第81話 お節介なカウボーイ

ここは、とある病院の一室。

そこには一人の少女が、生命維持装置に繋がれた状態で寝かされていた。


そしてその一角には、何人かの医師と看護師がいる。そしてその中心にいる一人の医師がカルテを持ってその少女を見つめていた。


「牧原さん。そろそろ交代しましょう⋯⋯」


「いや、何時容体が急変してもおかしくない状態だ。私がここで目を離すわけにはいかないよ」


看護師と助手の医師の助言を、軽く制するその医師の名は牧原。

孤児院ひまわり園の園長であり、同時に医師でもある男だ。


「君たちはこれで帰りたまえ。大丈夫、彼女は僕がしっかり見ておくから」


その言葉を聞いた看護師と他の医師たちは次々と部屋を出て行く。

そしてすぐに部屋には、牧原一人のみとなった。


「⋯⋯頭を撃ち抜かれ、心臓には弾丸が二つも残っていた。なのに、なぜこの子は生きていたんだろうか?」


牧原が、そんな言葉を呟く。

その少女は、本来なら絶対に生きていないはずの致命傷を受けていた。


この病院に彼女が運ばれてきたときの第一印象。

それは「あり得ない」だ。


武装勢力に至近距離から集中砲火を浴びたというこの少女。

その事実に漏れることなく、彼女の体は酷い状態だった。


だがしかし、少女の生命力はそんな現実をも否定する。


「意識を失っていたが彼女の心臓は動き、脳波は正常で、僅かだが呼吸もあった。肺にも銃弾を撃ち込まれていたはずなのに⋯⋯」


生命力が高い、と言うレベルの話ではない。

それに、彼には理解しがたいある現象も確認していた。


「手術前の時点で、既にいくつかの傷は塞がりかけていた。多量の出血があったにもかかわらず、失血によるショック症状はなく、むしろ容体は安定していた⋯⋯」


頭を抱える牧原。

医師としてだけでなく、かつては異能研究者としても多くの活動を行ってきた彼は、ありとあらゆる超常現象の類を文献などから読み込んできた。

しかし、この少女の存在はそんな文献を嘲笑う様な異常性を孕んでいた。


「これは⋯⋯もはや不死の領域だ」


単に生命力が高いだけなのだろうか?

しかし牧原の長年の勘は、そんな簡単な話ではないと言っている。


それに何より、この少女の傷の塞がり方は牧原にあるものを連想させた。


「これ程の治癒力、異能によるものではないな。この特徴に限りなく酷似しているのは⋯⋯DBだ」


DBを倒すためには、生命エネルギーを魔力に変性してそれをぶつけることで攻撃しなければならない。よって一般的にDBに有効なのは魔力による異能攻撃と、エネルギーを付加した武具を使うことによる攻撃だ。


もし仮にエネルギーを付加していない攻撃をDBに浴びせた場合は、それこそ体を破壊してもすぐに再生してしまう。まさに目の前の少女のように。


「DBの特徴を備えた人間ということか?」


牧原の胸の鼓動が高まる。

彼は医師でもあり科学者でもある。そして今、研究対象としてこれ以上ないほどに興味をそそられる被験体が現れたのだ。


ゴクリと唾を飲む牧原。

この少女の体に秘められた秘密を暴いてみたい。そんな衝動が湧き上がる。


「だが⋯⋯ッ!!」


だが無意識に、己の右手を左手で抑える牧原。

そうだ。前にも同じようなことはあったのだ。


過去にも彼は己の興味のままに、ある異能力を開発した。

それは世界を変える至高の異能力として絶賛されるだろうと、若かりし頃の牧原は溢れる達成感と共にそう心で思ったのを、昨日のことのように覚えている。


だがその力は、渡ってはならない者たちに渡ってしまった。

その異能力は数えきれないほどの命を奪い、世界中に不幸を撒き散らした。そして奪われた命たちが生んだ小さな命を守るために誕生したのが、ひまわり園なのである。


震える手で、牧原は注射器を取り出す。

そして針を眠る彼女の腕に突き刺した。


「私は⋯⋯⋯!!」


彼女の血液を採取して調べてみれば全てが分かる。

DBの生態に詳しい牧原の頭脳をすれば、分析など容易い。


この少女に秘められた秘密。今なら、誰にも知られずに調べられる。


だが一瞬、牧原の脳裏にひまわり園の子供たちの顔が浮かんだ。

笑い合っている子供たちの笑顔。自分を慕う子供たちが見える。


彼らは、本当なら両親と幸せな家庭で育つはずだったのだ。

愛を受けて、底無しの孤独に苦しむことなく生きられたはずの子供たち。


では、そんな彼らを不幸にしたのは何処の誰なのだろうか?


「ダメだッ!!」


パリン!!という音が病室に響く。

気が付いた時、牧原は注射器を叩き壊していた。


「また、同じ過ちを犯してはならないのだッ!!」


「そうだぜベイベー。もし血液を採ってたら、お前をここで殺してたぜ」


ハッ、と振り返る牧原。

彼らを除いて誰もいないはずの病室には、見知らぬ一人の男がいた。


手にはヒラヒラと紙の用紙を持ち、入り口で腕を組んで立っている。

小さく「誰だ⋯⋯」と呟く牧原に対して、その男は言った。


「俺様はブルースってモンだ。まっ、名乗ったところですぐにお前の記憶を消しちまうから意味は無いけどな」


まるでカウボーイの様な様相の男だ。暗い室内にも関わらずサングラスをかけており、腰には二丁のクラシックな拳銃が左と右にそれぞれ装備されている。

年齢はハッキリしないが、三十代前半くらいだろうか?


「きっ、記憶を消すだと!?」


「ああ。俺は人の記憶を消したり、逆に記憶を植え付けたりする『記憶屋』ってのをやっていてな、そりゃいろんな奴からモテモテなんだぜ。仕事は主にキナ臭せえ奴らからの依頼が多いけどな」


カッカッ、と笑うブルースと名乗った男。

するとブルースは、右の拳銃を抜くと牧原に向けた。


「悪りいなオッサン。ウチのマキから、そこの嬢ちゃんに関しての情報は漏らさねえように言われてんだ。仕事だから、お互いに恨みっこはなしだぜ?」


牧原の頭に照準を定めるブルース。

それを見た牧原の表情が凍り付く。


「おいおい、まさか殺されるとか思ってねえよな? 流石の俺もそこまで鬼じゃねえよ。 俺は嬢ちゃんに関する記憶をアンタの頭から消すだけさ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」


するとここで、牧原は両手を広げてブルースに静止のサインを送る。


「ブルース⋯⋯聞いたことがある。確か、伝説の情報屋に通じる男だと」


「ああ、その通りだぜ。だから、そのせいで俺のとこには情報屋に関する情報を狙う奴らがウヨウヨ来やがる。しかも記憶屋をやってるせいで『協定』の範囲外だしな。だからマキのとこにも中々帰れねえのさ」


一瞬だけ、ブルースと名乗った男は寂しそうな表情を浮かべる。

だがそれ以上の長話をする気もないらしく、ガチャリと銃を構える。


「ああ、そうだオッサン。記憶を消す前にいくつか言っておきてえことがある」


ここでブルースは、ふと思い出したように言った。


「まず、アンタが昔作った異能力だが、最近とあるバケモンがブチ破ることに成功したぜ」


それを聞いた牧原の表情に驚愕の色が映る。

牧原の信じられないといった様子に、ブルースも続いてニヤリと笑う。


「それは⋯⋯やはり、彼か?」


「お察しの通り、臥龍だ。アイツは太刀落としの奥義を使って、異能空間を斬撃のみで破りやがった。あの異能は核爆弾の衝撃波すら跳ね返すと言われていたが、流石にそこまでの耐久性は無かったみたいだな」


ホッ、と胸を撫で下ろす牧原。

安堵するその様子は、彼自身がその件に関してどれ程の責任を感じていたかを表している。


「臥龍殿が破ってくれたか。アレを破ることが出来る可能性があるとすれば、それは臥龍殿のみだと思っていた⋯⋯」


「DH協会のクソ共は作戦失敗だとか言ってやがったがな。だが『コードゼロ』の切り札の一つを破壊できた成果は、本来なら奴らの十年分の功績に値するだろうぜ」


そう言って、片手の銃をクルクルと上機嫌に回すブルース。

するとここで、牧原はブルースに対して尋ねた。


「君はマキ君と繋がりがあるのかい?」


するとブルースは答える。


「ああ。アイツと俺は戦友だからな。アイツが今居る、フォールナイトを作ったのも俺とマキ、あと情報屋の三人だ」


だがここで牧原は思い出したように言う。


「最近、フォールナイトに一風変わった少年が居るだろう。君は、彼のことについて何か知っているのかい?」


するとブルースの銃を回す手が止まる。

無意識にか、彼は被っているカウボーイハットを手で押さえた。


「彼とは一度だけ話したが、一見すればごく普通の男子生徒のように見える。だがしかし、私はどうもそうとは思えないのだよ。年若いが、まるで何十年も戦いの場に身を置いていたかのような歴戦の風格の様なものを感じさせる。それこそ、マキ君や君のように、明らかな『アブノーマル』の空気があるのだよ」


それに対して、ブルースは何も言わない。

ただ小さく、ヒューと口笛を吹くだけだ。


「彼は何者なんだ? あの得体の知れない、底のない『何か』を感じさせる異様な少年は何者なんだ?」


二人の間で沈黙が流れる。

お互い身動きもせず、静かな時間が流れる。


だが暫くした後、牧原の表情がみるみる変わっていく。


「まさか、まさか彼が⋯⋯!!」


しかし、ここで目にも止まらぬ速さでブルースの銃が再び牧原に向けられる。

それを構えるブルースはまるで牧原に敬意を示すように、帽子を取っていた。


「正解に辿り着いたところ悪いが、それも『抹消対象』だ。だがオッサン、やっぱりアンタの勘の良さはズバ抜けてるぜ」


カチリと音を鳴らす銃。

それは暗に、もう間もなく牧原の記憶が消されることを暗示していた。


「新しく改ざんされる記憶では、この嬢ちゃんはごく普通の裂傷と骨折、それ以上でもそれ以外でもないってことになってるぜ。ほら、カルテも用意したからな」


そう言ってブルースは、一部書き換えられた偽装カルテを机に置く。

不審に思われるところを全て削除された、何の変哲もない患者の内容だ。


「じゃ、記憶を消すぜ」


「⋯⋯分かった」


牧原は抗おうとはしなかった。

彼もまたブルースと同様にこの世界の暗部を知る者だ。だからこそ、記憶抹消に抗うことが自分の首を絞めるだけであることも知っていた。


そして、ブルースの銃の引き金が引かれる。

音はない。ただ静かに、異能で創られた弾が牧原の額に直撃した。


カクっと首を垂れる牧原。

次に目覚める時、その頃には今までの話は全て忘れているだろう。


その様子を見て、フウと小さく息を吐くブルース。

仕事は終わった、と言うように踵を返して入り口に向かう。


しかし、彼の足は入り口を出る直前で止まった。

再び銃を抜くブルース。そして彼は、再びそれを構えた。


「寝たふりして盗み聞きとはやるじゃねえか。だが、俺はそんな三文芝居にダマされるほどヌルい覚悟でプロはやってないんでな」


銃を構える先は、重傷を負っているはずの少女が眠るベッドである。


再び、音もなく放たれる銃弾。

その弾は、ベッドで眠る少女の頭があるであろう場所に直撃した。


パサッとベッドの方で僅かに音がする。

ほんの僅かなシーツの擦れは、眠っているはずの彼女が気絶したことを示していた。


「同じやつに、二度も記憶改ざんをする羽目になるなんてな⋯⋯」


それだけ言って、ブルースは部屋を出て行った。



====================


「⋯⋯もう、朝か」


チュンチュンという小鳥のさえずりの声で、牧原は目を覚ます。

ジクジクと痛む額。頭でも打ったのだろうか?


彼の横のテーブルにはカルテが置かれている。

確か、前日に牧原自身が作ったものだと記憶していた。


ベッドには一人の少女が寝ている。

だが、牧原は大して気にも留めずに立ち上がった。


「異能での治療を続ければ、この子もすぐに良くなるだろう。さて、私もひまわり園に戻るとするか」


軽く体を伸ばして、屈伸する牧原。

担当している少女も順調に回復している。このままなら、あと一ヵ月もしない内に彼女も全快して退院するだろう。


「⋯⋯ん? 何だこれは?」


するとここで、牧原の手が止まる。

自分が作ったそのカルテの裏に、何かが書いてあるのを見つけたのだ。


目を凝らして走り書かれた文を見る牧原。


『コードゼロがアンタを探してるぜ。奴に捕まりたくなかったら、ひまわり園にはもう行かないことだな。 お節介なカウボーイより』


「コード、ゼロ⋯⋯」


その名前を見るだけで、脊髄反射的に冷や汗が流れる。

コードゼロ。闇に通じる者なら避けては通れぬ、忌まわしき名前。


「誰が⋯⋯書いたんだ?」


自分ではない。だが、心当たりもない。

何かを忘れている。そんな気がした。


そして、それが悪戯の類ではないことも牧原は直感していた。


十年前、牧原はある誓いを立てている。

もう二度と、闇の勢力には組しないと。


(もう、奴らに組する事は無い。もし、それでも奴らが私を無理矢理引き入れようとするなら⋯⋯)


牧原のポケットの中に忍ばせてある、小さなカプセル。

その中には、安楽死にも使われる致死量の猛毒が入っている。


(私は、自ら命を絶つ)


己の頭脳もろとも、自分自身をこの世から消す。

それは彼が十年前からずっと心に抱く、不変の誓いだった。

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