためにウチを呼んだの? パンドラ対策? それとも余興?」
「いやはや失礼した⋯⋯申し訳ない」
すると進十郎と会長と呼ばれた老人は揃って彼女に頭を下げる。
明らかに年下の女性に老人二人が頭を下げるのは、ミスマッチにも見える光景だ。
「この方は⋯⋯?」
すると横の女性が不思議そうにギャル風の女性を見る。
すると彼女は言った。
「不知火明日香。少し前まで山宮学園の教師をしてたんだよね?」
「!? 私を知っているんですか?」
「知ってるよ。ついでに明日香が生まれた時の体重も教えてあげようか?」
「⋯⋯ハイ?」
「高校生の時に幼馴染と付き合ってたとか、父の日に万年筆をお父さんにプレゼントしてたとか、実は三度の飯より少年漫画が好きとか、あと今の体重は⋯⋯」
驚愕の表情と共に、慌てて彼女の口を塞ぐ。
それは、今言われたことが全て真実であるが故か。
「全部知ってるよ。明日香のことも、ここに居る全員のこともね」
もごもご言いながらそう言う彼女。
するとここで進十郎がその女性、明日香に言った。
「ご紹介しよう、この方は伝説の情報屋と謳われるその名も『コードワン』様だ。なお、非常に年若く見える方だが御年117歳だ」
「ひゃ、117歳!?」
「ちょっと進十郎!! 年をバラすなんてサイテー!!」
キー!と猛烈に怒るコードワン。
するとその横で男が言った。
「この方がかの伝説の情報屋ですか。お初にお目にかかれて光栄です」
「いいよそんなに堅苦しくしなくて。コーちゃんとか言ってくれればいいから。
当然のように、ここにいる人間の名前は知っているコードワン。
すると彼女はそこにいる全員の顔を見ながら言った。
「君たちはパンドラを倒したいんだよね? できれば、大量破壊兵器を使わずに」
するとコードワンは言った。
「方法は二つあるよ。それは『殺す』か『封印』すること。殺すなら真っ向から戦うか兵器を使うしかない。でも、どちらを使っても被害は大きいだろうね」
ここで、コードワンは少し間を置く。
その後に言葉を続けた。
「でも、封印するなら話は変わってくる。20年前はとんでもない被害が出たけど、実は今ならパンドラをほぼ無傷で封印することが出来るかもしれないよ」
「それは本当か!?」
無傷でパンドラを封印できるなら、それに越した事は無い。
しかしそんな方法などあるのだろうか?
するとコードワンは言った。
「実はね、太平洋のとあるポイントに100年前にある理由で造られた海底都市があるの」
「「「「海底都市!?」」」」
コードワン以外のそこにいる全員が知らない話だ。
軽く頷くとコードワンは話を続ける。
「といってもビルとかがあるわけじゃなくて、海の底にポッカリ空洞が空いているだけなんだけどね。工事が打ち切りになったから、入り口に固く封をして今も放置され続けているんだよ」
「しかし、それがパンドラの封印にどう役立つというのです?」
そう言う実篤に対して、コードワンは言った。
「お湯が溜まっている風呂の栓を抜いたら、お湯の出口からお湯がどんどん流れ出ていくよね?それと同じよ。ポイントの位置にパンドラを誘導して、そこで海底都市に通じる入り口の栓を開ける。そうしたらどうなる?」
当然海水は海底都市に猛烈な勢いで入っていくだろう。
そして、その真上にいるパンドラは⋯⋯
「海底都市に吸い込まれる。そして海の奥深くにある海底都市の中に半永久的に封印される。そうすれば、今度は20年どころか地球がなくなるまで出てこられないかもしれないね」
「因みにコードワン殿。その海底都市というのはパンドラの存在に耐えられるだけの耐久性があるのですかな?」
「それは愚問だよ進十郎。パンドラが海底奥深くの水圧に100年間耐え続けている広大な空間すら破壊できるようなら、ウチは水爆を使うことを勧めているよ。かつてあのエデンに対してやったようにね」
それを聞いた面々は各々顔を見合わせる。
コードワンが提示した案はかなり現実的だ。
「討伐を前提にして話を進めていたが、この案は悪くないのではないだろうか?」
「悪くないどころかベストかもしれません。かなり良い案ですよ」
そう言う会長の老人と明日香。
するとここで進十郎が再度口を開いた。
「コードワン殿。ところでその海底都市の入り口にある封というのは、どういったものなのですかな?」
「厚さ100メートルの特殊な合金属で造られた蓋だよ。恐らく硬度と柔軟性を併せ持つ物体で、あれ程頑丈なモノはこの地球上にはないね」
「それほど頑丈な物をどうやって開けるというのですかな? まさかスイッチのような物があるというのですかな?」
するとコードワンは言った。
「ある特殊な条件を満たせば自動で開くし、すぐに閉まるよ。機械制御で扉が開くのは一分だけと決まっているんだよね」
「では、その開ける条件を教えていただけますかな?」
するとここでコードワンは少しだけ口を噤む。
そして部屋にいる全員の顔を見た後に言った。
「言ったよね? ウチは『ほぼ』無傷でパンドラを封印することが出来るって」
「⋯⋯? それがどうされたのですかな?」
「ウチにとってはパンドラをこの程度の犠牲で封印できるなら出血大サービスだと思うよ。でも、人道的な観点で見ればマズいかもね」
そして彼女は言った。
海底都市の入り口を開ける条件を。
「海底都市の入り口で一人が命を絶つこと。それが条件」
「⋯⋯何だって?」
「二度言わせないでよ。ようは死ねばいいのよ、誰かがね」
絶句する全員。
幾らなんでも予想外過ぎる条件だ。
「絶命を感知した蓋は一分だけその重厚な扉を開く。そしてすぐに亡者を連れてその蓋は閉まってしまう。だから『黄泉に続く扉』なんて言われたりもしてたよ」
「つまり⋯⋯生贄を捧げるということですかな?」
「そういうこと。それが嫌なら国際的な猛非難を覚悟で水爆を落とすか、真っ向から戦って万単位の死者を出すしかないね」
一同は悩む。
そもそも、その提案を悩んでしまうことが今の状況の苦しさを表していた。
「儂はやむなしだと思うが、どうだ?」
そう言う会長だが、進十郎は首を振る。
「戦って死ぬなら言い訳も立つでしょうが、生贄を捧げるなどという時代錯誤なことを行えばDH協会内からもどれ程の非難が来るか分かったものではありませんな」
「でも、戦ったらさらに多くの死者が出るぞ?」
「ええ⋯⋯どうしたものでしょうか」
するとその時だった。
「簡単だよ。僕が戦ってパンドラを倒し、伝説になればいいのさ」
突然会議室の入り口に現れる大きな影。
振り返る一同の先にはアレクサンダー・オーディウスがいた。
「面白いことを話してたみたいだけど、それ以上の会議はいらないよ。何故なら僕がパンドラを倒すからさ」
「騎士王殿⋯⋯」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべてコートを肩に掛けるアレク。
「この国にはサムライが居ないことが分かったしね。結局僕に頼るしかないわけだ」
「それは、どういう意味ですかな? 騎士王殿」
そう言う進十郎に対してアレクは言う。
「僕が勝てば日本は助かり、僕が負ければ日本は滅ぶ。それだけさ」
そう言って踵を返そうとするアレク。
だがここで、彼は再度口を開いた。
「そう言えば、この国には最強のサムライがいたんだよね? 名前は⋯⋯ええと、何だっけ?」
暫く考えた後に、アレクは手を叩く。
「そうだ、ガリュウっていう人だ。彼は今、何をしているんだい?」
すると進十郎は言った。
「臥龍殿は今回のパンドラ討伐には参加されておらん。彼をプロモートする電脳次元の魔女が参加を拒否したからのお」
するとアレクはつまらなそうにフンと鼻を鳴らすと言った。
「やっぱりサムライはいないんだね。所詮は嘘で固めた伝説だったわけだ」
足元に転がっていた小さなゴミを足で蹴ったアレク。
ポケットに手を突っ込んで部屋を去る彼は、去り際に言う。
「危機に燃えないヒーローに価値なんて無いよ。きっと彼は負けるのが怖いんだ」
そして彼は続けて言い残した。
「君たちもガリュウのことは忘れなよ。僕の方が何倍も強いんだからさ」
「そんなことはないと思うぞ騎士王殿。臥龍殿の強さは本物じゃ」
すると会長はアレクにそう言った。
それは事実を述べる目的か、はたまたそれ以外の感情があっての発言か。
だがアレクは軽く笑うと言った。
「だったらガリュウを連れて来なよ。そうしたら君たちの目の前で見せてあげるさ。僕の強さと、君たちが信じる最強の哀れな姿をね」
その言葉は、アレクが自身の力に絶対の自信を持っていることを表すものだった。
その自信は、人生で一度も挫折したことの無い彼の人生の道筋故のものか。
「待ってるよガリュウ。君が僕に挑戦する日をね」
そんな言葉を残して、アレクは去っていった。
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