第33話 告白
33
「ムーブル、あんた達はこれからどうするの?」
キマイラの死骸を前にしてエスティは、小柄な盗賊ムーブルに問い掛ける。尻尾の蛇を合わせると四体分の頭を持つ怪物は、それに見合った生命力を持つしぶとい敵だったが、彼らは一人の死者も出さずに勝利を果たした。これは序盤に全体攻撃を持つドラゴンと山羊の頭を潰せたのが大きかった。もっとも、目的を達したことで彼らの一時的な休戦は終わりを遂げた。
「俺達は・・・キマイラ戦で壊滅寸前にまで追い込まれた。・・・これ以上戦うことも進むことも不可能だ。地上に戻ることにする」
「そう。・・・あたし達が生きて地上に戻れることが出来たら、その時は一杯奢るわ!」
「ああ、期待しておこう」
ムーブル達に余力が残っているのは明白だったが、彼は撤退を告げた。それはレイガル達を油断させるための策略の可能性もあったが、エスティは彼に冒険者としての矜持を感じとったのだろう。言葉通りに受け止め、ささやかな敬意を持って答えた。
「ちょっと、ムーブル!アシュマードを見捨てるの?」
「それは違う。逆だ、レシー!アシュマードが俺達を見捨てたんだ・・・。あいつはリシア様を騙して、領主の配下になっていた。俺達に何の相談もなくな」
「それは・・・」
レシーが不満の声を上げるが、ムーブルに事実を指摘されると口を噤む。そして残る二人の仲間の顔を確認するように見つめるが、神官戦士と根源魔術士はムーブルの意見に賛同して頷いた。彼らにとってもエグザートの計画とリシアへの裏切りは寝耳に水だったのだろう。それで諦めが就いたように彼女は未だに手にしていた剣を無言で鞘に納める。これでムーブル達は敵ではなくなった。
「エスティ、レイガル、改めてお願いがあります!私はあの者・・・ネゴルスが最深部に向かうのを阻止しなければなりません!手を貸して下さい!」
ムーブル達と別れ、ネゴルス追跡を開始するとメルシアが決意を込めた口調で訴え掛けた。
「あたしとしても、コリン達を助けるには領主を倒すしかないと思っているけど。メルシアにはメルシアの事情があって、あいつを止めたいってことかしら?・・・だから私達に協力的だったのね。そして、それは・・・取り戻した記憶に関係があるの?」
足を止めずにエスティは前を向きながらメルシアに質問を行う。その冷静な口ぶりからすると、記憶の回復については、既に勘付いていたようだ。レイガルは自分の鈍さに呆れつつも当人の返答を待った。
「ええ、その通りです。・・・今までお二人に私の素性に関してお知らせしなかったのは、あなた達を混乱させたくなかったからです。申し訳ありません・・・」
「それについては、文句はないわ。誰でも秘密の一つや二つくらいは抱えているものだし、パーティーに関わることなら、その内に話してくれるは思っていたから」
「そう言って頂けると助かります。・・・では、私が思い出した記憶、隠していた事実について説明します。まず初めに・・・私は人間ではありません」
「な、なんですって!!」
それまで落ち着いた様子でメルシアとの会話をしていたエスティだったが、この告白は想定外だったのだろう。驚きの声を上げると同時に足を止めて背後を降り返った。そのため、殿を務めるレイガルはメルシアにぶつかりそうになる。もちろん彼も悲鳴を上げる寸前だった。
「嘘でしょ!・・・いえ、そんなつまらない嘘を、あなたがこの場で言うはずない。・・・人間でないなら・・・あなたはひょっとして古代人に造られたホムンクルス?」
「さすがエスティ、鋭い考察力です。私はホムンクルスそのものではありませんが、あなた方が古代人と呼ぶラーシェルの民によって造られた人工の魔法生命体です。ラーシェルの民は不老不死を探る過程で命の神秘を知り、数々の魔法生物を産み出しました。私の種族もその一つで、通常はどのような姿にも対応出来るよう幼虫型の姿をとっていますが、他の生命体を取り込むことで蛹状態になり、その中で肉体を再構成し取り込んだ生命体の能力と形を得るのです。・・・かつての私は一人の冒険者の遺体を取り込み、その姿を借りて地上世界に逃げたラーシェルの罪人を追っていたのです。その者が遺跡深部にある〝神秘の渦〟を狙っているのは明白でしたから!」
「ちょ、ちょっと待って、メルシア!冒険者を取り込んだ?・・・逃げた古代人の生き残り?神秘の泉?」
次々と明かされるメルシアの秘密にエスティは完全に戸惑っていた。もちろん、二人のやり取りを後ろで聞くレイガルも内容を半分も把握しきれていない。彼は自分でも理解しようと努力をするが、エスティの見解を待った。
「えっと・・・つまり、かつてのあなたはこの遺跡に度々姿を見せる掃除役の芋虫の化け物で・・・逃げた罪人がネゴルスで、って彼は古代人の生き残りなの?・・・そして・・・深部には〝神秘の渦〟とやらヤバイ代物があり、それをネゴルスが狙っていると?!」
「その通りです。彼はラーシェルの民の一人で天才的な魔術の才能を持っていましたが、ラーシェルの民が総出で造り上げた〝神秘の渦〟を独占しようとした罪で、魔術を操る技を取り上げたうえで封印されていました。それが歳月による地質変動によって物理的に破損し、眠りから覚めたのです。・・・ラーシェルの民は完全に衰退する前に、創造した魔法種族に対して都市の管理と保護を命じました。その中で最も優先するべきは〝神秘の渦〟の再利用の阻止です。私はなんとしても、今ではネゴルスと名乗る彼を止める必要があります!」
「んん・・・やっと、状況がわかってきた。・・・メルシア、あんたは古代人が作った番人の一人で、逃げ出したネゴルスが〝神秘の渦〟を使うのを阻止したい。そのために私達と行動を共にしていたと?」
「ええ、この街の領主こそが逃げ出したラーシェルの罪人であることは推測出来ましたから・・・優秀な冒険者である、あなた方と行動を共にしていれば、いずれ彼に近づけると思っていました。・・・利用したことは謝ります」
エスティの指摘にメルシアは改めて肯定を示し、申し訳なさそうに答える。その態度はまさに人間的で古代の技術で造られた魔法生物とは信じられなかった。
「一応、辻褄は合うけど・・・、番人なら私達が遺跡から価値ある宝を持ち出すことに抵抗はなかったの?」
「特に抵抗はありません。私はこの姿になったことで、思考がかなり人間に近づいていますし、元来の任務である逃亡した罪人の確保と〝神秘の渦〟の再利用の阻止以外は些細な事と受け入れています」
「・・・なるほど。・・・それともう一つ!肝心の〝神秘の渦〟って何?これまでの話からすると生贄を使った魔法装置のよううだけど?」
「ええ・・・エスティの推測はかなり本質に近いです。・・・これは私に課せられた任務からすれば、お知らせするべき内容ではないのですが、エスティ達に嘘は吐きたくありません。お伝えしましょう・・・〝神秘の渦〟はラーシェルの民が編み出した究極の魔法装置なのです。その能力は単純にこの世界の摂理に反しない限りどのような願いでも成就させると言われています。もっとも、装置を起動させるには果てしない量の魔力を用意する必要があり、ラーシェルの民はこの問題を生贄という形で克服しました。特に装置に起動させる術者と代償となる生贄との間に霊的な繋がりがあると、その効果は顕著になります。ネゴルスが何を願うかは定かではありませんが・・・エスティ、レイガル〝神秘の渦〟は二度と起動させるべきではないのです!」
メルシアは自分の言葉は全て真実であるとばかりに大きく頷いた。
「メルシア・・・素直に告白してくれてありがとう。・・・これまで疑問に思っていたことが全て繋がったわ。街の急激な発展に、二人の子供を争わせてまで探索を命じるほど遺跡の深部に固執する領主の態度とかね。本人が古代人の生き残りで、その〝神秘の渦〟とやらがあるのを知っているのなら必死になるのも納得出来る。おそらくは、この街が寂れた村だった時代から土地の所有権を手に入れる等して綿密な計画を立てていたのね。・・・そして、協力に関しては、もちろん構わないわ!むしろ、あなたをなし崩しに領主との対決に巻き込んでいるんじゃないかって、心配してたのだし、利害が一致してうれしいくらい。安っぽい言葉で片付けたくないけど・・・私達が出合ったのは運命だったのかもね!」
「・・・ええ。今では私もそう思います!」
「では、レイガル!メルシアが事情を話してくれたおかげで謎の多くが解けた。・・・コリン達を助けるには領主のネゴルスを倒す必要があるのは変わらないわけだけど、あなたはどうする?今更だけど、最後の確認よ!」
メルシアとの会話を終えたエスティは背後のレイガルに視線を送る。
「・・・エスティはいつも、せっぱつまった場面で俺に選択を迫るよな。まぁ・・・メルシアの過去がどうであろうと、今じゃ仲間の一人だ。それに、要はネゴルスを倒せば全てが解決するのだろう。決着を付けようじゃないか!」
「だって、わかってる答えを聞くのって面倒なのよ」
「・・・ただし、これが片付いて地上に戻ったら、俺を一人前以上の冒険者として認めてくれよ!一人前じゃない、以上だぞ!」
満面の笑みを浮かべるエスティにレイガルは一つの条件を付け足した。
「何よそれ?!ちゃっかりしてるわね!でもまあ、その時は認めてあげるわ!・・・まったく、土壇場での交渉なんてどこで覚えたのかしら」
出掛かった言葉を喉の奥に引っ込めると、レイガルはエスティに次いで自分を見つめるメルシアに頷いた。彼女の目には感謝と信頼の光が溢れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます