喉が渇いたら

HaやCa

第一話

 朝方見たニュースで、今日は真夏日になると言っていた。今日は昼から出かけようと思っていたけど、ここになって計画を変更しようと思う。具体的には家を早く出る。涼しいうちに目的地に着くことだ。

「よし」

 うなずいて、私はその旨を友達に送った。数分後には同じようにメールが返ってきた。どうやらあの子も早いうちに家を出るつもりだったらしい。こういう何気ないところは似ている。普段は趣味も違うし、好きな有名人だってちがう。でも、長い付き合いをしているせいか、たまーにこういうときがある。

「いってきます」

 誰もいない部屋を後ろに、私は言った。最後にもう一度だけ鍵を確認する。昨日帰ってきたとき閉め忘れていたから、やけに用心深いのだ。

 ドアノブが動かないことを確かめると、私は少し速足で向かっていく。


 

 都会生まれの私と友達は田舎を知らない。ひしめく摩天楼から離れ、今日は電車で観光地を目指していた。さっきまでは窓の外を見てはしゃいでいた友達も、いまはすやすや眠っている。最近は仕事で忙しいみたいだったから疲れているんだと思う。

 久しぶりに見る寝顔は何も考えていないというか、ずっと無邪気だった。


 肩を並べて歩く歩道、側の車線をバスが駆けていく。排気ガスの臭いが鼻をツンと突いて、でも不思議と嫌な気持ちはしなかった。都会の喧騒と臭いとは違う、緩やかで柔らかな時間が流れている。そんな感想を口にしながら、友達はカップアイスを食べている。

 どうしよっか、昼ご飯でも食べようか。どちらともなく言う私たちを春の日差しが見下ろしている。頭上高く鳴いている鳥は、お昼ご飯を食べたのだろうか。そんなことを思った。


 スマホで調べるよりも感覚で選ぼうと決めた私たちは、駅近くの飲食店に入った。中はこぢんまりしていて、思ったより人は少ない。知る人ぞ知る穴場スポットなのかなと考えていると、お冷が運ばれてきた。今に思ったことではないけど、田舎の人はみんな優しい。笑顔に嘘がないし、心から笑っている気がする。こういう、離れた場所に来ているからそう思うのかもしれないけど、私は自分の直観を信じることにした。


「みのり~、あたし喉乾いた~。ジュース買ってきて~」

「すぐそこに自販機あるじゃん。めんどくさがってないで行きなよ。ついていくから」

「もうお腹いっぱいで動けない!」

「って、言ったそばからダッシュしてるじゃん! どんだけ喉乾いてたの?!」

 遅くなったけど、友達の名前は峠花絵という。知らない人からしたらただの美人なものぐさに見えるだろうけど、根は真面目で楽しい人だ。そうじゃないと五年も付き合ってられない。

「地域限定とかあんだね。おお! これこれ! ちょうど柑橘系がほしかったとこ!」

「はしゃいでるとこ申し訳ないんだけど、花絵あんたお金持ってる? あんだけ食べたら帰りの電車のお金もないんじゃない?」

「おみそれしました。一銭もありません」

「まあ無理に誘った私も悪いし、今日はおごるよ」

「いやいや、そこはちゃんと返すから。―なんかこういうときだから言うけどさ……。ありがとう」

 はにかんだ花絵はすぐにそっぽを向いた。見た目は童顔でスリムだしあのときから何も変わっていないけど、言葉遣いは丸くてあたたかいものになっていた。お互い仕事や学校で会えないときのほうが多い。けど、その分会ったときの感情の高まりも大きい。

ありがとう、誰でも言えるような言葉でも簡単には言えない。胸の奥からじんわりとする気持ちは気温より熱く、それでも心地よかった。

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喉が渇いたら HaやCa @aiueoaiueo0098

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