1.4.2 第二項 連鎖する命

初稿:2018.04.21 更新:2018.05.10





 美しい寝顔を、目覚めから眺める幸せ。



 初任務二日目の朝。



 目覚めるとシルはまだ寝ていた。少しの間、青く煌めくマナフェアリーのなかで眠る彼女を眺めていた。

 

 薄っすらと光るルミブライトの針は、ちょうど午前五時。

 彼女を起こさないよう、そっとテントを出る。


「フィーネ、おはよう」


 そう声をかけてから、軽くブラッシングをしてやる。

 その後、資材倉庫へ行って、朝食のグーフィーを三つ調達してテントへ戻るとシルは目覚めていた。


「おはようレイジ。フィーネにブラッシングしてくれたようだな」

「おはよう。フィーネはもう友達だからな」


 彼女は笑顔を見せた。彼女との別れを考えしまい、その笑顔に少し胸が締め付けられた。


「シル、朝食だ」


 少し切ない気持ちを軽く首を振って払い、彼女へグーフィーを投げる。もうひとつはフィーネへやった。

 俺達はグーフィーを一通りかじった後準備をした。




 二日目の警備も、特に変わったことは起きなかった。




 昼刻にグーフィーの差し入れが来たが、やはりアイナの分は無かった。半分に分けようと思ったが今日は辞めた。だが諦めた訳では無い。なんとか彼女との関係を作れないかと模索している。



 腕時計は十時五十分。


「シル、また昼刻を教えてくれ」

「分かった」


 噛り付いて粗方食べ終わる頃に彼女が告げる。


「今だ」


 時計を見るとやはり十一時である。腕時計の調子が悪いのかもしれない。そう思ってまた十二時へ合わせた。




 夕刻に交代が来て、その日の任務は終了となった。

 アイナは交代が来ると、さっさと帰って行った。あれから彼女とは話していない。




 帰り際、資材倉庫へ寄って食材の調達を済ませる。

 テントへ戻り、俺が切った食材をシルが手早く調理して、コルスとアーカイムのスープを作った。満たされない分はグーフィーをかじって誤魔化す。

 彼女の味付けはいつも素晴らしい。きっと、幼いころから良い物を食べていて、味覚が鍛えられているのだろう。

 俺一人だったら食事だけでとっくに音を上げていただろう。



 食事を済ませテントで休んでいると、警備傭兵ユーリが訪れた。


「フレック隊長が呼んでいるぜ。バンシィもなんだが……、その、伝えといてくれないか」

「分かった」


 ユーリはアイナと話すのを、極端に嫌がっている。反対に俺はアイナに声を掛けるチャンスが来たと喜んでいた。



 隣のテントへ行きアイナに伝える。


「フレック隊長が俺達を呼んでいるそうだ、一緒に行こう」


 シルはやはり心配そうに後ろで見ている。


「分かりました……。すぐに準備します」


 俺はアイナの準備が終わるまで待つことにした。一緒に行きたかったのだ。

 準備を終えて出て来たアイナは、俺達が待っていた事に少し驚いた顔をしたが、俯き、黙ってついて来た。




 シル・アイナ・俺の三人で、隊長のテントを訪ねる。


「隊長呼びましたか」

「おぉ、よく来た。座ってくれ」


 俺が天幕の入口の布を上げ声を掛けると、応接のソファへ座るよう促される。

 すぐにミレシアーヌがネールを人数分運んで来てくれた。目の前で、ミレシアーヌの大きな乳房が揺れている。


 あんまり見るのはまずいな……。またバレる。


「アイナ、調子はどうだ」


 フレック隊長がアイナへ声を掛けた。


「別段変わったことはありません。順調です」


 不愛想に答えるアイナ。いつも通りだ。


「レイジは任務には慣れたか」

「まだ二日目なのでなんとも……」


 フレック隊長は笑ってから続けた。


「実はな、警備の交代をしたい。夜間に回ってもらいたいのだ」

「私は構いませんが」


 アイナはすぐに答える。


「すまんな。昼夜逆転するから、明日の昼は休みになる。レイジはどうだ」


 人事をいじるときは、いつもこうやって伺いを立てているのだろうか。現場の管理職は大変だ。俺に断る理由は無い、それが任務なのだ。


「分かりました」


 シルへ一瞬眼をやるが、無言で頷いた。


「以上だ。わざわざすまんな」

「いえ」


 アイナは立ち上がりさっさと出て行く。俺達も立ち去ろうとするが、隊長に呼び止められた。


「レイジ、シルフィー、ちょっといいか」


 俺とシルはもう一度ソファへ座る。


「アイナのことだが、その……、心配でな」


 フレック隊長も、アイナのことを気にしているようだ。


「彼女のいた傭兵団は……、もう知っていると思うが、前線で壊滅した。バンシィなんて呼ばれているのは彼女だけが生き残ったからだ。それから傭兵の間ではアイナと一緒にいると死を呼び込むなんて、おかしな噂が立ってしまってな」


 そこまでは、警備の傭兵ユーリにだいたい聴いている。


「彼女はここへ来たとき、ああでは無かった。よく笑う子でな。器量も良いし可愛がられていたんだ。……だがあの日、前線は死人しびとの大群に襲われた。そのときの前線は、彼女が所属していた『リリアンヌ傭兵団』でな。聖騎士団は当然のように俺達傭兵を前に出した。それが俺達の仕事だからな」


 フレック隊長は俯き続けた。


「すぐに伝令鷹が来て、俺が出ることにした。ここの警備などほったらかしだ。十名ほど選抜してすぐに出発したよ」


 少しの間。


「途中退却する聖騎士団とすれ違った。それで、間に合わなかったと悟った。彼女の所属する傭兵団は、聖騎士団に見捨てられ囮として使われたんだ。急がないと仲間はみんな死人しびとに喰われちまう。俺はあせっていた。前線に到着すると前線基地にまで死人しびとが溢れかえっていたんだ。正に地獄だったよ……。だが、仲間の死体の山のなかで、まだ戦っている奴がいた。それがアイナだ」


 隊長は続ける。


「アイナは既に半狂乱の状態だった。何か叫んでいたが、もう何を言っているのか分からなかった。次々と湧き出てくる死人しびとを、たった一人で斬り倒していたんだ。彼女は回避の技術に長けていてな、それで生き残っていたってわけだ。死人しびとどもを一匹ずつ確実に仕留めていった。だが彼女の体力だって無尽蔵では無い。到着したときはもうフラフラだった」


 隊長は拳を握りしめる。


「俺はとおの騎馬で、死人しびとの群れへ突撃した。死んだ傭兵仲間は死人しびとに喰われていたが、構っている余裕は無かった。一直線にアイナの元へ向かい、彼女を拾い上げ撤退した。……彼女は、助けられたことも分からず、ずっと叫んで暴れていたよ」


 隊長はそのまま黙ってしまった。横にいたミレシアーヌがその後を続けた。


「その後しばらくアイナは、テントから出てこなくなった。飯も食ってなかったようでね。フレックも私も心配で、何度か彼女のテントに行ったんだけど、心ここにあらずで、反応はほとんど無かった。三日後にふらりとテントから出てきた。それからはあんな調子だよ」


 ……長い沈黙。


「……なぜそれを俺達に?」


 俺の質問に隊長が再び答える。


「レイジはアイナを気にしてくれているだろう。それに、お前は根っからの傭兵では無い、そんな気がするんだ。何かこう……、戦いとは遠い存在……、暖かい感じがするんだ。……すまん、上手く言えん」


 俺がアイナを気にしているのは本当だ。それに俺は、平和な国のただのサラリーマンなのだ。

 彼女に話しかけたりしている情報は、他の傭兵から入っているのだろう。


「救ってやってくれとは言わない。見ていてやってくれ」

「分かりました」


 シルも、アイナを見ていてやれと言っていた。


「長々とすまなかったな。明日からの夜警任務、よろしく頼むぞ」




 俺達は隊長のテントを後にした。重い空気が、二人にのしかかっていた。

 帰り際シルの言葉。


「事実は判ったな。アイナは、『死を予告する妖精バンシィ』などでは無かった」

「あぁ、そうだな」


 アイナの不愛想な態度の正体が分かっても、俺にはどうすればいいのか判らない。でも、できる限りのことはしてやりたいと思う。


「比較的安全だと思っていたベイリンガル戦線で、そんな大群の死人しびとに遭遇するとは、私の見当違いであった。私は不慣れなレイジの身が不安だ」

「シルと一緒なら大丈夫さ」


 心配そうに俺を見つめるシル。俺自身も不安だったが、ひとまず精一杯の笑顔で答えた。


「しかし……、人は愚かだ。苦しんだ者に対し、さらに苦しみを与え続けると言うのか……」


 彼女はそう呟いた。本当に人は愚かである。エルフである彼女に、俺は返す言葉が見つからない。




 明日の夕刻の交代まで休みになった。


 俺はテントへ戻ると、昨日教えてもらった剣術の訓練をしながら、アイナに何かできないかと考えていた。


 この駐屯地で出来ること……。


 そうだ、無駄かもしれないけれど、アイナに特別な食事をプレゼントしよう。


 剣を振る手を止めシルに尋ねる。


「シル、森で狩りがしたい。肉を調達したいんだ」

「アイナのためか」


 彼女は少し考えて笑顔をくれた。


「レイジは無駄が多いな。だが今回は私も賛成するぞ。エルフはレンジャーなのだ。森のなかは、庭みたいなものだ。そうだな、ならば今から行くか」

「もう夜だが……」 

「エルフは夜目が効くのだ。昼と変わらぬくらい見えるぞ。フェアリーの加護を借りるがな」

「そうなのか。それは便利だ。分かった、それじゃ準備しよう」




 俺達はすぐに準備をしてすぐに出発した。

 入口警備の傭兵に、出かけること告げ駐屯地を出る。ユーリは昼番で、夜警は別の傭兵である。


 この駐屯地は、森を抜ける街道沿いに設営されているため、森で囲まれている。もう午後七時過ぎ、辺りは既に暗い。駐屯地を出てすぐ目の前には、闇の森が口を開けている。


「シル、この辺にはどんな獲物がいるんだ」

「手頃なのは鳥か猪だが、暗いと鳥は飛べない。猪だな」


 鳥目って言うくらいだから、鳥は夜飛べないだろう。


「猪だな。分かった」


 俺達は闇の森のなかへ入って行った。

 彼女は短い古代エルフ語の詠唱をすると、瞳が青く輝く。フェアリーの加護と言っていたから、夜目が効く魔法だろう。


 静寂に包まれている森に、俺達二人の足音だけが聞こえる。だんだん俺の目も闇に慣れてきて、僅かな月明りだけでも、少し見えるようになってきた。


 三時間ほど探し回ってようやく彼女が反応を見せた。


「いたぞ」


 さすがエルフ、この広い森でよく見つけてくれた。


「俺は見えないから、シルが猪を俺の所まで追い込んでくれ」


 彼女は頷き、闇へ消えていく。


 ほどなくして、前方の茂みが揺れる音が聞こえ、大きな猪が飛び出して来た。

 剣を抜き、猪に斬りかかる。

 ところが、振りかぶった剣は空を切り、地面に突き刺さる。その直後、猪の突撃が俺の右肩を直撃する。剣はその衝撃で地面に落としてしまった。


 俺自身もきちんと剣の稽古をしないと不味いな……。

 そんなことを考えていると、猪は弧を描き転回し、さらに突撃を掛けて来る。逃げないで向かってきてくれたことは助かった。

 俺は急いで立ち上がり、突撃してくる猪に飛びついた。首根っこを捕まえ、思いっきり締め上げる。


 もうこうなったら、恰好なんてどうでもいい。何が何でも仕留めてやる。


 猪は構わず森を爆走する。茂みの木の枝がナイフのように襲い掛かり、俺の顔にいくつも傷をつける。これはもう俺と猪の我慢比べである。


 やがて締め上げが効き、猪は気を失った。



 俺が落とした『聖剣ガルディア』を拾い、シルが合流した。

 俺の姿を見たとたん、彼女は大笑いである。随分とみっともない恰好だったのだろう。

 彼女は腰のダガーを抜き、短い祈りを捧げ、猪の心臓へ突き刺した。この一撃で、猪は絶命することとなった。


 さぁ、次の任務は、これを抱えて駐屯地まで運ぶことだ。

 猪の手足を縛り抱えてみるが、これは重い。四十キロ以上あるのではないだろうか。


「お、も、た、い」


 彼女はずっと笑っている。

 ようやく捕らえた獲物を必死に抱え、駐屯地まで歩きだした。




 駐屯地へ戻ると、大きな猪を抱える俺の姿に、入口の警備は驚いていた。


 すっかり空は白んで朝を迎えようとしている。


 俺はもうヘトヘトだ。やっとのこと駐屯地へ到着した俺は、獲物を降ろし地面へへたり込んでしまった。

 そこへフレック隊長が駆け寄ってきた。


「こりゃ凄いな。狩りをしてきたのか」


 フレック隊長は愉快そうに笑っていると他の傭兵達も集まって来た。


「みんなで食べましょう」


 そう言うと傭兵達は歓声を上げた。貴重な肉のご馳走が食えると大喜びである。


「隊長は起きていたんですか?」

「あぁ、徹夜で書類整理だよ」


 フレック隊長は苦笑いの直後叫ぶ。


「だれか、解体できる者はいるか」

「おうよ! 俺は狩人だ。猪の解体くらい朝メシ前だぜ」


 答えたのは毛むくじゃらの巨漢の傭兵だ。傭兵は大きなナタを持って来て解体を始めた。



 フレック隊長が近づいて俺に耳打ちする。


「突然狩りなんてどうしたんだ」

「実は、時間ができたので、アイナに何かできないか考えたんです。それでご馳走を思いつきまして……」


 驚いた表情のフレック隊長。


「そうか、相当こいつと格闘戦を繰り広げたようだな。顔も傷だらけで、良い面構えじゃないか」


 フレック隊長が笑いだすと、他の傭兵達も、俺の顔を見て笑い始めた。


 ちぇ、俺は必死に仕留めたのに……。


 笑う隊長とシルに、ちょっとだけ不貞腐れて見せた。


「いやすまんすまん、だがお前はいいな。気に入ったよ。お手柄だ、今日は浴室棟を使っていいぞ」


 泥だらけの俺の姿を見て、隊長は浴室棟の使用許可をくれた。

 前線には出ていないが、風呂を使える。この肉にはそれほどの価値があるらしい。シルも風呂の許可にはとても嬉しそうだった。


 駐屯地はちょっとしたお祭り騒ぎになった。毛むくじゃらの傭兵による解体ショーが繰り広げられ、見物しながら他の傭兵がはやし立てる。

 フレック隊長は、解体中の毛むくじゃらの傭兵の所へ行って何かを伝えると、直後、彼は俺に向かって叫んだ。


「よう新入り、いいところ三人分確保して置くぜ。狩人の決まりじゃ、仕留めた奴が一番のご馳走を食えるんだ」

「ありがとう。よろしく頼む」


 最後のトドメはシルだったのだが……。

 

 シルも笑顔で騒ぐ傭兵達を見ていた。


「人は愚かだが……、こういうのは悪くない。私も久々に愉快だ」


 彼女は俺を見て微笑んだ。



「それじゃ風呂、入ろうか」

「あぁ、そうだな」



 彼女は笑顔だ。久しぶりの風呂が本当に嬉しそうである。

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